辺境伯と結婚したくないので逃げました。女帝を目指します。
サーシャ・リヘル伯爵令嬢は必死だった。
雨の降りしきる中、豪華な馬車が警護の騎士達に囲まれながら、通り過ぎようとしている。
あの中にはベリス帝国の皇帝陛下が乗っておられるはず。
そう、皇帝陛下に保護を求めなければ、あの恐ろしい辺境伯の元へ嫁ぐ事になるのだ。
サーシャは、リヘル伯爵家の一人娘として生まれた。
父は酷い男だった。父リヘル伯爵は、5年前に妻を亡くした。
リヘル伯爵は妻が病に倒れる前から、サーシャに対しては無関心で、愛人を外に囲い、やりたい放題をしていた。
そして昨日、聞いてしまったのだ。
「バラス辺境伯閣下が、娘を寄越せば私が抱えている借金を払ってくれるそうだ。サーシャを一月後、嫁に出す」
外に囲っている愛人エリーネは、母が亡くなった後、屋敷に移り住んでいて、
真っ赤な唇で顔を歪めて笑いながら、
「いい気味だわ。あの娘を追い出したら私を正妻に迎えて下さいませ」
「ああ、いいとも借金もなくなるし、お前とまた贅沢三昧して遊べるな」
父は遊びまくって作った借金を辺境伯に肩代わりしてもらう為に、私を辺境伯の嫁に差し出すんだんわ。
私はまだ18歳。来月には皇立学園を卒業してしまう。
正式に結婚出来る歳になってしまうから、そうしたら、あの恐ろしい辺境伯にっ。
辺境伯は50歳。三度目の結婚だと思ったわ。
前の妻達は病で亡くなったと言っているけれども。
ああ、私はどうなるの?
あの恐ろしい辺境伯の元へ行ったら、どんな扱いをされるか解らない。
亡くなる前に母は言っていた。
「困った事があって、この家から逃げたくなったらデルト皇帝陛下を頼りなさい。わたくしのお姉様を頼っては駄目。必ずデルト皇帝陛下を直に頼るの。いいわね」
姉はデルト皇帝陛下に嫁いだイリア皇妃。
母とイリア皇妃は仲が悪いらしく、サーシャはイリア皇妃と会ったことがない。
何故?デルト皇帝に???ああ、そういえば、デルト皇帝は月に一度の前皇帝のお墓参りで、領地の近くを通るわ。
だったらその時に。私はデルト皇帝の馬車の前にっ。
でも、デルト皇帝に無礼ものって切り捨てられないかしら?
ともかく、イリア皇妃殿下の姪だって解って貰わないと。
この家から逃げないと。誰もこの家に味方はいないのだから。
一週間過ぎて、雨が降りしきる中、皇帝陛下の乗る馬車の前にサーシャは転がり出たのだ。
ドレスが泥にまみれて、馬車を警護する騎士達に訴えた。
必死だった。大声で叫んだ。自分の名を解って貰わないと。
「皇帝陛下にお願いがありますっ。私はリヘル伯爵家のサーシャと申します」
騎士がサーシャを睨みつけて、
「そこをどけ。でないと切り捨てる」
「わ、私には帰る家がありませんっ。どうかどうかお願いしますっ」
窓が開いてデルト皇帝が、騎士に向かって、
「その女の言う事を聞きたい。その先に茶を出してくれる店があるはずだ。そこへ馬車を」
「しかし、皇帝陛下」
「私の命令だ」
出店の前に豪華な皇帝陛下の馬車が止まる。
帝国の日の光と言われているデルト皇帝が馬車から降りて、出店の椅子に腰かけた。
雨が降っていて道を濡らす。
サーシャがびしょ濡れの姿のまま、皇帝の前に騎士によって連れてこられた。
デルト皇帝の前に跪く。
怖い。でも、ここで保護を受け入れて貰わないと。
必死に訴えた。
「どうか、私をお助け下さい。亡くなった母が何かあったら皇帝陛下を頼れと」
「亡くなったリヘル伯爵夫人が私を頼れと言ったのか」
「私、このままでは、歳の離れた辺境伯閣下の元へ嫁入りさせられますっ。辺境伯閣下が私が妻になれば、父の借金を帳消しにしてくれると。辺境伯は50歳で、私はその後妻。私はまだ18歳なのに」
デルト皇帝陛下はしみじみとサーシャの顔を見つめて、
「サーシャか。いままで放っておいてすまなかったな。そなたが、家で冷遇されているという事は知っていた」
