その36「ANTI-LOLI⑨運命をともに」
まさか、と思いトゥインクルを見る。トゥインクルがクオンを取り押さえている。
「まあ待てトゥインクル。僕はそのクオン嬢の出自に大変興味があるんだ。そのお嬢さんは、他のアンドロイドとは明らかに異質なんだよ」
「異質?」
「そうとも。人間製アンドロイドは、自身と人間の生命を天秤にかけたときに、迷うことなく人間を助けるように義務付けられている。人間にとってアンドロイドはあくまでも『使命を達成する道具』でしかないからねえ。LO-426とかいう個体もそうだったろう?」
「……ええ」
一瞬戸惑うような間があった。
「だけどその子は違った。自分の命と仲間の命を天秤にかけ、動揺した。興味深い反応だよ。詳しく調べたいんだ……トゥインクル、そのお嬢さんをこっちへ連れて来なさい。生きたままね」
「わかりましたわ、お父様」
トゥインクルが男に歩み寄っていく。男の前に立った。
「いっておくけど」
クオンが言った。
「LO-426さんが人のために命を投げ出したのは……あなたが言うような、使命、なんて薄っぺらいものじゃあないからね。彼女は人を愛してた! 人を救えることを愛してた! 『心』があったんだよ! 言っておくけどね、私を実験して、バラバラに解体したって、あなたなんかには絶対に見つけられない! 『心』ってのは、そんな風にして見つけるものじゃないもの!」
男がはじめて、不愉快そうに眉をひそめた。
「……へえ、興味深いじゃないか。『心』、ね。それをあのアンドロイドが持っていたと? 君もそれを持っていると?」
トゥインクルはクオンに目を下ろした。
「この子の言っていることは本当ですわ。LO-426のデータを持っていますもの……彼女が私たちが持っていなかったものを持ち始めていたことは、私にもわかります。だからね、お父様ーー」
何かが手のひらに当たった。俺は驚いて下を見た。
「この子は、渡せなくなりましたわ」
水面が、屋上にまで上って来ていた。猫耳アンドロイドが何かを叫んでトゥインクルに向かって行ったが、一歩遅く水に飲まれた。
水の中。純白の服の幼女が俺の目の前に浮いていた。
確か……ロリ人間コンテストの実行委員の……。
【カレルレンだ。君たちを助けるよう、エクビリオに頼まれた】
「……エクビリオ……? 誰のことだ?」
【エクビリオが宿るべき存在を探し求めて、我々は来た。その旅もじき終わる。そして永い共生の先に、我々は待ち望んだ次の進化を果たすだろう。君たち人間には見届けられない。永い時間がかかるのだ。それでも我々が旅して来た時間とくらべれば……ささいなものだ】
「お前たちは……なんなんだ? どうして人間の幼子の姿をしているんだ? なぜ人類を滅ぼそうとしながら……俺や櫻宮先生のように、人間を助けようとなんかするんだ?」
【約束の時はまだ来ていない。君たちが滅びるのはまだ早い。『完全な心』でなければ、我々が宿ることはできない。しかし『完全な体』でなければ、やはり我々には耐えられないのだ】
幼女の姿が遠ざかっていく。
「待て! 話はまだ終わってない! 勝手なことを言うな!」
【命を、心を全うしろ、人間。それが君たち人類が、この宇宙に生まれた『意義』だ】
気がつくと、俺は病室にいた。俺の眠っていたベッド、だろうか。景色がどうにも不明瞭で、判然としない。まるで夢の中にいるようだった。
「……気がつきましたわね」
部屋の中にトゥインクルがいた。よく見ると、クオンも櫻宮薫子も部屋の中にいた。
「トゥインクル……お前が助けてくれたのか?」
「……そうですわ。こうでもしないと、お父様からみなさんをかばうことはできませんでしたもの」
「じゃ、じゃあ、さっきまでのは全部演技だったってこと?」
クオンがトゥインクルにつめよった。クオンをトゥインクルが抱き上げた。
「わっ」
「当たり前ですわ! 私がクオンたんに危害を加えるわけなじゃないですか! ぺろぺろ」
「抱きつかないで! キスしないで! 鼻息荒くしないでーー!!」
ほっとしたのか、薫子が笑った。
「相変わらずで安心しましたけど、クオンさんを舐めていいのは私だけです。勘違いしないように」
「櫻宮先生だってだめだよ?!」
「当たり前です。言いましたよね、『私は私ですわ』と。ぺろぺろ」
