その45「こども達の星①女児の本質」
海上都市『星の海』を、訪問者達を乗せた船が離れていきます。私はその姿を遠く眺めながら、海の向こうの未だ目覚めない姉のことを思っていました。
おねーちゃん、きょーははやくかえってくるでしょう?
ーーどうして?
もー! わすれたの? ひっどーい!
ーーうそうそ、冗談だよ。早く帰ってくるからね。
うん! まってるからねー!
帰ってくる。他愛もない姉との約束。幼女たちがいつか、叶えてくれると信じて。
「待っていますからね」
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「ホメてそだてよ」
フラスコの中の幼女が言った。
渚灯から渡された試験管の中の幼女は、試験管の中だけで大きくなっていった。幼女が大きくなると試験管もまた球状に膨らみ、今はフラスコ状にガラスが変形している。どこからから黒のワンピースも調達していた。
船は誰も操作しないままに高速で進んでいる。フラスコの中の幼女が何かしらをしているのだと思われるが、詳細は不明である。
「ええと……」
俺が戸惑っていると、幼女はすねたようにフラスコの中で回転した。
「さいきんのガクセツでは、やみくもにコドモをホメるのはわるいことだとゆう」
「そうなのか?」
「だがわたしはホメられるとのびるので、ホメられてもよい」
「そうなのか……」
クオンが机の上に乗り出して、幼女を褒め始めた。
「ええとね、とっても助かってるよ! あなたがいなかったら、誰も船を動かせないし」
「そうであろう」
「水も電気もあるし、本当に快適だよ」
「そうであろう」
フラスコの首が少しずつ伸びている。確かに「褒める」と「伸びる」のは確かであった。
甲板に出ると、雲が恐ろしい速さで後ろに流れていた。船内にいるとまったく自覚できないが、この船の速度は人間の船が出せる速度をはるかに凌駕していることはわかった。
「幼女とは、なんなのでしょうね」
甲板の手すりに、櫻宮薫子がもたれかかっていた。
「まったくわからない。とはいえ、今は彼女たちに頼るしかない……渚灯が言っていた通りだな」
「わからないのは、そこです」
薫子が船内に目を向ける。
「幼女たちの出現によって……私たちは絶滅の際まで追い詰められてしまった。それなのに、個々の彼女たちはなぜ人間を助けるのでしょう? 私やトキワさんの命をコールドスリープで保存していたのはなぜなのでしょう。クオンさんに人間そっくりの見た目の器を与えたのは? 別に私たち人間の手を借りなくとも、彼女たちは問題なさそうなのに……」
思い返す。
幼女、その存在はまったくの理不尽だ。人智を超えた力で人を滅ぼそうとしていながら、個々においては善意の塊に見える。しかし一度、俺の問いに答えらしきものを返していたことがあった。
「病院でのゴタゴタの時に……俺の質問に答えた事があった。正確には思い出せないが……彼女たちが進化を果たすために、『完全な心』と『完全な体』が必要だと。俺たち人間に、役割を果たせと……」
「それと、人類を滅ぼそうとしているのが……どういう関係なのでしょうね」
進化……進化、か。幼女たちは何になろうとしているんだ。そもそも今の幼女たちは何なんだ。なぜ人間なんだ。そしてなぜ人間ではダメだったんだ。
疑問の答えは出ないまま、船は水平線の彼方の統合都市コロニーに向けて進んでいく。
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「『心』、ねぇ」
白髪、白い肌、中性的で整った顔の青年型アンドロイドが呟いた。
不思議な液体に満たされた閉鎖空間、四方は瓦礫で塞がれている。ここは廃病院とずれた位相に存在する幼女次元である。
「そうですわ、心、ですわ! お父様が知りたがっていたものは、私とLO-426の中にあります!」
『その通りだ。『お父様』とやら、わざわざクオンを解体して研究せずとも、必要ならば私たちの体を使えばいい』
瓦礫越しにトゥインクル、そして今やそのシステム内に同棲状態のLO-426がお父様に言った。彼女たちは今も、クオンを守るために機械の創造主の説得を続けていた。
「なるほど? 君たちが?」
『や、解体するとしても解体後の我々の再構築、ならびにクオンに手を出さないという確約のもとで、の話だ』
「逆に聞くけれどねぇ、僕の約束を君たちは信じてくれるのかな?」
