04話 隠れ里
俺は、戸惑いと不安を抱えたまま一歩前へ踏み出した。広々とした部屋の中央には、圧倒的な威厳を放つ中年女性が座っていた。彼女は、まるで床から直接生えてきたかのような円卓に向かっている。
リナは一歩前に出て、恭しく頭を下げた。
「長老様、人間を連れて参りました。彼をあなたに引き合わせたいと思ったのです。なぜなら、彼は——」
「リナ!」
一喝。その怒鳴り声が部屋中に響き渡り、リナの言葉を遮った。俺は思わず肩を跳ねさせ、さっきまで明るかったサリアとミラも、一瞬で言葉を失い静まり返った。
「貴様、この聖域に人間を招き入れたというのか!?」
長老は立ち上がり、燃え盛るような怒りの眼差しでリナを射抜いた。
「正気か? 自らの忌まわしき過去から何も学んでいないというのか! かつて貴女は、オーガ族の甘い愛の言葉に騙され、裏切られた。その愚かな信頼のせいで、貴女の両親は命を落としたのだ! 目の前で神木を伐採され、略奪されたことを忘れたのか!」
言葉の刃が、容赦なくリナに突き刺さる。リナの肩が小さく震え始めた。彼女は深くうつむき、その残酷な言葉の暴力をただ耐え忍んでいる。
(……なんてひどい言い草だ。長老だからって、リナの心をここまで踏みにじっていいはずがない!)
俺は、自分を守るために傷ついているリナを見て、胸の奥が激しく燃え上がるのを感じた。
「いい加減にしろ! やめろっ!」
俺の叫びが部屋中に響き渡った。日本での退屈な生活では一度も出したことのない、荒々しく、怒りに満ちた声。
サリアとミラは息を呑み、リナも驚愕の表情で俺を見上げた。
「何だと……。下等な人間風情が、私の前で声を荒らげるというのか!」
長老の殺気が膨れ上がり、俺の体に重圧をかける。だが、俺は引かなかった。リナの前に立ち、彼女を盾にするようにして、その中年女性を睨み返した。
「俺は確かに人間だ! この世界のことも何も知らない! だが、一つだけわかることがある。過去の傷を持ち出して人の心を壊していい権利なんて、誰にもない。それがたとえ、ここのリーダーだとしてもだ!」
俺はリナを指差し、長老から目を逸らさずに言い放った。
「彼女が俺をここに連れてきたのは、彼女の心が誰よりも清らかだからだ! 裏切られ、傷つき、両親を失ってもなお、彼女は俺のような見ず知らずの者を信じ、助けることを選んだ! それこそが、過去の憎しみに囚われているあんたよりも、彼女が遥かに強く、賢いという証拠じゃないのか!?」
肩で息をしながら、俺は震える足で踏みとどまった。
「責めるなら俺を責めろ! 追い出すなり、殺すなり好きにすればいい! だが、彼女の優しさを『間違い』だなんて二度と言うな!」
静寂が訪れた。
(やってやった……。でも、これマジで死ぬやつか?)
「黙れ、下衆な人間がぁ!!」
長老の声が雷鳴のように轟いた。魔力の圧力が跳ね上がり、俺の肺を圧迫する。
「リナはこの森の未来だ。貴様のような狡猾な者に二度と汚させはしない!」
長老は一歩踏み出し、床の木々が激しく震動する。
「その傲慢さ……ここで根の肥やしにしてくれるわ!」
(やっぱりそうなるよね! 転生して一時間で肥やしルート確定かよ!)
俺は歯を食いしばり、意識が飛びそうな圧力を耐え抜いた。
「殺せばいいだろ! だが、あんたがここで最も忠実な者の心を折った卑怯者だという事実は、一生変わらないぞ!」
長老の手が振り上げられる。リナが叫びながら俺を庇おうとしたが、床から伸びた鋭い根が彼女を拘束した。
「リナ、逃げろ……っ!」
俺の周囲には、槍のように尖った巨大な根が次々と出現し、俺を死の包囲網の中に閉じ込めた。
(終わった。完全に詰んだ。でも、最後に誰かを守ろうと足掻けたんだ……。逃げてばかりだった前の俺とは、少しは違うだろ?)
俺は目を閉じ、拳を強く握りしめた。迫りくる死の足音と、リナの悲痛な叫びが耳に届く。
「ヒラタァァァーーー!!」




