その44「おしまいの街⑤幼女の島」
「統合都市コロニーハ 南緯47度9分 西経126度43分 ノ 洋上ニ浮カブ人工島ニ アリマス」
「ぱっと言われてもわかんないよ」
ハートウォーミングの説明にクオンがかぶりをふった。
「この画面を見てください」
渚がパソコンの画面に地図を表示した。
「南太平洋の……ど真ん中、ですか?」
櫻宮薫子が言う。確かに、オーストラリア大陸、南アメリカ大陸、南極大陸のちょうど中心地にあった。周囲には本当に何もないように見える。なぜこんなところに?
「船は貸しますよ」
渚が言ったが、俺は頬を掻いた。
「いや、申し出はありがたいんだが船の操舵は……」
「心配には及びませんよ。ついてきてくださいね」
そう言って渚が立ち上がった。
ハートウォーミングが操舵する船で、俺たちは街から少し離れた孤島に来た。ヤシなのか何なのか知識のない俺にはよくわからないが、何やら南国らしい木が生えている。
きゃっ…… きゃきゃ……
「ん」
笑い声が聞こえた気がして、俺は背の低い茂みに目を向けた。幼女の笑い声だった気がするが、いくら幼女とてあの背丈の茂みには隠れられないだろう。
「この島、誰か住んでるの?」
クオンが尋ねたが、渚は首を振った。
「いえ、今は誰も」
「もったいないんじゃないですか? ここなら土も植物もあるのに……」
薫子の指摘に、渚が苦笑したように見えた。
「ここで住みたい人は、あの街にはいないということですよ」
シャッターが下りたままの個人商店。雨戸のしまったままの家々。雨戸のない家の窓はすでになく、朽ちた廊下から植物が顔を覗かせていた。
ここを人間が捨てて、どれくらい経つのだろう。ふと家の奥の暗がりから、二つの光が見えた。それは暗闇の中に消えた。動物……?
異様な雰囲気だ。薫子が俺に身を寄せた。
「なんか変です、ここ」
クオンに目を向ける。クオンもこの雰囲気を感じているのか? 俺はそっとクオンの手を握る。
「両手ニ花?」
ハートウォーミングが茶化した。俺は尋ねる。
「なあ、どこに向かっているんだ?」
「ここです。この診療所」
渚がベニヤで補強されたガラス戸を開く。中は俺が思っていたよりも綺麗だった。待合のソファが、壁の付近に片付けられていた。渚が壁のスイッチを押すと、電気がついた。電気がまだ生きているのか。
「ここはこの島唯一の診療所でした。今、この島は私たち都市管理局の管理下にあります。『保管』に最適な施設なので、この診療所を使わせていただいてます」
「『保管』……?」
「『幼女』ですよ。正確には、その初期株ですが」
渚が冷蔵保管庫の中から、一本の試験管を取り出した。ゴムで蓋をされた試験管の中には、無色透明の液体が入っていた。
「『幼女』についてはわかっていないことが多いですが……わかっていることもあります。それは、私たち人間の『子供』は、例外なく『幼女』に置き換わる……ということです。つまりですね、今はもうヒトの子供はつくれなくとも……『幼女』であれば人工発生が可能だということです」
薫子が後ずさった。
「私たちは、この島で『幼女』の人工発生の実験を進めてきました。実験は一定の成果を収めていて、たとえば」
「正気、ですか」
薫子が暗い声で言った。
「幼女は得体の知れない存在です……私も昔実験していて……それで……」
「確かに、幼女は今まさに人類を滅ぼそうとしている『厄災』そのものです。ですが、本当にそれだけでしょうか。あなたがたも、幼女たちによってコールドスリープされていたから、今まで生き残っているわけですよね」
渚は、俺たちの顔を順繰りに見た。
「幼女たちが人類に悪意がある存在だとは……私にはどうしても思えないのです。共存する道があるんじゃないか……いえ、共存しなくてはいけないんじゃないか……」
「なんで……なぜそこまで彼女たちのことを信じられるんですか。命を救われた、私たちならともかく……」
「私の姉は、交通事故から命を救われました。あなたたちと同じように、幼女たちによって。同じようにコールドスリープで」
そう言って、渚は残念そうに付け加える。
「……あなたたちと違って、まだ目を覚ましてくれていませんけれどね」
渚は試験管を冷蔵庫に戻した。俺たちに、壁際のソファに腰掛けるよう促した。
「昨日、さんざん踏み入った質問をしてしまったお返し……になるかわかりませんけれど」
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私の生まれ故郷は、関東地方の小さな港町でした。
あのとき、私まだ6歳でした。ええ、よく覚えています。誕生日でしたから。