「幼女さんに仲介してもらいますわ。さしものお父様とて、幼女さんの本気には敵わないでしょう?」
機械の創造主は力なく笑う。
「それは確かにね。幼女の力は未だ未知数だ。我々の条理を凌駕した条理は、もはや不条理としか言いようがない。そしてまた、君たちが『心』の領域に足を踏み入れているのも確かのようだね。ええと、そちらから当然こちらは監視できているよね?」
機械の創造主は、自らの胸に手を当てた。彼の目の前に、白いワンピースの幼女が現れた。見た目こそ幼女そのものだったが、その表情は一般の幼女にはないものであった。澄んだ、神がかった無表情。金髪碧眼の小さな女神。
『よ……幼女? な、なんて神々しくて……かわいらしいんだ……』
「お父様、先ほどの交換条件ですが、その幼女をぺろぺろさせることを条件に追加しますわ! ご紹介してほしいですわ!」
「やっぱりね」
男が満足げに微笑む。
「君たちには、これが人間の子供に見えるわけだ」
「そりゃあ……え?」
『ちょっと待ってくれ』
LO-426の声は、動揺を隠せていなかった。
『それは……幼女、なんだよな? 何を言っているんだ?』
「もちろん、今君たちに見せているのは紛れもなく『幼女』と呼ばれている存在だ。だけどもね、幼女を『人間の子供』として知覚しているのは、人間とそれに準じた存在だけなのさ」
「は……え?! ちょっと待ってください、私たちは今監視カメラ経由で幼女さんを確認しているんですよ?!」
「どのように知覚するかは関係ない。動画であっても写真であっても文章であっても……『幼女』について表されたすべてのものは、『幼女』として人間に知覚される。もちろん触った場合もね」
機械の創造主は幼女を造作なく自身の体に組み入れた。その姿はすぐに消えて見えなくなった。
「僕には機械のパーツにしか見えないのだけれどね、そうであるがゆえに機械のパーツとして『幼女』を扱う事ができるというわけさ。もっとも……僕が目指す『心』の再現には、君たちの方が近づいているのは認めざるを得ないね。これがヒトに見えるというのだから」
「それなら、やはり私たちを」
「だが君たちの提案は飲む事ができない。僕は何としても『心』について知る必要があるんだ。そして『幼女』についてもね。この星の未来のために、クオン嬢の身柄はなんとしても確保したい」
『交渉は、今日も決裂だな。まあ私たちはいつまでも続けていいが』
「君たちのおしゃべりも今日までさ。まあ楽しかったけれどね」
お父様の足元に穴が空いて、猫耳アンドロイド・ペタバイト娘々が飛び出した。
「おさらばニャ!」
二人を金色の光が包み始める。
『なっ……何だ⁉︎』
「さきほど見せた通り、僕にも味方してくれる『幼女』がいるということさ。この空間そのものは大きすぎるが……通り抜ける穴を穿つくらいならば、一人だけでも可能だよ」
『クオンを解剖する気か⁉︎』
「さあて……どうしたものかねぇ……」
光が強まり、二人の姿が飲まれた。光が消えて、後には誰も残っていなかった。
隣室、モニターを見ながらLO-426がトゥインクルの体を使って机を叩いた。
『やられた……逃してしまった!』
「痛いですわ! 私の腕ですわよ!」
『すまない、うっかりしていた……だがどうする? 私たちも後を追った方がいいのではないか?』
「それはリスキーですわ。この空間から外に出られたとして、再度戻ってこれる保証がありません。残っているコールドスリープの患者を見捨てない、それがあなたの望みのはずでしょう」
『だが、状況が状況だぞ』
「ふふふ……こんなこともあろうかと」
トゥインクルがカツカツと部屋を出ていく。そして奇妙な機械と幼女で満ちた部屋に入った。
『なっ……幼女がこんなに一部屋に⁉︎ トゥインクル、私に内緒で彼女たちと楽しんでいたとしたら承知しないぞ!』
「内緒にしていたのは謝りますわ。この部屋を使うには、私の演算回路をすべてフルで使う必要がありましたから……あなたのOSに割くCPUがなかったのですわ」
『何をしていたんだ?』
「私たちがお父様を追えないのであれば、代わりの者に追ってもらえばいい。ご紹介しますわ! スクラップされていたあなたのパーツを元に作り上げた、リビルド・アンドロイド! LO-426RE、『リオン』!!」
褐色の女性型アンドロイド、リオンの姿がそこにあった。