そう言うと、デルト皇帝は、サーシャの傍に来てその手を握り締め、
「そなたを放っておくわけにはいくまい。このまま皇宮に連れていく。それでよいか」
サーシャは頭を下げて、
「有難うございます」
サーシャは皇帝陛下の馬車に乗せられた。
デルト皇帝が隣に座れと言ったからだ。
濡れたドレスを、どこからか騎士が手に入れて来たのか、簡易なドレスに着替えて、濡れた髪も乾かし、皇帝陛下と同じ馬車に乗る。
デルト皇帝はサーシャの隣に座って。
近くで見ると余計に解る。
帝国の日の光と呼ばれるデルト皇帝。歳は40歳。
背が高く醸し出す威圧感に、サーシャは震えた。
デルト皇帝はサーシャに向かって、
「レティアは5年前に亡くなったのだったな」
母の事を尋ねられたので、
「はい。母は5年前に病で。私はずっと付添っておりました。皇帝陛下のお名前をうわごとのように……。そして私に、何か困った事があったら皇帝陛下を頼れと。不思議なのです。何故、母の姉であるイリア皇妃様を頼れと母は言わなかったのでしょう。皇妃様と母は仲が悪かったようで。私、皇妃様にお会いした事もなくて」
デルト皇帝は、
「そうだな。だが私を頼ったならば、お前は覚悟を持たねばならない。お前を皇妃に預ける」
「え?皇妃様にですか?母と仲が悪かった皇妃様は、私が来たら嫌がるのでは?」
「私から説得する。良いな」
そう言われた。
母と母の姉であるイリア皇妃は仲が悪かったらしく、イリア皇妃に今まで会った事がない。
そのイリア皇妃に預けられるだなんて。
嫌な予感しかなかった。
皇宮に着くと、デルト皇帝はイリア皇妃を部屋に呼んで、サーシャと引き合わせた。
「サーシャ・リヘル伯爵令嬢だ。お前の姪だ。お前が預かってしっかりと教育をしろ」
イリア皇妃はサーシャの顔を青い顔をして見つめ、
「わたくしがこの娘を教育???」
「そうだ。お前の兄のブルデ公爵も喜ぶだろう。お前がこの娘を教育することを。お前が後見になって、この娘を女帝に育てろ」
「嫌です。この娘の顔も見たくありません」
イリア皇妃はサーシャを睨みつけた。
「なんでこの皇宮に来たの?わたくしはお前の顔なんて見たくなかった。なんで?どうして?今すぐに出ていくがいいわっ」
サーシャは慌てて床に頭を擦り付けて、
「皇妃様。お許しを。お母様が皇帝陛下を頼れと言ったので」
「レティアが?皇帝陛下を頼れと??図々しい」
扇を床に叩きつけるイリア皇妃。
イリア皇妃は叫んだ。
「許したわけではないわ。レティアをっ。あの裏切者をわたくしは許してはいない。さっさと病で亡くなって。もう二度と顔を合わせる事もないと思っていたのに。お前が?お前がなんでここに?わたくしの憎しみを再び燃え上がらせるというの?」
サーシャは震えながら、
「母が何をしたと言うのです?」
デルト皇帝がイリア皇妃の肩に手を置いて、
「私が悪い。私が全て悪い。この娘は生まれて来てしまった。この娘に当たるのはよくない」
「そうよ。貴方がレティアと愛し合ってこの娘をっ。伯爵の娘ではない。貴方の娘であるこの女っ。貴方がわたくしを裏切って妹と愛し合ってっ。わ、わたくしの心を踏みにじってっ」
薄々感じていた。
父リヘル伯爵に自分は全く似ていない。
母は死ぬまでデルト皇帝のことばかり、ベッドで呟いていて。
自分はデルト皇帝の娘ではないかと。
父はいつも冷たくて。母が亡くなった後も、愛人を作ってあまりサーシャに構ってくれなかった。
そりゃそうだ。本当の娘ではないサーシャの事なんて。
元々、仲の良くなかった父と母。
あああ、私はやはり皇帝陛下の娘だったのね。
そして皇妃様に凄く憎まれている。
イリア皇妃は叩きつけた扇を拾って、サーシャに向かい、
