ずっと一緒に ②
真澄が保存していた証拠写真のおかけで、事態は一気に収束に向かった。
真澄の友人から聞いた、野崎という院生が所属する研究室は、そこの准教授が小野田副院長と繋がっていたらしい。
病院の方にも調査が入り、小野田副院長も副院長の職を辞任した。
俺も休職期間を終え、病院に復帰することになった。
朝斗の両親は、本当にただ騙されていただけだったらしい。移植後、Ωのヒートの症状が出ていることを知り、第二性特有の症状に詳しい病院に入院した方が良いと勧められて、納得したということだった。教えられた病院に朝斗が入院していると思って、信じて疑わなかったそうだ。当然、海外に連れて行かれるなんてことも、寝耳に水だったらしい。
相変わらず朝斗には関心が薄いが、朝斗の方も、もう成人もしたのに今更過干渉になられてもウザい、と言って笑っていた。とはいえ、少しは良好な関係になったようで、大学入試が本格的に始まる頃には、家に帰ることが出来ていた。
中国にある宗教団体までにはさすがに手は及ばないが、ひとまずはこれで、平穏な日常を取り戻すことが出来たのだった。
✦✦✦
これは夢だと認識している夢のことを、明晰夢というらしい。
今まで見たことはなかったが、俺は初めて、それを実感していた。
だって、隣に真澄がいる。自宅のリビングで、ソファに座って。
「真澄、なんで、あんな危ないことしてたんだよ」
話したいことは色々あったはずなのに、最初に出てきたのはこれだった。ついつい責めるような口調になってしまう。だって、あの研究室のことを調べたりしていなければ、真澄はきっと、今でもこうして笑っていた。
「だって~、いいとこだったんだよ? 後ちょっとで追い込めそうなところまで来てたのに、今更やめられないじゃん」
「けど⋯⋯」
「それに⋯⋯、あいつらのせいで、苦しんでる子たちがいるのに、やめられないじゃん」
真澄は、俯いてギュッと拳を握り締める。それからふと、俺の方を見て笑った。
「だから、聖一が全部暴いてくれて良かった。ありがとう」
「俺は、大したことしてないよ」
結局、高梨とその友達がほとんど暴いたのだ。
「そんなことないよ。あの子を守ってあげられたのは大きかった」
目の前の1人を守ること、それが結果的に、あいつらを追い込むことに繋がったのだと、真澄は言う。
「けど、それでも、お前が死んだら意味がない⋯⋯っ」
「あれは、事故だよ」
「違うだろ!」
「事故なの。あいつらだって、警告するつもりで、殺す気なんてなかった」
たとえそうだったとしても、危ないことに首を突っ込んでいたからだということは変わらない。
もっと早く、気付いていれば⋯⋯。
「ごめんね」
いつの間にか握り込んでいた拳を、真澄がそっと両手で包む。
「――そばに⋯⋯」
「?」
声が掠れて、上手く聞き取れなかった真澄は首を傾げる。
「朝斗に、心臓を移植してくれって言ったのは、俺の側にいるためか?」
色々調べていたなら、移植によって第二性が変わってしまう可能性も危惧していたはずだ。そしてもし、そんなことになれば朝斗に危険が及ぶかもしれないことも。
それでも、自分の心臓を使ってくれと言ったのは、俺の側にいるため?
「いや全然」
「え⋯⋯、違うのか?」
真澄はぽかんとしていて、照れ隠しだとかそういう感じでもなさそうだ。
「まあ、今になって思えば、Ωになっちゃう可能性もあるわけだから、安易に言わない方が良かったのかもしれないけど、あの時はそんなこと考える余裕なかったし」
死ぬ間際に、そんな難しいことを考える余裕はないと。ただ、どうせ死ぬなら、いつも俺が気にかけていた難病の男の子を、最後に助けてあげられたら、それだけだったと言う。
「しかも側にいるとか。もう俺は死んじゃって、心臓に感情とかないから。ただの臓器だよ。聖一もいつもそう言ってるじゃん」
俺のは、手術をするためにそう思い込んでるだけだ。俺は臆病だから、生身の人間であることを意識したら、怖くてメスなんていれられない。
「あの子もそう思ってるのかな。だったら聖一から言ってあげて。その心臓はもう君のものだから。俺に遠慮とかいらないし」
「あっさりし過ぎだろ」
もうちょっとこう、感傷的になるというか、思う所はないのか。
しかし、そういうところも真澄らしいとも思う。
「俺はね、聖一の邪魔はしたくないの」
「真澄、」
「聖一には、幸せになって欲しい。もちろん、あの子にも」
真澄は俺の方を見ずに、ただ前を向いてそう言った。その表情は、優しく微笑んでいる。
じわっと涙が浮かんだ。
俺はずっと、幸せだったんだ。真澄と一緒にいられたこの数年間。
「そろそろ行かないと」
「そんな、まだいいだろ」
「ダメだよ」
キッパリとそう告げて、真澄はソファから立ち上がる。
「⋯⋯また、会えるか?」
「うーん、どうだろ。わかんないけど、もしかしたら会えるかもね」
真澄はそう言って微笑むと、ひらひらと手を振りながら、陽炎のように消えていった。
✦✦✦
目が覚めると、俺は普通に家のベッドの上だった。
泣いた後みたいに瞼が重い。けれど、気分は悪くなかった。
あれは、俺の中の都合の良い真澄なのかもしれない。けれど、本当の真澄も、きっと同じことを言う気がする。
無性に、朝斗に会いたくなった。
俺はベッドから起き上がり、カーテンを開ける。朝日が眩しい。
今日は、朝斗の卒業式の日だった。




