Ωの心臓 ①
「先生、久しぶり~」
病室に入ると、以前よりだいぶ顔色も良くなった朝斗が、笑顔で迎えてくれた。
「元気だった?」
「それはこっちの台詞だ。体調どうだ?」
「めっちゃいいよ」
「それは良かった」
朝斗は、心臓の移植手術が成功し、以前とは見違えるように元気になった。今日は定期検診だ。
朝斗には、真澄の心臓が移植された。真澄の希望があったからとか、俺が何か働きかけたとか、そういうわけではない。単純に、朝斗の順番が来ただけだが、あの時俺は、おそらく朝斗が選ばれるだろうと思っていた。
年齢、性別、地理的な条件、その他諸々を加味して、朝斗が選ばれる確率はかなり高かった。
ドナーが見つかったと朝斗に告げた時、彼は驚きと、戸惑ったような表情をしていた。
「俺、治るの⋯⋯?」
「ああ」
「⋯⋯」
病気が治ると聞いて、素直に喜べないのは、ドナーとなった人のことを思ってのことだろう。
肝臓や骨髄移植なんかと違い、心臓移植は生きている人からの提供はあり得ない。
俺は、布団を握り締める彼の手を、そっと握った。
「朝斗君」
不安を宿した瞳が、縋るように俺を見る。
「君は、治るんだ。喜んでいいんだよ」
「っ⋯⋯、せんせ⋯⋯、」
朝斗の目から、大粒の涙が溢れた。両手で顔を覆って俯く。その頭をぽんぽんと軽く撫でると、朝斗は啜り泣くように肩を震わせて、何度か頷いた。
「⋯⋯ありがと」
「ああ」
朝斗のドナーが、真澄で良かったと思う。これで真澄の、最後の願いを叶えてやれる。こんな風に、相手を思って泣いて、そして最後に笑ってくれたら、きっと真澄も喜んでくれるだろう。
✦✦✦
「先生は、ドナーになってくれた人のこと、知ってる?」
一通りの検査が終わった後、朝斗がそう訪ねてきた。
「⋯⋯いや」
どうしてそんなことを訊くんだろうか。朝斗は、ドナーについては、仮に知っていても教えられないことはわかっているはずだ。
「そっか。ね、じゃあさ、移植って、αはα同士じゃないとダメ? 第二性が違うとダメなの?」
「いや。基本的に、第二性は一致しなくても問題はないと言われてる」
「そうなんだ⋯⋯」
移植や輸血などで、第二性が何か影響を起こすという話は聞いたことがない。
なんだ? 何か気になることがあるんだろうか。
「心配事があるなら聞くぞ」
「ううん。なんでもない」
「そうか?」
もしかして、真澄がドナーであることに気付いたのだろうか。
真澄の事故のことは、翌日テレビでニュースになっていた。大学に車が突っ込んで学生が亡くなったのだ。ニュースになるのも当然だろう。
タイミング的に、朝斗がもしかしたらと考えることもあり得ないとは言えない。しかしだからと言って、俺が何か言うことはない。
朝斗もそれ以上は何も訊いて来なかった。
「疲れただろ。今日は早く寝ろ」
「うん」
俺はそう言って、病室を後にした。
✦✦✦
戻る前にコーヒーでも買って行こうと、自販機コーナーに寄ると、見知った顔を見かけた。
「あれ、坂下さん、お疲れ様ッス」
「高梨か。お疲れ様」
救急隊員の高梨だった。彼は大学の後輩で、元々顔見知りではあったのだが、真澄の事故の時に救急車で駆けつけたのも彼だったため、以来気にかけてくれているのか、会う度に声をかけてくる。
「坂下さん、一昨日は夜中に仕事してませんでした? ちゃんと休んでます?」
「お互い様だろ。心配しなくてもちゃんと休んでるよ」
俺が病院で会ったということは、高梨も救急隊の仕事として病院に来ていたということだ。お互い昼夜問わずの仕事なので仕方がない。
「それならいいですけど。ちゃんと食べてくださいね。あ、今度メシ行きましょうよ」
「お前な、心配するフリしてたかる気だろ」
「あれ、バレたか」
誤魔化すように笑う高梨に、俺も自然と笑みが溢れる。周囲は腫れ物に触るような態度を取る人が多い中、高梨のような存在は貴重だった。
缶コーヒーを買って彼に渡すと、車にあと2人いるんで、と早速たかられ、軽く小突きながらも、結局3本奢る羽目になった。