「取り乱して申し訳なかったわ。貴方の事を憎んでいる。それを覚えていて頂戴。わたくしは皇妃として貴方を引き取ります。そして未来の女帝に育て上げるわ。今、このベリス帝国の皇位を引き継ぐ皇帝陛下のお子は、ジルド皇太子ただ一人なの。マリー側妃が産んだジルド皇太子は遊び歩いていて、とてもじゃないけれどもこのベリス帝国を任せる事は出来ないわ。
ジルド皇太子の歳は貴方より一つ下の17歳。
ジルド皇太子を支持しているのは、マリー側妃の実家のアベーレ公爵家。わたくしの実家のブルデ公爵家とは対抗しているわ。だから、わたくしは貴方を女帝にするために、今の皇太子を引きずり落として皇太女にする為に教育致します。いいわね。逃げ出すことは許しません」
大変な事になったと思った。
でも、ここで頑張って生きていくしかない。
でないと、歳の離れた辺境伯に嫁がされる。
だから、サーシャは覚悟を決めた。
自分は憎まれている。
イリア皇妃に意地悪されたらどうしよう。
使用人に虐められたらどうしよう。
心配だった。
まず、食事の場。
そこで、集まったのが、デルト皇帝と、イリア皇妃、マリー側妃、ジルド皇太子、そして、サーシャだった。
デルト皇帝がマリー側妃とジルド皇太子にサーシャの事を紹介する。
「私の娘だ。近々、正式に発表する。皇妃に預けて教育させようと思う」
食事中にさりげなく、そう言うデルト皇帝。
マリー側妃の前菜を食べる手が止まった。
「皇帝陛下の娘ですって?」
睨まれる。
ジルド皇太子はハハハと笑って、
「私に義姉上が出来たという訳ですな。まぁ私の皇太子の座は揺るがないでしょうね。私は美しい。私は優秀だ。私は強い。三拍子揃っている。そして贅沢好きだ」
「ふざけている場合ですかっ。ジルド」
マリー側妃が怒った。
「まさかこの小娘が我が息子に変わって皇太女にならないでしょうね」
デルト皇帝は肉を切りながら、
「あまりにもジルドがふがいなかったら、跡継ぎを考え直さないとならんな」
ジルド皇太子は肩をすくめて、
「私はどうでもいいんです。人生楽しければ」
あまりにもあちこちの女性と遊んでいるので、ジルド皇太子にはまだ婚約者がいない。
サーシャは緊張して、食事の味も良く解らなかった。
食事が終わると、イリア皇妃はサーシャに、
「教師を呼んであります。これから貴方は寝る暇もない程に、学ばなければなりません。よいですね」
サーシャは部屋に閉じ込められて、次から次へと教師がやってくる。
帝国の歴史、マナー、貴族社会の構図。知識全般。次から次へと教え込まれる。
中でも一般常識を教えるレティシア・パレント公爵令嬢。
彼女はまだ年若いのに、サーシャに対して厳しく接した。
「サーシャ皇女様が皇女として生きていくには常識が欠けております。よいですか?寝る間も惜しんで学ばなければなりません。わたくしは一年間、貴方を教育するようにイリア皇妃殿下から頼まれました。これからみっちりと教育します」
サーシャは必死に学んだ。寝る時間も少ないが、ここで生きていくしかないのだ。
朝食だけは家族五人揃って食事を取るが、後はサーシャは閉じ込められて毎日毎日の教育に頭がおかしくなりそうだった。
デルト皇帝がある日、イリア皇妃を連れて様子を見に来た。
「リヘル伯爵が文句を言ってきたぞ。お前は私の娘だから返さないと言ったら、歯噛みしていた。今度の夜会で正式に娘として紹介する。イリア。サーシャは夜会に出せるレベルか?」
イリア皇妃に尋ねれば、イリア皇妃は扇をぱたんと閉じて、ちらりとサーシャを見やり、
「挨拶位は出来るでしょう」
「それならば今度の夜会にサーシャを出席する為に仕上げろ」
「解りましたわ」
デルト皇帝が部屋を出ると、イリア皇妃に睨まれた。
「失敗は許しません。貴方は皇帝陛下の娘なのです。いいですね」
緊張のあまり胃が痛くなる。
いくら母が皇帝陛下と関係があったからって、この人はわたくしを憎んで虐めているのかしら?
