その34「ANTI-LOLI⑦お父様」
「建物が崩れてる?!」
櫻宮薫子が言った。クオンが頭を振る。
「ここは幼女の力で『上の病院』とは切り離されてる! たとえ病院の建物が吹き飛んでもここには影響は出ないはずだよ!」
「でも実際に崩れてますが!」
俺はLO-426の言葉を思い出していた。
「LO-426が言っていたんだ、この『水の中の世界』を完全に元の世界と切り離して、外部から干渉できないようにすると……あいつ、最後の最後でそれを発動していたのか?」
「だとすると、ここに長居すると私たちも脱出できなくなるのかも……」
「とにかく元の病院に戻ろう! 階段を登るんだ! ここを出ることを最優先にしよう!」
水を蹴って俺たちは進む。建物の倒壊は続いている。元の世界が安全という保証はもちろんないが、ここにいたらいけないことは間違いない。
階段を見つけた。
登り切ると、いつもの病院に出た。ロリ人間コンテストからのテロリスト達の襲撃で、ひどく散らかった様相ではあったが、少なくとも建物は無事のようだった。
はっと振り返る。1階に降りる階段の踊り場には、激しい高波が押し寄せていた。水の中の崩壊は未だ続いているらしい。
「426……トゥインクル……」
俺は拳を握り締める。何故だ。何故こんなことになった。
「トゥインクルさん、いったいどうしたんでしょう……プログラムがどう、とか言っていましたけど……」
「『お父様』とも言っていたな」
クオンがかぶりを振った。
「もうわかんないよ……でもここから逃げないとダメなんだと思う」
「それはそうですけど……そんな簡単に割り切れませんよ! だいたいここから逃げて、それでどうすればいいんですか?!」
「そんなの逃げてから考えるしかないでしょ! こういう時は、逃げることを迷っちゃダメなの! 逃げて逃げて逃げて、もう安全だってなってから悩むんだよ! いい?!」
櫻宮薫子が気圧された。その右手をクオンが握る。薫子の目が見開かれる。
「そうしないと、死んじゃうよ。私みたいに」
「クオン、君は」
「トキワくんも、質問は後だよ。今は、ここからどうやって離れるか?」
頷いた。
「だけどもどうする? トゥインクルがいない今、街を覆う湖をどう渡ればいい?」
「乗り物があればいいんですけど」
俺たちは顔を見合わせた。
「乗り物……」
あっ、と声が合わさる。
「あるかもしれない!」
俺たちはこう考えた。この病院に侵入してきた人がいるならば、侵入するための方法もあったに違いない。俺たちは屋上へとやってきた。果たしてそこにはヘリコプターがあった。
「いや、でもどうするんですか? 誰かあれを運転できるんですか?」
「俺は無理だ」
「私も無理だね」
「……」
俺は運転席を覗き込んだ。
「いや、さすがにパイロットぐらいならば残っているんじゃないかと思っていたんだが……」
「もぬけのからだね」
「……それっておかしくないですか?」
確かに、この短時間でテロリストたちが全員姿を消しているのは変だ。嫌なものを感じ、俺はヘリコプターに背を向ける。
「この場所も離れた方がいいかもしれない。何か不気味だーー」
「フリーズ! だニャ」
甲高い少女の声。思わず振り返った俺の首を、華奢な腕が万力のごとき力で締め上げた。
「フリーズってのは、うごくニャって意味だニャ」
小柄な少女、に見える。猫耳で、毛皮の手袋が俺の首をホールドして離さない。この力は少女が人間ではないと暗に語っていた。
「下手な抵抗はしない方が無難だよ。そう見えたってペタバイト娘々は僕のボディーガード……人間の首をへし折るのなんてわけもないことだからね」
今度は別の声。若い男の声に聞こえた。声の主は、わざわざ俺の顔を覗き込むために姿を見せる。
「やあ、はじめまして。君がトキワくんだね」
白髪、白い肌、中性的で整った顔。
「なんで俺の名前をって顔だね? よく知っているとも。ずっと見ていたし、聞いていたからね。トゥインクルの目と耳を通して……」
「あなた……トゥインクルさんの言ってた、『お父様』だね」
クオンが言った。青年は得意げに目を細めた。
「いやあ、さすが。察しがいいね、お嬢さん。さしずめ……本当は『お嬢さん』っていう年齢じゃない、ってとこかな……」
こいつは知っている。さっきのトゥインクルと俺たちのやり取りを。いや、それどころかトゥインクルが知り得ていたこと全てを知っている。
トゥインクルを生み出し、この病院に送り込み、多数の人間を抹殺する計画を企てた張本人。自分が製造したアンドロイド以外を排除しようとしている男……。
俺の心の中を、絶望が支配しつつあった。『お父様』が直々に、俺たちの前に現れる理由など1つしか考えられない。
「そんな怖い顔をしなくてもいいじゃないか。僕は別に、君たちを取って食おうなんて考えていないよ。君たちがあのテロリストとは違うことだって十分承知しているからね」
にっこりと、男は笑った。




