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03話 初めての交流

再び光が俺を攫った。今度は以前よりも遥かに強烈な光だ。虚無の空間から魂を無理やり引き抜かれるような感覚に、短いパニックの中で、俺は最も重要なことを叫びたかった。


(待ってくれ! 俺にチート能力はあるのか? それとも、物語にあるような固有スキルとか! 向こうの世界で、また「お荷物」になるのだけは勘弁してくれ!)


しかし、俺の問いは虚空に消えた。視界は真っ白に染まり、目を焼くほどに純粋で無垢な白へと到達する。奇妙な感覚だ。まるで全身を絞り上げられ、ブラックホールに吸い込まれるような――正直、ブラックホールの形なんて知らないが、すべてを飲み込む重力のイメージだけが頭に浮かんだ。


意識がゆっくりと戻ってくる。重く、脈打つような感覚。俺は何度も瞬きをし、視界を遮る霞を払おうとした。最初に感じたのは、背中を支えるゴツゴツとした質感と、木の葉の間から差し込む太陽の温もりだった。


目を見開き、俺は呆然とした。足を投げ出して座り込んでいる。後ろを振り返ると、心臓が飛び出しそうになった。


そこには、常識外れの大きさの木があった。幹はあまりに巨大で、周囲に広がる根だけで俺の体よりも遥かに太い。


(ここは……日本じゃない。家の裏路地に、こんな巨大な木があるはずがない)


周囲を見渡す。この森は生命力に溢れていた。テレビで見たどんな森よりも「緑」が深く、エネルギーに満ちている。吸い込む空気はあまりに澄んでいて、一息つくごとに肺に新しい力が宿るかのようだ。


(あの女神は嘘をついていなかった。ここは本当に異世界なんだ。魔法の世界……)


手を動かし、指先の感覚を確かめる。以前の俺の手と同じ、木工職人の手だ。だが、何かが違う。皮膚の下で、静電気のような微かな違和感が流れている。


(天川平田……お前の贖罪の旅は、この巨樹の下から始まるんだな)


俺は沈黙し、無骨な指先で巨樹の樹皮に触れた。冷たく、堅牢で、生命に満ちた確かな手触り。


もはや熱いアスファルトや生臭い血の匂いはしない。代わりに漂うのは、土の香りと溢れんばかりの生命の息吹だ。


「ありがとう……」


静寂の森に、俺の呟きが響く。巨葉の隙間から覗く空を見上げ、あの気品ある女神がどこかで聞いてくれていることを願った。


「二度目のチャンスをくれて、ありがとう。ここがどこかは分からないけど、与えられたこの命、絶対に無駄にはしない。俺のこれまでの後悔、ここで全部償ってみせる」


(魔法が使えるかは分からないけど、少なくともこの手は職人の手だ。生きてみせるさ)


俺は感謝を込めて、そっと幹を叩いた。


奇妙なことに、日本での18年間の人生で一度も感じたことのない安らぎがあった。俺はもう、怠惰なだけの「お荷物息子」じゃない。この新しい世界で、悲劇から生まれ変わった新しい「ヒラタ」なんだ。


(さて……まずはここがどこか突き止めて、日が沈む前に森を抜ける方法を探さないと)


足に力を込め、巨大な根の先にある何かに立ち向かう準備をする。俺の本当の人生が、今始まった。


振り返って、背後にあった巨樹の全貌を見ようとした時だった。


周囲の状況が視界に入った瞬間、顔に浮かんでいた笑みは、苦々しい苛立ちの表情へと変わった。


俺は目を閉じ、鼻筋を押さえながら深い溜息をついた。


(……こういう展開かよ? 正直、二度目の人生をもらえたのは最高に嬉しいし、日本のアスファルトの上で塵にならずに済んで感謝してるけど、でもさあ!)


「おい! 女神だか何だか知らないけど!」


空に向かって、我慢できない怒鳴り声を上げた。


「生きたいとは言ったけど、なんでこんな場所に放り出すんだよ! 嫌がらせか!?」


もう一度、周囲を見る。ここはただの森じゃない。木はデカすぎるし、ツルは勝手に動いているように見えるし、半径数キロ以内に人の気配も道らしきものも見当たらない。まさに「秘境のど真ん中」だ。


(普通、ラノベの主人公は街道の脇とか、せめて初心者向けの村の近くに現れるもんだろ! なのに何だこれ! 寝室よりデカイ根っこの下に一人ぼっちかよ!)


