皇女としての日常
翌日、ユリウスがサーシャの元へ挨拶に訪れた。
「今日から皇女様の護衛になりました。よろしくお願いします」
「え?ユリウスはベリス帝国騎士団の騎士団長よね?」
ユリウスは砕けた口調に戻って、
「騎士団長は辞めた。皇妃様の命令で、お前を守れと。女帝になるお前を守る事が出来るなら、騎士団長を辞めた事に後悔はない」
「女帝を目指すと言ったけれども、弟のジルドより優れていると皆に認めさせないとならないわ。わたくし、ジルドより、優れている自信はないわ」
「確かに。皇太子殿下は女癖は悪いが、実務は有能だ」
そこへエルドレッド・アベーレ公爵令息が大きな薔薇の花束を持って近づいてきた。
「昨日は私を選んで下さらなくて傷つきました。お美しき皇女様に薔薇の花束を」
「いえ、あの……エルドレッドは婚約者がいるって聞いたのだけれども」
「解消致しました。皇女様と私は婚約したいので」
花束を受け取ってしまった。
エルドレッドは、
「我がアベーレ公爵家に嫁いできて下さい。帝国の皇帝はジルド皇太子殿下が皇帝になればよいではありませんか。それに、ジルド皇太子殿下はもうじき、婚約致します」
「そうなの?相手はどなた?」
「プリメシア・オルク公爵令嬢です」
ユリウスが驚いたように、
「プリメシア嬢といえば、エルドレッド殿の婚約者だった令嬢では?」
エルドレッドは平然と、
「彼女ほど、帝国の未来の皇妃に相応しい女性はおりません。私は婚約解消をして良かったと思っております」
サーシャは思った。
自分がデルト皇帝に頼った為に、ユリウスは騎士団長を辞めてしまった。
エルドレッドはプリメシアとの婚約を解消してしまった。
わたくしは二人の人生に大きな影響を与えてしまったのだ。
ユリウスはエルドレッドに向かって、
「サーシャ皇女様は俺が婚約をする。お前は邪魔だ」
エルドレッドは涼しい顔で、
「マリー側妃派閥に入った方が良いと思います。サーシャ皇女様。こちらに入りましたら、サーシャ皇女様も今程、学ぶ必要はなくなるでしょう。それに、プリメシアは優秀です。プリメシアと婚約を結ぶことによって、ジルド皇太子殿下は貴族達からの支持を更に高めることでしょう」
サーシャは二人に向かって、
「ああ、そろそろ勉強の時間だわ。わたくしは失礼するわ」
慌てて、家庭教師が来る部屋に急ぐサーシャ。
ユリウスが後についてきた。
「今日から、私もお前と一緒に学ぶ事にした」
「え???」
「ただ護衛をしているだけでは、時間がもったいない。私はサーシャに婚約者として選ばれたい。サーシャが女帝になった時に、頼りある男になりたいのだ。この帝国の大いなる光。それがサーシャだ。皇太子などに負けるな。私がついている。さぁ共に学ぼうではないか」
この人、なんか変わっているわ。
顔はイイ男なんだけれども、わたくし、学ぶ事に疲れ果ててしまっていて。
でも、なんか嫌でもテンションが上がるというか……
その日から、ユリウスがサーシャと共に勉学に励む事になった。
相変わらず、学ぶ事は多く疲れるけれども、ユリウスが共に学んでいるというだけで、やる気が出ている。
そんなとある日、イリア皇妃に呼び出された。
「勉強の進み具合は良いようね。でも、女帝になるにはまだまだだわ。ジルドはプリメシアと婚約をして、貴族達の支持を集めている。貴方ももっと頑張らなくてはいけないわ」
そう言うとイリア皇妃は、
「わたくしの慰問活動に貴方も参加しなさい。この帝国の弱い者がどれだけいるか、この目で見て学びなさい」
「承知致しました。皇妃様」
イリア皇妃は、帝都の病院へよく慰問に回っている。
孤児達のいる教会にも訪問して、多額の寄付をしているのだ。
慈愛の皇妃と呼ばれていて帝国民から人気が高い。
ジルド皇太子が婚約者になったプリメシアを連れて挨拶に来た。
「義姉上。こちらが私の婚約者になったプリメシア・オルク公爵令嬢だ」
銀の髪に青い瞳の高貴な雰囲気を持つ、プリメシア。
優雅にカーテシーをし、
「プリメシアでございます。よろしくお願い致します」
「サーシャです。こちらこそよろしくお願い致します」
プリメシアはサーシャの方を見つめて、
「サーシャ皇女様は勿論、バラド王国語は話せますわね。皇女たるもの、帝国に接する国の言葉を話せないようでは、諸国に馬鹿にされますわ」
五か国、帝国に隣接している国がある。
中でもパラド王国語は独特で、難しいのだ。
他の四か国はベリス帝国と似たような言語なので、覚えやすい。
ベリス帝国語で話しても通じる位だ。
だが、パラド王国語は違う。
独特の言い回しがあり、それを覚えるだけでも大変なのだ。
語学も教えてくれているレティシアが、
「パラド王国語を覚えるのは無理でしょう。通訳を使いなさい。後、お勧めなのが、パラド王国自体を学ぶ事です。何を名産にして、何を大切にし、何を考えて彼らが生きているのか」
