第10話 第二の召喚獣
「召喚!!」
レンの叫びと同時に、黒い魔法陣が医療室全体を覆った。
轟音。
渦巻く魔力。
床に刻まれた魔法陣から黒い光が噴き上がり、空気そのものが震える。
ジェノアビートルですら異変に反応し、動きを止めた。
赤い単眼が魔法陣を凝視する。
《緊急召喚を実行》
《適合個体検索開始》
《検索完了》
《召喚対象を確定》
召喚書の文字が高速で書き換わる。
レンには何が起きているのか分からない。
だが――召喚書が勝手に動いている。
まるで“何か”に導かれるように。
そして。
魔法陣の中心から巨大な影が姿を現した。
最初に見えたのは鋭い爪。
続いて黒い毛並み。
太く盛り上がった四肢。
そして黄金色の瞳。
その姿を見た瞬間、全員が息を呑んだ。
「狼……?」
局員の一人が呟く。
しかし普通の狼ではない。
体長は三メートル超。
大型車ほどの巨体。
黒銀色の毛皮に覆われ、額には一本の白い角。
まるで神話の魔獣だった。
《個体名:シャドウファング》
《ランク:C》
《召喚完了》
レンの目が見開かれる。
C級。
ジェノアビートルと同格。
レッドオーガよりも上位。
「グルルルル……」
シャドウファングが低く唸る。
それだけで空気が震えた。
ジェノアビートルが警戒して後退する。
あの怪物が“敵を警戒した”のは初めてだった。
「行け……!」
レンは無意識に叫んでいた。
その瞬間――シャドウファングが消えた。
次の瞬間にはジェノアビートルの目前。
凄まじい速度。
ドガァァン!!
爪が振り下ろされる。
ジェノアビートルが四本の腕で受け止めた。
衝撃波が医療室を揺らし、壁に亀裂が走り、窓ガラスが砕け散る。
「嘘だろ……」
局員が呆然と呟く。
C級同士の戦闘。
新人探索者どころか一般職員が見る機会などない。
まさに怪物同士の戦いだった。
ジェノアビートルが反撃する。
四本の腕が残像を残して振るわれる。
しかしシャドウファングは軽やかに回避。
そのまま側面へ回り込み――
鋭い牙が外殻へ食い込んだ。
ギギギギギッ!!
金属を削るような音。
ジェノアビートルが初めて苦痛の声を上げる。
外殻に深い傷が刻まれた。
「傷が付いた……!」
ユイを介抱していた局員が驚愕する。
あれほど硬かった外殻。
それを真正面から破壊したのだ。
だがジェノアビートルも黙ってはいない。
赤い単眼が妖しく光る。
ブォン!!
腕が異常な速度で伸びた。
「なっ!?」
シャドウファングの胴体に直撃。
巨体が吹き飛び、壁を突き破って隣室へ転がる。
「グアァァッ!」
シャドウファングが初めて悲鳴を上げた。
レンの心臓が跳ねる。
召喚獣は自分と繋がっている。
傷付けば感覚の一部が伝わる。
鈍い痛みが胸を走る。
だが――まだ戦える。
レンにはそれが分かった。
シャドウファングが立ち上がる。
黄金の瞳が鋭く細められた。
その姿を見てレンは気付く。
ただの獣ではない。
戦い方を理解している。
知性がある。
そして。
《召喚獣との同期率上昇》
《現在同期率:31%》
召喚書に新たな文字が浮かぶ。
頭の中へ情報が流れ込む。
まるでシャドウファングの感覚を共有しているようだった。
敵の位置。
動き。
癖。
すべてが“分かる”。
「右だ!」
レンが叫ぶ。
シャドウファングが即座に反応。
直後、ジェノアビートルの腕が通過した。
「レン君……?」
局員たちが驚く。
レン自身も驚いていた。
だが分かる。
何故か分かるのだ。
「左から来る!」
シャドウファングが飛ぶ。
空振りした腕が床を粉砕。
そして反撃。
ガァァァァッ!!
牙がジェノアビートルの肩へ食い込む。
黒い体液が飛び散る。
ユニーク個体が苦しげに後退する。
明らかに押され始めていた。
《同期率40%到達》
《スキル解放》
《影爪》
「スキル……?」
シャドウファングの爪が黒い光に包まれた。
空気が歪む。
危険だと本能が告げる。
ジェノアビートルも感じ取ったのだろう。
初めて後退した。
だが遅い。
シャドウファングが跳躍。
巨大な身体が宙を舞う。
そして――
ズバァァァァン!!
黒い斬撃が一直線にジェノアビートルを切り裂いた。
外殻ごと。
四本の腕ごと。
防御ごと。
すべてを。
ジェノアビートルの身体が止まる。
静寂。
ピシッ。
小さな音。
次の瞬間、巨体が真っ二つに裂けた。
ドサリ。
地面へ崩れ落ちる。
動かない。
完全に沈黙していた。
《ユニーク個体討伐確認》
《経験値獲得》
《カード化条件達成》
ジェノアビートルの死体が黒い粒子へ変わり、一枚のカードとなって召喚書へ吸い込まれる。
《ジェノアビートルカード獲得》
《召喚可能個体追加》
レンは目を見開いた。
勝った。
あの怪物に。
医療室には静寂が広がる。
新人探索者が。
F級判定だった少年が。
C級ユニーク個体を討伐した。
ありえない。
常識では説明できない。
そんな空気が漂っていた。
その時。
ユイがゆっくりと目を開けた。
「……終わったの?」
レンは力なく笑う。
「何とか」
ユイは起き上がろうとして――固まった。
レンの隣に立つ巨大な狼を見たからだ。
「それ……新しい召喚獣?」
「あ、うん」
「…………」
数秒の沈黙。
そして。
「本当にF級?」
医療室の全員が頷いた。
しかし誰も答えを持っていなかった。
レン自身でさえ、自分の力がどこへ向かっているのか分からない。
だが一つだけ確かなことがあった。
管理局が隠している“何か”。
召喚書の秘密。
ユニーク個体との関係。
全てが少しずつ繋がり始めている。
レンは新たに増えたカードを見つめる。
レッドオーガ。
シャドウファング。
ジェノアビートル。
三枚のカードが静かに輝いていた。
その時、召喚書の最後のページに見たことのない文字が浮かび上がる。
《特別任務発生》
《管理局上層部への出頭命令》
《期限:24時間》
レンは眉をひそめた。
討伐の余韻が残る中、不穏な通知だけが静かに光り続けていた。