胸に苛立ちが募る。死の淵から救われた直後に、これほど難易度の高い問題に放り込まれるとは。


「せめてヒントか地図くらいくれよ! 俺が元『お荷物』だって知ってるだろ! いきなりハードモードすぎるんだよ!」


女神が上で笑っているかもしれないと思いながらも、俺は文句を垂れ流した。一通り吐き出した後、高鳴る鼓動を鎮める。


何はともあれ、俺は生きている。それが最も重要な事実だ。俺は拳を握り、以前の体よりも力強く感じる感覚を確かめた。


(よし、天川平田。文句は終わりだ。ここで間抜けに死んだら、あの女神に一生笑われるからな)


立ち上がり、土で汚れたズボンを叩いて、未知の世界への一歩を踏み出す準備をした。


最初に目を開けた時に見た方向へと進む。一歩ごとに、足元の感触が違った。土は驚くほど柔らかく、まるで何百年も生き続けてきた厚い苔の絨毯のようだ。龍の体のようにうねる巨大な根の隙間を抜けていく。


(落ち着け、ヒラタ。集中しろ。森の深みに迷い込むなよ。ラノベなら、こういう茂みの陰からモンスターが飛び出してくるのが定番だ)


自分の手を見る。剣も、盾も、工房で使っていた小さな斧さえない。完全な素手だ。警戒心が全身を包むが、不思議なことに嗅覚が研ぎ澄まされていた。遠くから流れてくる水の匂い――清らかで瑞々しい何かが分かる。


「しっかし、静かすぎるな……」


道を塞ぐ巨大な葉を掻き分けながら呟く。「せめてウサギの一匹でもいれば、独りじゃないって分かるのに」


突然、左側の茂みからガサガサと音がした。俺はその場で硬直する。心臓の鼓動を抑え、息を殺した。


(嘘だろ、もう最初のモンスターか? 女神様、武器もなしにこれはあんまりだぜ!)


テレビで見た格闘技の動きを必死に思い出し、拳を握りしめる。最悪の事態を覚悟し、揺れる茂みを凝視した。だが、葉の間から現れたのは、想像もつかないものだった。鋭い牙を持つ狼ではなく、まるで「動く木片」のような物体だったのだ。


(待て……木が、生きてるのか?)


職人としての好奇心が恐怖を上回った。これはこの世界の魔法の一種なのか? 木でできた生物? 目を細めると、木の節のような目でこちらを見返してくる小さな生き物が見えた。


息を潜め、一歩ずつ慎重に近づく。年がら年中、木の繊維や質感と向き合ってきた俺にとって、恐怖は次第に強烈な興味へと塗り替えられていった。


(元の世界なら、迷わず椅子の脚に加工してるところだけど……こいつ、目があるのか?)


距離はもう数センチ。その生き物は逃げなかった。頭のような上部を傾け、節穴のような瞳で俺を見つめている。その体の木目は驚くほど強固で、日本で触れてきたどんなオークやチークよりも頑丈そうに見えた。


俺はしゃがみ込み、視線を合わせた。そしてゆっくりと、職人の胼胝たこが残る手を伸ばした。


「おい……お前、害はないよな?」


指先がその体に触れた瞬間、掌に温かい感覚が走った。単なる体温ではない。木の内側から微かなエネルギー――「魔力」のような鼓動が伝わってくる。それは、完璧な彫刻を完成させた時の満足感に似ているが、その何千倍も強烈なものだった。


(まさか、これが魔法か? 俺、この木の中のエネルギーの流れが分かるのか?)


突然、その生き物は風に吹かれた木の扉のような音を出し、硬い頭を俺の掌にそっと擦り寄せてきた。俺は苦笑した。見知らぬ世界で、俺を最初に歓迎してくれたのは、最も馴染み深い「木」だったのだ。


(異世界で木工職人としてやり直すのも、悪くないかもしれないな……こいつよりデカイ怪物に会わなければ、の話だけど)


だが、奇跡はそれだけでは終わらなかった。俺の手が触れている間に、木目は不自然に軋み、動き始めた。蛇のようにしなやかにくねり、職人の俺が見慣れた「形」へと変わっていく。


やがて、その変化は終わった。目の前にいたのは、もはや動く木片ではない。人間の子供に似た小さな姿だった。肌は白磁のように白く、耳は長く尖っている。


(この耳……エルフか? いや、まさか精霊――物語に出てくる森の精霊なのか?)


その小さな姿はうずくまり、細い腕で顔を隠していた。まるで俺を自分を傷つける捕食者だと思っているかのように、激しく震えている。


「お、お願い……いじめないで……」


消え入りそうな、恐怖に震える小さな声。その光景に、俺の胸は締め付けられた。元の世界にいる妹の姿が重なる。彼女も怖がっている時は、これほどまでに脆かった。


無意識に手を伸ばし、その頭を優しく撫でた。家族に注いできた愛情の残りを込めるように、掌から安心感を与えようとした。


「大丈夫だ。何もしないよ。俺は天川平田……ただの迷子の職人だ」


できるだけ穏やかな声で囁く。俺の接触が効いたのか、次第に震えが収まっていく。その子は恐る恐る顔を上げ、澄んだ大きな瞳で俺を見た。迷いはあったが、俺の誠実な手の温もりを感じて、微かな信頼を寄せ始めたようだった。


