その46「こども達の星②ジェットばばあ」
「つくぞ」
フラスコの中の幼女が唐突に言って、唐突に船が止まった。俺やクオン、櫻宮薫子は何ともなかったが、室内の備品が恐ろしい勢いで宙を飛び、進行方向に投げ出された。それらは壁にぶつかると原型を留めず霧のようなものになった。
「いったいどれくらいのスピードが出ているとああなるんだ?」
「これでもカクユウゴウしないテイドにはおさえていたつもりだが」
核融合する可能性もあったのか……。
「トキワくん、外!」
クオンがそう言って甲板に駆け出す。つられて出ると、そこには異様な光景が広がっていた。海の上に巨大な工場があった。鉄筋の骨組みがあり、巨大なマニュピレーターアームがあり、資材をせわしなく運ぶドローンがあり、そしてそれらは今まさに稼働しながら、その足元の小型船舶の集団を取り込んでいた。
「なんですか、あれは……船を、食べてる?!」
「むごーーー!! むごーーー!!」
櫻宮薫子がそう言いながら、自分のシャツの中にクオンの上半身を取り込んでいた。必死に抵抗するクオン。例えとしては最悪に近いが、確かに状況は似ている。巨大な建造物が、より小さい船を捕食している。
洋上の巨大工場から、ワイヤーフックのようなものが衝撃と共に甲板に突き刺さった。
ワイヤーが引かれ、船は徐々に工場基部に近づいていく。
「ねえ、なんか近づいてない?!」
薫子から脱出したクオンが叫ぶように言った。俺たちは船内に駆け戻り、フラスコの中の幼女に尋ねた。
「なあ! このままだと俺たちの船も、あの工場に食われるんじゃないのか?!」
「わたしはオマエタチを、ワザワザこんなとおいトオイところまではこんだのだ。ホメてもらってもいいとおもうガ?」
「うんうん! すごいよ!! とっても助かったよ!」
クオンが早口で幼女を褒めた。
「そうであろう」
「このあとどうなるのかも教えてくれるとうれしいな!」
「なに、シンパイするでない。あのテイドのキカイに、わたしをどうこうはできぬ」
「そうなんだ……安心したよ。ちなみに私たちはどうなるの?」
「このフネはあのキカイのイチブとなる。ひつようのないパーツはハイキされる」
船全体に衝撃が走った。見ると、機械のアームで海面から持ち上げられていた。
「廃棄って!? 必要のないパーツって!?」
「オマエタチはブンベツされたあと、もやされる」
「ダメじゃない!!!!」
俺は慌ててフラスコを掴み、もう片方の手で、クオンの手を引いた。
「とにかく海面に逃げよう! 櫻宮先生も!」
「ダメです、トキワさん!」
甲板の手すりに必死につかまりながら、薫子が叫んだ。
「もうだいぶ持ち上げられてます! この高さから飛び込むのは危険すぎます!」
「イヤ、なにもシンパイは」
「いや!! だけどもやるしか!!」
「わたしのハナシを」
そのとき、拡声器ごしの声が響いた。声はしわがれた老婆のものだった。
『あ、あーー。あんた達、日本人? この呼びかけで理解できる? まいいや、動かないでね〜! Freeze! Don't move ! FBI!』
次の瞬間、薫子が悲鳴を上げながら、突如飛来した翼の生えた人形の何かに攫われて行った。
「櫻宮先生!?」
『あなた達も動かないこと。狙いにくくなっちゃうわ』
船の屋根が力任せにもがれ、逆光にシルエットが浮かび上がる。迷彩色のスーツに、背中には巨大な機械の翼。手足は外骨格のようなものが張り付き、肩部分から伸びたサブアームが悠々と船の上部をつかんでいた。顔はマスクで覆われておりよく見えないが、むき出しの首には深いシワが刻まれていた。人間だし、しかも老人だ。
『オッケー、あと二人ね。余裕ザメ』
もう片方のサブアームがクオンをつかみ、老人の手元へ引き寄せられた。
船の上部が投げ捨てられ、空いたサブアームが俺に伸びる。万力のように固定されたが、不思議と痛くない程度の力で止められていた。
『離脱しましょ』
体が浮く。老人が宙を舞う。俺たちの背後で、船が工場の中に取り込まれて行った。
工場の一部にヘリポートのような空間があり、そこに俺たちは降ろされた。櫻宮薫子が先にそこにいた。
「櫻宮先生! 無事だったのか!」
俺とクオンが薫子にかけよる。
『若者って感じだわ。奥さん? 彼女? そっちのちっちゃいのは子供?』
翼を背負った老人が言う。声からして老婆か。しかしなぜあんな格好なのか。
「まだどちらでもないです」
薫子が言った。老婆は笑った。
『まだ! まだね! オッケー、ガツガツした女の子は好きよ』
俺は老婆に尋ねる。
「助けてくれてありがとうございます。あなたは?」
『ああ、マスクしたままだった』
老人が頭の横のボタンを押すと、マスクが外れた。声の通り老婆だった。白く、深いシワの刻まれた肌。ボサボサの白髪。3Dメガネのように、左右で色の違うゴーグル。
「ハアイ、私の名前は絵恋。絵に描いたような恋って書いて絵恋。見てのとおり、17歳の乙女よ」
クオンが吹き出した。
「背中のそれは……」
「これ? ジェットパックよ。マッハまで加速できるわ」
「できるんですか?」
「人間がやると死んじゃうけどね。これが本当の鳥葬ってやつね。アハハハハハ!」
「いや……あの……そういうことが聞きたいわけではなくて、ええと……あなたは一体この街の何なんですか? 人間……ですよね?」
絵恋と名乗った老婆が、含んだ笑みで再びマスクを被った。
『乙女はミステリアスな方がかわいいと思わない? この街もね。ちょっとガサツなところもあるけど、いいところよ。それじゃあね!』
老婆がジェットエンジンをふかしながら飛び上がった。俺は大声で呼びかける。
「いや、ちょっと待ってくれ!!」
『待てないわ〜。ゲートボール大会の司会頼まれてるもの〜』
ヘリポートから老婆は去って行った。
ヘリポートの横に、『順路 →』と書かれた看板がビーズでデコられて立っていた。