プリメシアは平然と、
「わたくしは話すことが出来ますわ。勿論、ジルド皇太子殿下も。そうですわね?皇太子殿下」
ジルド皇太子は頷いて、
「勿論、話す事は出来る。皇族として当然だろう」
サーシャはどう答えたらいいのか困り切ってしまった。
ここで話すことが出来ないと言ったら、馬鹿にされる。
ユリウスの方を見たら、にっこりと微笑んで、肩の力を抜けとゼスチャーされた。
サーシャは頷いて、プリメシアとジルド皇太子に向かって、
「わたくしはパラド王国語は話す事は出来ません。でも、彼らの文化は頭に入っております。ですから、もし、パラド王国の人が話しかけてきたら、通訳を通じて、彼らと文化の事を話し合います。パラド王国民が大切にするものを尊重し、彼らと良い関係を築けるように話題を提供するわ」
プリメシアは扇を手に、睨みつけて来た。
「まぁ、言い訳だけは達者ね。皇太子殿下。挨拶はすみましたし、参りましょう」
「そうだな。それでは失礼する」
二人は出て行った。
敵意丸出しだったプリメシア。
確かに対抗派閥の令嬢だから、敵意は丸出しにしてくるのでしょうけど。
それだけではないような気がした。
翌日、イリア皇妃に付添って、病院の慰問に出かけた。ユリウスや他の騎士達が護衛についている。
イリア皇妃は、病院に着くと、出迎えた病人達、一人一人の手を握って、元気づけて。
「困っている事はないかしら。薬や食べ物は足りているのかしら?大丈夫。安心して病気を治して頂戴」
イリア皇妃に手を握られた、老人は涙を流して感謝の言葉を述べている。
子供達もイリア皇妃に話しかけられて、嬉しそうだ。
帝国の慈母。
なんて優しくて暖かい。
イリア皇妃に付添っていた秘書官の女性が、サーシャに向かって、
「皇妃様程、素晴らしいお方はおられません。あの方はいつも努力をしていらっしゃる。
ベリス帝国がもっと良い帝国になるように。毎日毎日、考えていらっしゃる」
いつも厳しく勉強しろと。学べというだけでなくて、イリア皇妃は自分も努力しているのだ。
そんな姿を見て、もっと頑張らねばと思うサーシャであった。
サーシャが病院の子供達に声をかけて、慰めていたら、ユリウスが青年達に話しかけられて。
「ユリウス騎士団長っ。騎士団長がいないと俺達は」
「どうか、戻って来て下さいませんか?」
サーシャに向かって青年の一人が、
「どうか皇女様。ユリウス騎士団長は、いつまでも俺達の大事な騎士団長です。ユリウス騎士団長は俺達をいつもやる気にさせてくれる。どうか、私達に騎士団長を返して下さいませんか?」
ユリウスは青年達に、
「私が決めた道だ。未来の女帝になるかもしれないお方の護衛。やりがいのある仕事だろう。だから私は戻らない。解ってくれ」
ああ、この人達からわたくしはユリウスを取り上げてしまったのね。
青年達ががっかりしたように、帰って行く姿を眺めながら、ユリウスに向かって、
「いいの?戻らなくて」
「かまわない。私が選んだ道だ。皇女様に仕えると言う事を」
ユリウスはサーシャに向かって、
「できれば、婚約相手に私を選んで頂けると嬉しいんだが」
「ところで?何で敬語じゃないのよ。貴方、出会った時からわたくしに対して敬意もなにもない態度じゃなくて?」
「私まで敬語を使ったら、サーシャが疲れるだろう。不敬であることは解っている。でも、サーシャと対等に付き合いたい」
「ついに呼び捨てっ。サーシャって呼び捨てっーーー」
「これは失礼。皇女様。でも、皇女様。私が共に学んで共にいて、寂しくないだろう?」
本当だわ。わたくし、寂しくない。
いつも傍にユリウスがいて、わたくしは落ち込む暇もない程、この人はわたくしの気持ちを上げてくれる。
「ねぇ。ユリウス。わたくしが望めば貴方はずっと傍にいてくれるの?」
「皇女様がダンスの相手に私を選んだ時から、隣は私しかいないと思っていたが」
ユリウスは空を指さして、
「日の光が眩しく私達を照らしている。そう、行く末を祝うがごとく」
「え、ええ」
「だから、共に帝国の為に手と手を携えて歩んで行こう」
「それはそうなんだけど。ってどうして貴方って……」
ユリウスの顔を見つめた。
「政略なのよね。政略。それに、わたくしが女帝になれなかったら?その時、貴方はわたくしの元を去るの?」
ユリウスはにっこり笑って、
「女帝になれなくても、皇族として出来る事はあるだろうに。学んだ知識は血となり肉となり、必ず皇女様の生きる糧になるはずだ。その傍にいて、共に歩んで行くのは私しかいない。そう、私しか。この栄えある帝国の為にこれからも熱く熱く燃えて行こうじゃないか」
この人と一緒にいると、悩む暇がない。
でも、いいわ。
今のわたくしには丁度いい。




