それぞれの気持ち ②
朝斗と2人で暮らし始めてから、10日ほどが過ぎた。
あれから、副院長側で特別動きはない。
朝斗の体調も問題ないようで、俺はそれが1番ほっとしていた。このままだと定期検診にも行けなくなってしまうが、元々俺が診ていたわけで、薬も多めに処方して持ってきたので、まだしばらくは余裕がある。
だが、出来ればあと1ヶ月くらいで決着を付けたい。
「大学受験もあるしな」
勉強している朝斗の横で、俺は溜息混じりに呟いた。
「んーでも、受験は別に来年でもいいよ? どうせ今年は、入院するなら無理だと思ってたし」
「せっかく頑張ってるのに、もったいないだろ」
「それはそうだけど」
朝斗は行きたい大学があるようで、以前からコツコツ勉強していた。
合格出来るかどうかはいったん置いておいて、試験に集中出来る環境にしてやりたい。
ただ、そのために現状俺が出来ることがないというのが歯痒い。
高梨とその友達は、引き続き副院長を調べてくれている。俺が下手に動いて、朝斗の居場所が見つかってしまったら元も子もない。
今のところ、俺の最も大事な仕事は朝斗の体調管理だった。
「そろそろ寝ろ」
「この後高梨さん来るんだっけ?」
「ああ」
「聖一さんと高梨さんって、どういう関係?」
なぜか高梨との関係を訊かれた。高梨が説明済だった気がするが、あの時は突然だったから、覚えてなくても仕方ないか。
「高梨は大学の後輩だ」
「それだけ?」
「それだけだよ」
「ふーん」
何を気にしているのか知らないが、もう1度そろそろ寝ろと言うと、朝斗は素直に部屋に入っていった。
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「ここにいる限り、朝斗君は安全だと思うッス」
作戦会議に来た高梨は、俺の心配とは裏腹にあっさりしていた。
「副院長も、わざわざ時間と大金をかけてまで探そうとはしないと思います」
「そうなのか?」
「坂下さん、目の前に100万円の賞金首がいたらどうします?」
「え? まあ、突き出す、かな。わかんないけど」
突然なんだ?
「じゃあ、顔は知ってるけど、居場所がわからない賞金首だったら?」
「⋯⋯そういうことか」
わざわざ探す手間はかけないだろうと。
「まあ、お金以外の目的があるなら、話は別なんすけどね」
今のところ、妙な金の動きがある以外に進展がない。
「ただ⋯⋯」
「なんだ?」
「副院長のこと以外なら、ちょっとわかったことがあって」
副院長以外となると誰だろうか。朝斗の親の方か?
高梨は、今までとは違い、なぜか言い辛そうに眉を顰める。
「坂下さん、第二性についての論文、結構読んだって言ってましたよね?」
「ああ」
「その中に、明帝大が協力してるもの、ありました?」
「ああ、あったな」
真澄の行っていた大学だったから、よく覚えている。
「それがどうかしたのか?」
「⋯⋯そこの、ある研究室が、副院長や例の宗教団体と繋がってるかもしれません」
「!」
なるほど。だから論文に明帝大の名前があったのか。
「じゃあ、そっち方向から何かわかるかもしれないのか?」
「⋯⋯そうっすね。ある学生が、研究室まで突き止めて、かなり決定的な証拠を掴んだっていう話もあります」
「えっ、それなら、その学生が誰かわかれば⋯⋯」
一気に解決するんじゃないか?
かなり希望が見えたように思えるのだが、なぜか高梨の表情は暗い。
何か問題があるのだろうか。
「坂下さん」
「なん、だよ」
「これはあくまで噂です。まだ、確証があるわけじゃありません」
高梨は、普段とは違う硬い口調で俺に言う。
「その学生は、すでに亡くなっています。事故で、数ヵ月前に亡くなったそうです」
「⋯⋯」
「でも、一部で噂になってるそうです。あれは、事故ではなく、制裁、もしくは見せしめだったのではないか、と」
研究室のことを調べていたから、だから殺されたのではないか、と。
「その、学生って⋯⋯」
聞きたくなかった。
聞かなくてもわかってしまう。
目の前が真っ暗になっていく感覚がして、ひどく気分が悪い。
「津田真澄君です」
サーッと血の気が引いていった。
制裁? 見せしめ?
真澄が、殺された⋯⋯?
「冗談、だろ⋯⋯?」
「⋯⋯噂です。あくまで。あの事故は運転手も亡くなっていて、真相はわからない」
頭が混乱して、感情がぐちゃぐちゃだった。
何も言えなくなっている俺に、高梨もしばらくの間、黙って付き合ってくれていた。
どれくらいそうしていたのか、ふと高梨がスマホを確認し、おもむろに口を開いた。
「坂下さん、真澄君の私物、残ってますか?」
「あ、ああ。ある⋯⋯」
「落ち着いたらでいいんで、調べといてもらえます?」
「わかった」
まだ、心ここにあらずな感じで返事をすると、高梨は少し泣きそうな顔で笑った。
「じゃあ、俺は帰るっすね」
「ああ⋯⋯」
部屋を出ていく背中を呆然と見送って、俺はしばらく何も考えられずに、妙に大きくなった時計の音をひたすら聞いていた。