毎日毎日、寝る時間も少なくて。
疲れて仕方がない。
でも、伯爵家に戻る訳にはいかないのだ。
イリア皇妃はサーシャに向かって、
「わたくしは女に生まれた時から、当時の皇太子殿下に嫁ぐんだと父に言われて育てられたのです。帝国の為に毎日毎日、厳しく教育をされたわ。それこそ寝る間も惜しんで。その間、妹のレティアは遊んでいたわ。両親に愛されて。わたくしの理解者は兄だけだった。
兄に報いるためにも貴方を完璧にしないとならないの。憎い貴方を女帝にする為に」
サーシャは身が震える思いだった。
イリア皇妃は扇を手に、
「貴方に婚約者を作らないと、それもブルデ公爵家の派閥の令息を。女帝の補佐をする優秀な人材を選ばないとね。恋だの愛だの望めないわ。望んだって裏切られるだけだもの」
ドアの所にジルド皇太子が立っていて、
「エルドレッドなど、如何です?」
「何故、貴方が口出しするのです。貴方はわたくしの敵方でしょう」
「エルドレッド・アベーレ公爵令息。私の側近です。遊び呆けている私を厳しく注意する口うるさい男です。優秀ですよ」
「アベーレ公爵子息はマリー側妃の実家じゃないの」
ジルド皇太子はサーシャに向かって、
「我が派閥に来た方が楽ですよ。義姉上。アベーレ公爵子息と結婚すれば王族から抜けられる。なぁに義姉上が嫁ぐとなったら、今の婚約者と婚約解消するとエルドレッドも言っておりますし」
取り込もうとしている?自分を?
今の勉強ばかりの生活は辛い。
イリア皇妃に当たられ皮肉を言われる生活は辛い。
アベーレ公爵子息と結婚すれば、この辛い生活から抜け出せる?
アベーレ公爵子息と結婚すれば。
イリア皇妃が叫んだ。
「許しません。サーシャをそちらへ引き抜くのは。サーシャの婚約者はわたくしが探します」
ジルド皇太子はサーシャに、
「いつでも私に相談して下さいよ。義姉上。エルドレッドの妻に義姉上は相応しい。それでは」
強かな弟だと思った。
イリア皇妃は、
「で?貴方の気持ちはどうなの?アベーレ公爵令息と婚約したいのかしら?わたくしを裏切って」
わたくしはどうしたい?わたくしは……
誰かに相談したい。
わたくしはどうしたらいいの?
サーシャの世話をしてくれる侍女の中にリアナというベテランの侍女がいたので、相談した。
リアナはサーシャの髪を梳かしながら、
「そのような事を他人に相談してはいけません。私がどちらかの派閥に属していたらどうするのです?派閥に有利になるようにサーシャ様に応えてしまいますわ」
「そうね。実際、貴方は皇妃様の派閥?それとも側妃様の派閥?」
「私は皇妃様に頼まれて貴方様を世話しております。皇妃様は悲しい方なのですよ。お子様にも恵まれず、あれだけ皇帝陛下を愛しながら。貴方に冷たく当たってしまうことを悩んでおいででした。あの方こそ、帝国の未来を考えている方はおられません」
「そうね。でも、わたくし、教育が辛くて辛くて。あの強かなジルド皇太子にわたくし、勝てるかしら。あの人、遊び人を気取っているけれども、強かだわ」
「アベーレ公爵家に嫁ぎますか?ここよりは厳しい教育は必要とされないでしょう。ジルド皇太子殿下と争わなくてすみますし」
相談しても答えは出ない。
一人、テラスに出て風を感じる。
早く寝ないと、すぐに起きなくてはならないわ。
「お前は逃げ続けるのか?」
誰かに話しかけられた。
暗闇に誰もいない。
「貴方は誰?」
「逃げ続けるのか?と聞いている」
「わたくしは逃げないわ。そんな弱くない」
「でも、逃げ込んで来たではないか。伯爵家から。そして今度はアベーレ公爵家に逃げ込もうとしている」
「違う。わたくしは弱くないっ。いえ、弱いのよ。怖いのよ。女帝になんてなれるはずないじゃない。わたくしはただただ、逃げたかったの。辺境伯に嫁ぐのが嫌だった。リヘル伯爵家にいるのが嫌だった。だから逃げて逃げて逃げて。逃げたいわ。逃げられるものなら逃げたい」
ふわりと身体が浮いた。
誰かに抱きかかえられている。
黒髪碧眼で黒いマントを羽織った青年がサーシャを抱き上げていた。
空にふわりと浮かべば帝都の灯りがキラキラと光って、サーシャはその男性にしがみついてその灯りに見惚れた。
男性はサーシャに向かって、
「あれがベリス帝国の帝都の灯りだ。あの灯りの下で人々が生活をしている。夜も更けているから、灯りも減っているが……この帝都を、帝国を治めるのが皇帝だ。その重みが解るか?覚悟を持て。帝国を治める覚悟を。お前はデルト皇帝の血を引いて生まれた。
この帝国を治める為に生まれた。生きて生きて生きて、この帝国を引き上げて、素晴らしい国にしなくてはならない。だから、私はもし、お前が女帝になる覚悟があるのなら、全力で支えよう」
男性は熱く語ってくれたが、サーシャは思った。
この人、誰よ???知らない人だわ。
それに宙を浮いているじゃない?
