朝斗と真澄 ④
その後は、いくつかのクラスを回って昼食を食べた。俺は朝斗が友達と回るのを、邪魔をしないようについて行く。
事前に聞いていた通り、2年生のクラスはどこも気合が入っていた。
一般公開の時間が終わり、朝斗と一緒に校門を出て、タクシーを拾うため大通りに向かって歩く。
「先生、今日は付き合ってくれてありがとう」
「いや、俺の方こそ、こういうのは久しぶりで楽しかった」
医師として働くようになってから、こういう休日の過ごし方はあまりしていなかったような気がする。大抵は家でゴロゴロしながら動画を見たり、映画やショッピングに行く程度だ。
そう考えると、最近は真澄とすらろくに一緒に外出していないなと思い至る。
以前は多少デートもしていたけれど、一緒に住み始めてからはそれすらなくなってしまった。これでは本当に、近いうちに愛想を尽かされるかもしれない。
そうなったらなったで仕方がないかとすら思っている自分に、若干嫌気が差した。
真澄のことは今はいったん置いておいて、とにかくタクシーを捕まえようと通りを見ると、ふと、反対側の歩道に見知った顔を見かける。今まさに考えていた相手がそこにいた。真澄だ。
どうしてこんなところに。いや、この辺は店も多いし、買い物なんかで来ていても何も不自然ではないのだが。
真澄は誰かと一緒のようだった。背が高い男だ。俺とあまり歳が変わらないように見える。院生だろうか。
「先生? どうかした?」
「あ⋯⋯、いや」
気付けば、朝斗が心配そうな顔で見上げて来ていた。瞬間、真澄に大して一瞬浮かんだ疑いや苛立ちが、一気に罪悪感に変わる。
俺は今日、何をしていた?
表向きは担当患者の外出の付き添いだ。けれど俺の心は、常に仕事ではあり得ないほど浮き足立っていた。
真澄が俺の知らない相手と一緒にいたことを、責める権利は全くないように思う。
タクシーに乗って病院に戻る道すがら、真澄と一緒にいた男の顔が脳裏にチラついて、俺は必死に苛立ちを隠していた。
✦✦✦
その日の夜、真澄はだいぶ遅くなってから家に帰ってきた。
「おかえり」
「ただいま~。まだ起きてたんだ」
「⋯⋯ああ」
「はー疲れた」
不機嫌なのを隠さずに返事をするが、真澄は気にする様子もなく、冷蔵庫を開けて中を物色する。
「今日、何してたんだ?」
「え?」
「駅前の方に行ってただろ。誰か、男と2人で」
「見たの?」
「見かけた」
キッチンにいる真澄を振り返ると、彼は麦茶の入ったコップを口に当てながら、視線を逸らしている。
「別に。大学の先輩と飲んでただけだけど」
「⋯⋯」
飲んでた、と言う割に、真澄からは酒の臭いがしない。
真澄は酒があまり強くはないが、嫌いではないようで、友人と食事に行くと大抵少しは飲んでくる。
普通なら、酔っ払って遅くに帰ってくる方が悪いように思われるのかもしれないが、むしろ今は、こんな時間まで酒を飲んでたわけじゃないなら何をしていたんだと、却って不審に思えてくる。
「別に、どこ行こうが俺の勝手でしょ。聖一だって出かけてたじゃん」
「⋯⋯俺のは仕事だ」
「患者の男の子と外出だっけ?」
真澄は、ふっと口許だけで笑った。
「聖一の頭の中はその子でいっぱいのくせに、こういう時だけ文句言ってくるのやめてくれない?」
「なっ⋯⋯!」
一気に怒りのゲージが上がったが、すぐに言い返す言葉が出ず絶句した。
その隙に、真澄はもう寝ると言って部屋に入ってしまった。
その背を追いかける気にはならず、俺はひとつ溜息を吐くと、そのままソファで横になる。
寝室を分ければ良かったと、この時初めて思った。
✦✦✦
それから、なんとなく気まずいまま数日が過ぎた。
というか、気まずい、と思っているのは俺だけのような気がする。真澄は割と普段通りだ。
真澄は性格がさっぱりしているというか、喧嘩をしても一晩寝ると何事もなかったかのような態度になる。だからこそ多少気が合わなくても上手くいっている部分もあるが、逆に俺だけがいつまでもモヤモヤしていることに、苛立ちを覚えることもある。
しかし、この前の文化祭の日のことは、やっぱり俺が悪いんだろう。責める権利がないとわかっていながら、問い詰めるような言い方をして。
俺は財布の中に入れた、先程購入したチケットを確認する。
もうすぐ、真澄の誕生日が来る。なんだかんだ言いつつ、真澄とはこれからも一緒にいたいと思っている。これを見せて謝ろうと思っていた。
少し緊張しながら、家のドアを開けた。
「ただいま」
「あ、おかえり~。ちょうどご飯出来たけど、食べる?」
「⋯⋯ああ」
思った通り、こっちの気まずさなど微塵も意に介していない様子で、真澄は出来たてのカレーを鼻歌交じりによそっている。
「はい」
「ありがとう。いただきます」
「いただきまーす」
食事をしながら、こうして2人で一緒に夕食を食べるのは久しぶりだなと思った。主に俺の仕事の時間がまちまちなのが原因だが。
ほとんど食べ終わった頃、俺は財布から先ほどのチケットを取り出した。
「真澄」
「んー」
「これ、来週一緒に行かないか?」
「え? ⋯⋯これって、クルーズ船のチケット?」
真澄はチケットを手に取り、まじまじと見つめる。
用意していたのは、以前真澄がテレビを見ながら話していた、クルーズ船のチケットだ。船で周遊しながら食事が楽しめる。
「しかも俺の誕生日」
「まあ⋯⋯。ほら、前に行ってみたいって話してただろ」
「話したね~。ふふ」
真澄はチケットを口許に当てながら、ニヤニヤとした笑みを浮かべる。
「めずらしー。誕生日なんて、プレゼントだけ買って終わりって感じだったじゃん、今まで」
「この前のお詫びもあるしと思って」
「浮気してると思ってたんじゃないの?」
「そんなこと思ってない」
俺はきっぱりと告げた。真澄のことは、本当はちゃんと信じている。
真面目にそう思っているのが伝わったのか、真澄は嬉しそうに微笑んだ。
「うん。ありがと。楽しみにしてる」
「ああ」
俺は真澄の隣に移動すると、そっと唇を寄せて、触れるだけのキスをした。いったん離してもう一度、今度は深く口付けようとしたところで、手の平で口を押さえられる。
「今はダメ」
「なんで」
「カレーくさい」
「真澄も同じだろ」
「そうだけど、歯磨きしてからね」
そう言って、さっさと立ち上がると食器を片付け始める。
肩透かしを食らった俺は小さく溜息を吐きつつも、一緒に片付けようとキッチンへ向かった。