あのころ地球は今より普通で、幼女たちはいなかったし、人類絶滅なんてことにはなっていなかったし、私は将来お花屋さんになれるものだと思っていました。
私には年の離れた姉がいました。あのとき高校生だったはずです。最後に姉の元気な顔を見たのは、誕生日の朝。早く帰ってくるよう、送り出したのが最後でした。その日の夕方……姉は交通事故に巻き込まれたんです。
人間の医者にはどうしようもなかった。
私は死んでいく姉を見ているだけでした。
そのとき、私は『奇跡』を見たんです。
「しなないよ。しなせない」
小さな女の子は、私たちにそう言い切りました。どこから現れたのかはわかりませんが、白衣を着た小さな少女たちが、姉を不思議なカプセルに詰め込みはじめたのです。
「つめるです!」「こーるどすりーぷです!」「れいとうです!」
「おい! うちの娘に何をやっているんだ!!」
父が慌てて止めようとしたのも、大人になった今ならよくわかります。あの瞬間まで、私も父も「幼女」という存在を知らなかったんですから。ですが止めようとした父は、幼女にたどり着く前に見えない壁に阻まれて倒れてしまいました。
私は、まだ幼くて、父よりも純粋でした。なんとなく……ですが、彼女たちが人知を超えた何かだと感じ取っていました。
「おねえちゃんを……助けてくれるの」
私の問いに、幼女が頷きました。
姉は幼女たちによって命を救われたその日こそ、人類が初めて幼女と接触した日でした。
姉との再会という、私の希望が生まれた日。絶滅という、人類の絶望が始まった日でもあります。
今から4年ほど前、母が亡くなりました。流行りの病でした。
何も死ぬほどの大病ではありませんでした。簡単に死ぬような年齢でもなかった。でもダメでした。
病は気から。それが全てではないにしても、まったく関係ないわけじゃない。
生きる気力を失った人間は、病気への抵抗力さえも失ってしまう。「ああ、本当にこんなことってあるんだ」臨終の場にふさわしくないほどの空虚な納得感。
母はずっと姉は死んだものと思っていました。そしてその亡骸を奪い去って行った「幼女」のことを、生涯許すことはありませんでした。
私は?
どう感じればいいのでしょう。
幼女出現後にはじまった戦争で故郷を奪われ、幼女現象により子孫を奪われ、私たちはこの洋上でただ死を待つのみ……。その全ての原因を私は……
母の死から2年と3ヶ月後。私は父親の自殺扶助志願届を受け取る羽目になりました。
私の必死の説得も叶わず、姉の生死についての考えも結局最期まで一致することなく。
……私の最後の望みは、せめてその幕引きを私自身の手で見届けること。
娘として、都市管理局員として、私がこの手で薬を手渡し、私の前で静かに眠る父を見て、私がこの手でその後始末を行い……
以来、私は自殺扶助の仕事ができなくなってしまいました。
もはや私に残されたのは、姉との再会という子供じみた奇跡の待望だけ。
その希望を叶えなれるのは、この地球には幼女しかいません。
たとえこの惨劇をもたらしたのが幼女たちなのだとしても、私は彼女たちを信じ、その力にすがるしかないのです。
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渚が全てを話し終わった時、室内にはいつの間にか小さな、埃のような幼女たちが浮遊していた。それらは光を受けてきらきらと輝いていた。
「……この幼女は……この小さすぎる幼女は……何なんだ」
「大きさが、何か問題でしょうか。彼女たちの力は人の理の及ばないところにあります。空間全てが幼女によって飽和していたとしても、私は驚きませんよ」
あらためて、渚が試験管を取り出す。
「彼女たちが得体の知れない存在であったとしても、人類を滅ぼす原因であっても、今の私には彼女たちしかいません。私だけじゃない。ろくにライフラインもない、食糧自給のための畑すらない、そんな洋上の浮島で今尚安定した生活が保てているのはなぜだと思います? 住民には公表していませんが、勘のいい人であれば薄々気がついていることでしょう。気がついていても、あえて言わないだけです。人類の生活は、今や完全に幼女に依存している」
渚は試験管の蓋を外した。
「あなたたちとて同じこと。統合都市コロニーは、あらゆる大陸から離れた海域にあります。到達不能極と呼ばれる場所です。そんなところへ食料も専門家もなしに、どうやってたどりつけるでしょう。ですが……彼女たちの力をもってすれば、そんなことは容易いことです」
俺は立ち上がり、渚が差し出した試験管を受け取った。
試験管中では、今まさに小さな粒子が幼女の形を成そうとしていた。