「は な し て ーーーーー!!」
クオンを、そっと床におろした。名残惜しそうに、クオンの頬をトゥインクルがなでた。
「……今、お父様たちもこの水の中の病院にいます。さっき1階部分が崩れていましたわよね。あれは私がお父様たちを閉じ込めるために、わざと崩したのです。当面身動きはとれないと思いますわ。ですが脱出されるのも時間の問題です……。今、この病院に政府のヘリコプターが向かって来ているようです。皆さんだけ水中から解放しますから、それに乗ってどこか遠くへ逃げてください」
「え」
クオンがじっと、トゥインクルを見つめた。トゥインクルは目線をそらした。
「……お前は、ついてこないつもりなのか?」
「お父様から逃げようって言うのに、私がついて行ったら無意味ですわ。もう忘れましたの。私の目と耳は、お父様につつぬけなんですわよ。それに」
トゥインクルは微笑んだ。
「私にはここで、彼女と運命をともにする義務があります。トゥインクルビデオプロジェクター!」
トゥインクルの胸元からレンズがせり出し(なぜ胸元)そこから映像が映写された。水中に、ホログラムの人間像が浮かび上がった。
『やあ』
「LO-426?!」
そこには、白衣を着たLO-426の姿があった。
「生きてたの?! 426さん!」
『記憶データと人格データを、トゥインクルのCPU上で動かしてもらっているのだ。まあ人格エミュレーターと言うのかな』
「そんなことができたのか?!」
「私、高性能なんですわ」
LO-426が微笑んだ。俺を見た。クオンを見た。薫子を見た。
『君たちにまた会えるとは思わなかった。また話せるとは思わなかった』
クオンがLO-426に歩み寄った。クオンは俺たちの何倍も長い時間を、彼女と過ごしていたんだ。涙目になるのも、無理はない。
「……さわれないのが、さみしいね……」
『それなんだが』
おほん、とトゥインクルが咳払いをした。
「LO-426の感覚は……視覚や聴覚……触覚も私と共有しているんですわ。ですから私がLO-426の代理で触って差し上げても」
「426さん!!」
「きゃうっ」
迷うことなく、クオンがトゥインクルに抱きついた。さしものトゥインクルも、少しどぎまぎとしたようだ。
「私……あなたに会えてよかった! あなたはこの病院で……私に生きがいをくれた……私がやるべきことを教えてくれた……!」
『私には、君のように人間とよりそうことができなかったからな。礼を言うのは、私の方だ』
トゥインクルの手が、そっとクオンを抱き寄せた。俺にもわかる。あれは、LO-426の意思だ。
『君は私に、人の心を教えてくれた。他の人間に見捨てられてこの病院に取り残された私を……君は必要としてくれた。私の使命が誇らしいものだと教えてくれたのも君だ。私の方こそ、クオン、君に会えてよかったと思うよ……」
クオンが涙をトゥインクルの服で拭いた。LO-426は、クオンをそっと離した。
『私たちはここに残らなければいけない。例のアンドロイドのこともあるが何より、この病院の残された人々を見捨てることはできない』
「……うん。426さんならそう言うと思ってた」
『お別れだ、クオン……トキワ、櫻宮。トキワ、君は私に『生きろ』と伝えてくれたな。私はここで、トゥインクルと共にそうすることにした。だから君も約束してくれ』
俺は頷いた。目頭が熱くなった。呂律がよく回らなくなった。
「あ、ああ。約束、する」
『約束だぞ』
視界がゆらぐ。水が引いていく。トゥインクルたちの姿がぼやけていく。
「もう行っちまうのかよ!」
「安心してください。私はさみしくなんかありませんわ。LO-426もいますし、幼女たちも病院内に残ってますもの」
クオンがかぶりを振った。
「バカだなあトゥインクルさん! 寂しいって言ってるのは、私たちだよ! 私たちがっ……そのっ……」
「……ああ、もうわかりましたわ! お父様を説得して、そのうちまたこっちの世界に戻って来ますわよ! また会いましょう! それでいいですの?!」
「約束っ……だからね!」
「ええ! 約束ーー」
その言葉を最後に、水はひいた。俺たちは、もとの屋上にいた。空が白みはじめていた。
街を覆っていた水は、もうどこにもなかった。
東の空から、救援ヘリの羽音が近づいてきていた。