帝都の景色は凄くて綺麗だけど。
寒いし、降ろして欲しいわ。
「あの、帰りたいんですけど」
「すまない。つい……」
サーシャの部屋のテラスに男性は降ろしてくれた。
「私はこの帝国の騎士団長ユリウス・ライド。ブルデ公爵派閥のライド伯爵家の出だ」
「って事はイリア皇妃派って事ね」
「私は君に女帝になって貰いたい。騎士としてサーシャ様に忠誠を誓おう」
手の甲にキスをされた。
いやもう、この人、変だわ。ともかくこの場を逃げないと。
「ともかく早く寝ないと、明日が辛いので、おやすみなさいませ」
慌てて部屋に戻ると、ベッドに潜り込んだ。
あまりの刺激的な体験に胸がドキドキした。
ああ、でも、これから先、どうしたらよいのか……
それはきっと、夜会で答えが出る。
デルト皇帝が自分を娘と紹介するその夜会で。
そう思った。
一週間後、王宮で夜会が催された。
デルト皇帝とイリア皇妃、マリー側妃、ジルド皇太子と共に、サーシャは入場した。
デルト皇帝がサーシャの手を取って、
「我が娘のサーシャだ。サーシャ皇女として紹介する」
「今までリヘル伯爵家で育てられましたサーシャです。これから皇女としてよろしくお願い致します」
優雅にカーテシーをする。
ティアラがキラキラと頭に輝いて、金糸をあしらった白いドレスが美しく。
一人の金髪碧眼の青年が近寄ってきて、サーシャに手を差し出して来た。
「エルドレッド・アベーレでございます。どうかサーシャ皇女殿下。私とダンスを踊って下さいませんか?」
エルドレッドですって?
ジルド皇太子が結婚を勧めて来た相手じゃないの?
確か婚約者がいるはずだけれども、わたくしの為に婚約解消をするって言っていたわね。
エルドレッドはにこやかに、
「ジルド皇太子殿下の側近として、私は頼りにされております。是非、皇女様とお近づきになりたくて」
そこへ、昨日の黒髪碧眼の美男、ユリウス・ライドが黒の正装で現れて、
「サーシャ皇女様。昨日はご無礼致しました。改めて、私とダンスを踊って下さいませんか」
手を差し出される。
わたくしの答えは?
わたくしの生きる道は?
デルト皇帝陛下の顔を見た。
次に、イリア皇妃の顔を見た。
わたくしは逃げたくない。
今、ティアラを着けて、白いドレスを着て、ここに立っている。
もし、アベーレ公爵令息の手を取って、マリー側妃派に着けば、今ほど、苦労しなくてすむかもしれない。
でも、わたくしは……
ユリウスの手を取って、サーシャは微笑んだ。
「ユリウス騎士団長。お相手願いますわ」
「有難うございます」
ユリウスとダンスを踊る。
マリー側妃が悔しそうに顔を歪めているのが見える。
ジルド皇太子は面白そうに笑っていた。
誘って来たエルドレッドは肩をすくめて、こちらを見ていた。
ダンスを踊り終わったら、イリア皇妃が傍に来て、
「覚悟が出来たのね。女帝になる覚悟が」
「はい。わたくしは逃げたくない。どうか皇妃様。わたくしをお導き下さい」
「辛く当たって悪かったわ。貴方がそのつもりなら、わたくしはこれからも精一杯、貴方の事を導くわ。このベリス帝国の為に」
デルト皇帝が満足そうに頷いていた。
「我が娘よ。皇妃の言う事を聞いて励め」
「はい。皇帝陛下」
この時のサーシャは満足していた。
不安はあったけれども、自分の生きる道は、女帝を目指す事。
そう信じていたのだけれども。




