作戦決行 ③
そしてやって来た土曜日。
俺は朝斗の母親にバレないように変装をして、法事の会場の外に待機していた。
もうすぐ、朝斗と母親が出て来る頃だ。
俺が朝斗の姿を確認したら、まず高梨にワン切りして合図を送ることになっていた。
そして、高梨の方が問題がなければ、折り返しで3コール鳴らすことになっている。折り返しがなかったり、3コール鳴る前に切れてしまったりしたら、すでに出動中だと判断しタクシーで病院に向かう策に切り替える。
法事の会場の前は、ちょっとした公園のようになっていて、人の姿もあった。ベンチに座って黄昏れている風を装っていれば、俺が長時間ここにいても誰も不審に思わない。
出入口の方を気にしながら、ひたすら座って待っていると、ついに朝斗が出て来るのが見えた。予定通り母親と一緒にいる。
俺は、スマホで高梨にワン切りしつつ、ゆっくりと朝斗の方へ向かって歩き始める。
朝斗が薬を口に入れたのを確認したところで、高梨から折り返しがかかってきた。
1⋯⋯、2⋯⋯、
3コール目が鳴ったところで、朝斗がその場にしゃがみ込む。すでに2人の会話が聞こえる距離まで来ていた俺にも、母親の声が届いた。
「朝斗? 何やって⋯⋯、朝斗?」
しゃがみ込んだ朝斗の元に行こうとした母親は、Ωのフェロモンに躊躇した様子で立ち止まった。
「どうしました?」
その隙をついて俺は2人に駆け寄った。
「あ⋯⋯、えっと、息子が突然⋯⋯」
「大丈夫ですか?」
立ち尽くしてたじたじになっている母親は無視して、朝斗の側に寄る。朝斗は呼吸が浅く、額に汗が滲んでいた。覚えのあるフェロモンが香る。
「ヒートを起こしていますね。抑制剤はありますか?」
「え、いえ。今は⋯⋯」
朝斗も首を振った。俺はすぐにスマホを取り出す。
「では救急車を呼びましょう」
「救急車? たかがヒートで?」
たかが、という単語に殺意が沸いたが、この人に切れても仕方ないので俺は淡々と対応をした。
「過呼吸や脱水症状などの恐れもあります。ヒートを甘く見ない方がいいですよ」
俺もαなので、近くにいると朝斗も辛いかと思い、少し離れようとしたところで、母親からは死角になっているだろうところで、そっと手を握られた。
「⋯⋯大丈夫。すぐに救急車が来ますから」
今すぐ抱き締めたい衝動を必死で抑え、その手を握り返す。
それからすぐに、救急車のサイレンが聞こえてきた。
降りてきた高梨とすれ違いざまに目配せする。俺は朝斗を抱き抱えるようにしながら、救急車に乗り込んだ。
「っ⋯⋯、先生⋯⋯」
「待ってろ、今薬打つから」
すぐに特効薬の注射を打つ。外では作戦通り、高梨が母親の対応をしていた。
「失礼ですが、お母様はαですね?」
「ええ」
「では、同乗は出来ませんので、別のお車で病院にお越しください」
「そうなの? ⋯⋯わかりました」
ゴネるかと思ったが、意外とあっさり了承した。まあ、朝斗の病状が悪化したと言っても、仕事を優先するような人だからそんなものかもしれない。むしろ今は好都合だ。
俺が外の様子を気にしていると、肩に寄りかかっていた朝斗がゆっくり身体を起こす。
「ご、めん⋯⋯、近くにいると、先生も辛いよね⋯⋯」
「俺のことは気にしなくていい」
今度こそ、躊躇うことなく抱き締める。甘い香りに誘われるまま、そっと唇を寄せると、朝斗もそれに応えてくれた。
僅かな間キスをしていると、運転席のドアが開く音がして唇を離す。
「出します」
「ああ」
サイレンが鳴り始め、車が動き出す。
朝斗は薬が効いてきたのか、少しだけ顔色が良くなって呼吸も落ち着いてきていた。
この後は、病院ではなく俺の家へ向かう。今夜はうちで夜を明かして、明日の早朝、明るくなる前に家を出て、もっと安全な場所へ移る予定だ。
朝斗の母親がタクシーでついてきているのかはわからないが、ほどよく渋滞しているので、ついてきているとしてもすぐに撒けるだろう。
母親が病院に着いても、そこには朝斗はいない。確実に混乱が起きる。だが、副院長側は大事にはしたくないはずなので、すぐに警察にどうこうだとか、そういう話にはおそらくならない。そうなれば、病院内にも捜査の手が及ぶ可能性があるからだ。
母親が騒いで大事になれば、俺たちも誘拐犯のようなものなので、かなりまずいことになってしまうのだが、そこは副院長サイドが食い止めてくれるだろうという算段だった。
「朝斗、これを着て」
俺は朝斗に、救急隊の救急服を渡す。俺もそれに着替える。
俺の家に着いたら、2人でこの格好で降りて俺の部屋へ行き、救急車はそのまま消防署に戻ることになっている。
もしマンションの住人に見られたとしても、俺が救急車を呼んだと思われるだけだろう。好奇心旺盛にジロジロ見てくるような人はいないから、おそらく問題はない。
それから10分ほど走ったところで、車は止まった。
俺は朝斗と一緒に救急車を降りて、まっすぐ自室へ向かう。
部屋に着いて、朝斗をソファに寝かせた後、窓から下の様子を伺った。
マンション前に停まっている救急車に注意を払う人は誰もいない。皆、誰かが呼んだんだろうなと思う程度だ。
少しして、救急車は静かに走り去っていった。
俺はほっと息を吐いて、カーテンを閉めた。
朝斗の元へ戻り様子を伺う。
「朝斗、気分どうだ?」
「う、ん⋯⋯」
朝斗は頬が上気し、目が潤んでいた。
唇に指で触れると、ペロッと舌先で舐められる。
「ベッド行こうか」
「でも、朝には出るんじゃ⋯⋯」
「まだ時間はある。大丈夫だ」
そうして俺は、朝斗を抱き上げて寝室へ向かった。




