その35「ANTI-LOLI⑧交換条件」
男は言う。
「こうしよう。君たちを近くの人間居住地まで、このヘリコプターで連れて行ってあげようじゃないか」
「……友好的になるのなら、せめてトキワさんの拘束をといてからにしてくれませんか?」
櫻宮薫子が冷ややかに言った。もちろん彼女も、この男のことを一切信用していないようだった。
「おっと、これは失礼。ペタバイト娘々、彼を放してやりたまえ」
「はいニャー」
不意に手が緩む。俺はすぐ距離を取り、彼らとクオンの間に立つ。
男は不敵な笑みを絶やさない。ペタバイト娘々と呼ばれた少女型のアンドロイドもだ。自分たちの圧倒的な有利を確信しているのだ。
「……そろいもそろって、信用してないって目だね」
「当然だろ……『乗ってきたパイロットたちがいなかった理由』、察しがついていないとでも?」
「ははは、誤解があるようだ」
男は笑う。
「あの連中は君たち人類にとっても害をなす存在だった。ANTI-LOLI、だったけ、いつまでたっても『幼女』の存在を受け入れない時代錯誤な連中……まああの程度の連中に『幼女』をどうこうできるはずもないが……まあ死ぬよね、人間は、ミサイルで。これでも助けてあげたつもりなんだが」
「冗談はやめて。あなたたちがわざわざおびき寄せたんでしょ?」
クオンが言った。
「それも病院に! 『助けてあげた』だなんて、自作自演もいいとこだよ!」
「『助けてあげた』というのは人類に対しての話さ……もちろん僕だって個人個人を救うつもりがないでもないが……物事には『重み付け』というものがある。優先順位さ。わかるだろう? ANTI-LOLIがここでいなくなることは、これからの人類とアンドロイドにとって大変有益だったんだ。彼らが求めた世界の滅亡は……僕の未来像とは決して相容れない。世界は決して滅びに向かっているわけではない。人類が生み出した『アンドロイド』という種族が、これからの新たな世界を生きて行く……そのときにミサイルで荒廃した地球を渡されても、ねえ」
とにかく、と男は言う。
「僕が伝えたいのは、ANTI-LOLI殲滅という目的を達成した以上、君たちを危険に巻き込む理由はなくなったということなのさ。僕を完全に信用しろとは言わないけれど、助ける意思が本当だということはわかってほしいな」
俺は慎重に言葉を返した。
「……わかった。お前が俺たちを助けようとしてくれていることは……信用する。俺たち3人をヘリコプターにーー」
「待った」
やはり来たかと思い、男をにらむ。
「ただで乗せるとは言っていないよ。助けるのは人間のほうだけだ。アンドロイドのお嬢さんは僕たちと一緒に来てもらう……」
俺はかぶりを振った。拳を握りしめた。
「そう言うとは思ったが、答えはもう決まっているんだよ。NOだ」
俺は言った。だがどう逃げる? この状況は男が現れた時から予想できていた。だが切り抜ける方法が、まったく頭に浮かんでくれない。せめて何か注意がひければいいのだが。
「わかっていないなあ。僕が交渉しているのは、そちらのお嬢さんだよ……」
「私っ?!」
「クオンちゃん……これは交換条件なんだ。2人を助けるために……君に協力してもらいたい。僕は君がどういう風に造られたのか……非常に興味があってね」
「そんなの交換条件じゃありません! ただの脅しじゃないですか!」
薫子が叫んだ。俺も怒りに歯が震えた。
「良心的な条件だと思うけどね。3人とも死ぬか、2人は生き残るかだ。迷うまでもないだろう?」
「そ、そんなの……」
クオンが震えはじめた。クオンの肩を寄せる。こいつは何のつもりなんだ。クオンを破壊するためだけなら、こんなことをする必要はないはずだ。俺たちを無視してクオンを狙えばそれでおしまいだ。何か……狙いが別にある?
「……そんな回りくどいことをする必要は不要ですわ、お父様」
後ろから不意に声がした。横っ腹に衝撃が走り、俺は吹き飛ばされた。
「トキワくん! やだっ、離してよトゥインクルさん!」
見ると、クオンがトゥインクルにはがいじめにされていた。
「トゥインクル! 崩壊に巻き込まれたんじゃなかったのか?!」
「崩壊プロセス? ああ、それならば私が止めたんですわ。やり方を教わりましてね」
「教わった……?」
「LO-426、彼女の記憶データをまるごといただいたんですわ。ダウンロードに少しだけ手間取りましたけれど」
そんなことができたのか?!
「と、いうわけで今の私は1階の異空間も自在……クオンさんのデータも大量……あんなデータやこんなデータも……むふふ……でなくて、もう情報収集は十分ですわよね? 壊してしまって、かまわないのではないですの?」
……違和感があった。トゥインクルの言動。
俺の脳裏に、トゥインクルの言葉が蘇る。あの時は耳を傾けなかったトゥインクルの言葉。
「私は私ですわ」
「人間、あなたもそこをどいてください。"そのアンドロイドと運命をともに"したくないのであれば……」
LO-426と……運命を共にする……。