(これが、この世界の住人との最初の出会いか。助かった、俺の頭を食おうとする化け物じゃなくて)


子供はまだ疑わしげで、細い植物の繊維で編まれたような服の端を小さな指で握りしめていた。一歩間違えれば、再び木に戻ってしまうのではないかと思わせるほど、その瞳は揺れていた。


「あ、あなた……『あいつら』に送られた、悪い人なの?」


森を渡る風の音に消されそうな、小さな声。「森の木を切り倒して、私を連れて行くの?」


その問いに、胸を刺されるような感覚を覚えた。かつて親の言いつけを無視してばかりいた俺だが、目の前のあまりに純粋な恐怖を前にして、保護本能が芽生えた。俺は視線の高さを合わせ、最も真摯な眼差しを向けた。


「俺の名前はヒラタだ」


低く、けれど柔らかな声で言った。「俺は悪い奴じゃない。君を傷つけたり、この森を壊したりするつもりなんてさらさらない。正直、ここに来たばかりで何も知らないんだ。元の場所では木工職人をしていた……木は、俺に生活を与えてくれる大切な存在だ。だから、怖がる必要はないよ」


妹が拗ねている時によく見せた、微かな笑みを浮かべた。


「約束するよ。俺がここにいる限り、誰にも君を傷つけさせない。もう『お荷物』にはならないって、自分に誓ったんだ」


子供は沈黙し、俺の言葉の真偽を確かめるように見つめていた。誠意が伝わったのか、服を握る指の力が抜け、呼吸が整い始めた。


(どうやら、悪意がないことは伝わったみたいだ。でも、『あいつら』って……誰だ?)


その言葉が気にかかる。密猟者のような奴らがいるのか? 魔力を含んだ資源が狙われるのは、ファンタジーの世界なら当然の話だ。だが次の瞬間、現実が俺の頭を殴りつけた。


(待てよ……この世界に来て一時間も経ってないのに、もうトラブルに巻き込まれるのか? マジかよ)


こめかみを押さえ、眩暈を感じた。この子に関わるということは、初日から大きな厄介ごとを抱え込むということだ。元の俺なら、すぐさま背を向けて逃げ出していただろう。


「逃げのプロ」こそが、かつての俺の姿だったから。だが、今回は違う。


(……これはきっと、あの女神からの最初の試練なんだ。理由もなくここへ送るはずがない。後悔を贖い、『お荷物』を卒業したいなら、目の前で怯える誰かを助けることが、最初の一歩として最も正しいはずだ)


まだ警戒を解ききっていない子供を見つめる。掌の胼胝たこを握りしめ、それが新しいアイデンティティであるかのように感じた。俺はもう怠惰なヒラタじゃない。愛する素材を守り抜く職人だ。


「なあ」驚かせないよう、静かに声をかける。「『あいつら』って誰のことだ? この森を壊しに来る奴らがいるのか?」


決めた。あの女性がどこか上から見ているなら、二度目のチャンスを間違った相手に与えていないことを見せてやる。トラブルだろうが何だろうが、この頭を撫でた子供を、二度と恐怖に震えさせはしない。


すると、その子は突然口を閉ざした。肩が先ほどよりも激しく震え始める。大きな瞳の端から溢れた雫が、深い悲しみを映し出し、俺の胸を締め付けた。


「お父さん……お母さん……」


泣きじゃくりながら、断片的な悲劇を語り始めた。彼女の両親――実は堂々とそびえ立つ二本の巨樹だった――が、あの人間たちに無慈悲に切り倒されたことを。彼らは家を建てるための木材ではなく、幹の中に宿る「マナの核」を奪うためにやってきたのだ。


「あの核は、二人の魂なの」悲痛な声が響く。「核がなくなれば、ただの枯れ木になってしまう……あいつらは、お父さんとお母さんの魂を壊したんだ」


俺は絶句した。


(この世界では、木はただの植物じゃないのか? 魂がマナの核として存在している? そしてこの子は、その具現化された末裔なのか……)


理解できた。魔法の技術的な話は分からないが、職人として、すべての木には「性質」があることを知っている。だがここでは、その性質こそが真の「命」なのだ。


子供はおののきながら、ここは聖域なのだと説明した。上位精霊に匹敵する尊き存在、「生命の樹」が生まれる場所。


(道理であの巨樹のサイズがおかしいわけだ。ただの木じゃない、聖なる存在なんだ。そして目の前のこの子は、その奇跡の一部か)


「魂」を奪うために木を切り倒すという話に、俺の血が沸騰した。職人として、俺は常に使う木を敬うよう教えられてきた。強欲のためにその命を蹂躙するなど、あってはならないことだ。


「つまり、『生命の樹』を狙ってあいつらは来るのか?」俺は直面している状況を確認するように聞いた。


「だとしたら……君も、今危ないんじゃないのか?」

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