その47「こども達の星③機械の国」
「ヨケイなことを! マッハのショウゲキにたえられたのだ、もやされるなどたいしたことではなかったのに!」
フラスコの中の幼女は、外部からの手出しに怒っていた。まあまあとクオンがなだめる。
「みんな気が動転してたんだよ。それに無事に順路に出れたわけだし……」
「あの順路って看板は何なんでしょう? 先ほどのおばさまが用意したもの?」
「そうじゃないかな? デコってあるし……」
俺たちを助けた絵恋と名乗った老婆。彼女は何者だったのか。
俺たちが今歩いている、工場の裏側のようなパイプまみれの空間は何なのか。
疑問は尽きないが、今は歩くしかない。しばらくゆくと目の前にらせん状の階段が現れた。その最上部には青空が覗いていた。
「外に出れるらしいな」
「みたいだよ。順路って看板もあるし……」
クオンが指差した先には、大きく上向き矢印があしらわれた順路の看板があり、やはりきらきらとデコレーションされていた。この先に行けということか。
黒い金属製の螺旋階段は、登るごとに甲高い音を鳴らした。階段周囲には鋼鉄の角材が上下左右に組まれ、パイプがその中を蛇のように蛇行しながら張り巡らされていた。
やがて上部から青っぽい匂いが風とともに吹き込んできた。最上部にたどり着いた俺たちの前に現れたのは、十字架の乱立する草原だった。俺たちの背後には黒々とした工場群が壁のように立ちはだかり、それは緩やかに湾曲して巨大な円のように草原を囲んでいるようだ。工場群の足元には十字架がどこまでも突き立てられている。壁の反対側、すなわち円の中心部を見れば、水平線の彼方におぼろげながら街のようなものが見えた。そこまでは田園地帯のような風景が続いている。
「……ここは、お墓?」
クオンが言った。そうだろうな、と俺も思う。一つ前の海上都市とここでは規模が違うが、本質的には究極の高齢化が進んだ都市なのだろう。
「とにかく街を目指そう」
「賛成です、この辺りには誰もいないようですし」
地響きがした。後ろからのようだった。慌てて振り返ると、壁の一部が大きく開き、そこからコンテナのようなものを抱えた無数のドローンが飛び立った。ドローンもまた、街の方を目指していく。
その光景にあっけにとられていると、壁の足元を4足歩行の機械が歩いているのも見えた。人の背丈の倍はあるだろうか。4足歩行の機械は、足元の墓に時折ジェット水流のようなものを吹き付けていた。掃除役だろうか。
「機械はたくさんいるらしい」
中心に向かう道すがら、俺たちは人間には会わなかったが、機械たちにはたびたび遭遇した。その多くは畑や水田の手入れをしていた。荷物を空輸しているドローンもいた。道中で休憩しながら、時折機械たちの働きを見たが、彼らは俺たちにはまったく無関心だった。自分の作業のことしか見ていないらしい。
休憩をはさみながら数時間歩いた。ようやっと人の声が聞こえてきた。
近く。多くの老人が、広い公園のような場所に集まっていた。ちゃんと立てている人はごく少数で、杖をつきながら立てている人も『まだマシ』、大半は腰が曲がりきっているか、あるいは車椅子か。その介助をしているらしい青年もちらほら見えたが、関節を見る限り全員アンドロイドのようだった。
学校の校庭などにありそうな、金属製の壇上に見覚えのある人影があった。外骨格のようなものを見にまとった老婆。こちらからはシルエット程度しか判別できないが、向こうはしっかりとこちらを見据えている。この距離で見えているらしい。
「これ、あれかな? ゲートボール大会って言ってたやつ」
クオンが言った。櫻宮薫子が呆れ気味に見渡す。
「大会になっているようには見えないですね。まともに立っている人の方が少ないですよ」
遠くで老婆が手を振っている。呼んでいるらしい。
「迷わずつけたかな?」
近くに行くと、老婆が壇上から言った。
「おかげさまで。あの看板はあなたが?」
「看板?」
「順路と書かれたやつです」
「ああ! 看板! 看板ね! そうそう、迷わないようにね。絵恋ちゃんでも時折迷っちゃうもの。あのあたり、たまに道が変わるからね」
そこまで言ってから、老婆はかぶりを振った。
「看板を作ったのは私だけど、設置しているのは違うわ。そういう細かいことは子供達にまかせてる」
「子供? 幼女のことですか?」
「あははは! そっか、そうよね、うんうん」
老婆は笑う。
「ところであなたたち、人探しをしているんだって?」
俺の体が静かに強張る。老人ということで無意識に油断していたが、この老婆の素性は未だ明らかではない。俺たちがここにきた理由を知っている? そういえば、俺たちが工場に飲み込まれそうになった時もいやにくるのが早かった。
「なぜそれを?」
「遠くのお友達から珍しく連絡があったもの。渚灯、あの子に聞いてきたんしょう?」
「彼女を知っているんですか?」
「当然よ? 私を誰だと思っているの?」
「……あなたは、何者なんですか?」
ふふ、と老婆が誇らしそうに眼を細める。
「名乗っていなかったわね。私の名前は、絵恋。絵に描いたような恋と書いて、絵恋よ」
「……それは知ってます」
「名乗ったっけ?」
「そうですね」
「都市管理局の人間だってことも言ったかしら?」
「それは……それは初耳です。ああ、それで……」
絵恋はこの統合都市コロニーの管理側の人間で、渚灯にこの都市のどこかにいる俺の母親の居場所を教えたのも彼女で、それで俺たちがここにくることを事前に知っていたわけだ。
「ああ、あなたのお母様をさがしていたのね」
俺も事情を説明すると、老婆はしきりに頷いた。
「あなたのお母様は、この地図の場所に介助用アンドロイドと二人で暮らしているわ」
絵恋が手渡してきたのは手書きの地図だった。
「ありがとうございます」
「え? どういうこと?」
いきなり老婆が素っ頓狂な声をあげて耳を抑えたので、俺は首を傾げた。
「どうしました?」
「ああ、ごめんなさい。急に電話がかかってきて、びっくりしちゃったの。気にしないで」
どうやら耳のところに通信機が仕込まれているらしい。俺は改めて礼を言って立ち去った。
後ろから老婆の声が聞こえ続けていた。
「心配したのよ〜? 今までどこにいたの? うん? うん……え? 今日帰ってくるの?」
クオンが時折振り向き、その姿を見ていた。
「誰と話しているんだろう」
「先ほど、細かいことは子供に頼んでいると言っていましたが、お子さんでは。あの年代なら、いてもおかしくないですし」
「たしかに、そうだね。そんな感じだね」
絵恋の子供、か。いたとしても、俺よりもずっと年上なのだろうが。
手元の地図に眼を下ろす。大まかな道と目印の家の特徴程度しか書かれていない。
この地図の場所に、俺の母親がいる。




