作戦決行 ②
少しでも早い方が良いと判断した俺たちは、準備が整うとすぐに、作戦決行に移った。
高梨の言う通り、俺が出張から帰ってきたあの日以来、朝斗は外出していないらしい。家には常に親もいて、軽く軟禁状態にあるようだ。
朝斗は、子どもの頃から我儘を言わない良い子だったらしいし、周りに迷惑をかけるのを嫌う子だ。親から、心配だから家にいて、と言われれば、素直に従ってしまうんだろう。
転院についても、Ω専門の病院なんかもあるから、表向きはそういう所に転院を勧められて、受けてしまったのかもしれない。
「よし。じゃあ行きますよ」
「ああ」
俺と高梨は、朝斗の家の近くに停めた車の中にいた。
先日決めた通り、高梨は朝斗の学校の制服を着ている。クラスメイトのフリをして家の中に入ると言っているが、当の朝斗は高梨のことを知らないので、果たして上手くいくのかどうか⋯⋯。
「スマホの通話繋げとくんで、坂下さんはここで聞いててください」
「わかった」
高梨と朝斗が2人きりになれたら、電話で俺が状況を説明することになっている。
高梨は車を降りて家の前まで行き、玄関のベルを鳴らした。
『こんにちは。朝斗君のクラスメイトの前田です。朝斗君いますか?』
電話の向こうから高梨の声が聞こえてきた。前田というのは朝斗と仲の良い友人の名前だ。
玄関のドアが開く音がする。これが1番危惧していたことだった。ドアフォン越しに追い返されてしまったら、こっちは手も足も出なかったのだが、どうやら最難関はクリアだ。
『朝斗のお友達?』
『はい。同じクラスの前田です!』
玄関先で対応しているのは母親のようだ。それからすぐに、朝斗の声が聞こえてきた。
『前田? 急にどうし⋯⋯っ、だ⋯⋯』
『朝斗ー! 悪いな急に。ちょっとさ、大事な話があってさ』
明らかに、誰?と言いそうになった朝斗の声に被せるように、高梨が大声と早口で捲し立てる。
困惑している様子の朝斗の顔が目に浮かんだが、すぐに、
『あーわかった。ここじゃアレだから、上がって』
『おう。お邪魔しまーす』
おそらく俺の名前を出したか何かしたんだろう。なんとか怪しまれずに家の中に入れたようで、俺はほっと息を吐いた。
階段を上る音が聞こえた後、朝斗の緊張したような声が聞こえてきた。
『あの、貴方は?』
『高梨っていいます。坂下先生の大学の後輩です』
高梨は、俺と話す時の砕けた喋り方とは違い、真面目な雰囲気だ。
『先生に、何かあったんですか?』
『今、坂下先生と電話が繋がってるので』
高梨が朝斗にスマホを渡す。
今まで、言いにくいことも、どうでもいいことも、色んな話を朝斗とはしてきたはずだが、俺は今が1番緊張しているかもしれない。
「――朝斗」
『せ⋯⋯、先生?』
一瞬呼び方を迷った様子だったが、高梨がいるからだろう。久しぶりに先生と呼ばれた気がする。
「体調どうだ? ちゃんと食べてるか?」
『うん。大丈夫。元気だよ』
「そうか。良かった」
本当はゆっくり話がしたかったが、そうも言ってられないので、すぐに本題に入った。
「大事な話がある。落ち着いて聞いてくれ」
そうして俺は、今起きていることの状況の説明を始めた。
✦✦✦
朝斗には、副院長が怪しい奴と繋がりがあるかもしれないことと、朝斗が狙われていることを説明する。
海外に連れて行かれるかもしれないことは黙っておく。むやみに怖がらせる必要はないだろう。怪しい病院に転院させられるかもしれないと言うだけで、充分危機感は伝わる。
親については騙されていることにして説明することになった。親もグルな可能性もあるが、これもまだ確証を得てからで充分だ。ただ、朝斗が親に話してしまうとグルだった場合にまずいことになるので、そこは黙っておいてもらう。本当のことを知れば、両親にも危険が及ぶかもしれないと言っておけば、勝手に話してしまうことはないだろう。
それから、逃げるための算段だ。高校生だし、いざとなればいくらでも、家から抜け出すくらいのことは簡単だろうと思っていたのだが。
「夜中とかにこっそり逃げ出すんじゃ駄目なのか?」
「それだと、親が警察に届け出たりとかして、大事になるかもしれないじゃないすか。なので、もっと正々堂々と連れ出します」
「正々堂々と?」
「具合が悪くなった朝斗君を、救急車で迎えに行きます」
「は?」
高梨が考えた策は、隠れてこっそり、と思っていた俺とは真逆の、かなり目立つ方法だった。
「坂下さん、ヒートの誘発剤、用意出来ますか?」
「出来る、けど⋯⋯。え、それ、まさか⋯⋯」
高梨の作戦はこうだ。
外出した際に、朝斗に誘発剤を飲んでもらって、強制的にヒートを起こす。近くに待機していた俺が、他人のフリをして近付き、救急車を呼ぶ。抑制剤や特効薬を持っていない状態での突然のヒートは、救急車を呼んでもなんら不自然じゃない。
それを受けた高梨が、救急車で迎えに来るという算段だ。
「ずっと閉じ込められてるんだろ。外出しなかったらどうするんだ?」
「その時は仕方ないんで、家にいる時に飲んでもらいますけど、出来れば外にいる時がいい。家だと抑制剤も常備してるだろうし、それを先に隠すなりするにしても、親がちゃんと救急車を呼んでくれるかどうかもわかんないですよね。直接病院に連絡して、先に副院長の耳に入っちゃうかもしれない」
「確かに」
だから外にいる時、周りが慌てて混乱している間に、俺がさっさと救急車を呼んでしまうのが1番だと、高梨は言う。
だが、それでもまだ疑問が残る。
「その、具合が悪くなった演技とかじゃ駄目なのか? なんでヒート誘発剤なんだ?」
俺が救急車を呼ぶなら尚更、腹痛か何かを起こしたフリをして座り込むなりすれば、それで済むように思えるのだが。
「理由は2つ。1つは、演技だとわかってて救急車を出動させるのは、こう、俺らの立場的にやりたくないなっていうのと」
「まあ、それは確かに」
「けどそんなのは、朝斗君の身の安全に比べたらどうでもいいことなんで、大した理由じゃないんです。朝斗君が1人で外出するなら、全然それでいいんすよ」
しかし、おそらく今の状態だと、外出するにしても家族が一緒にいるだろう。
「普通、救急車が来たら家族も同乗します。それじゃあ意味がない」
「! そうか!」
そこまで聞いて、俺もようやく高梨の意図に気が付いた。
朝斗を家族の元から連れ出すには、救急車に乗る時点で引き離すのが1番だ。朝斗の家族は全員αだと、以前本人から聞いている。
「ヒートを起こした状態なら、αの同乗はこっちの職権で拒否出来る。たとえ家族だとしても」
「なるほど」
すごいな。これならきっと、いや確実に上手くいく気がしてきた。
「ただ、1つ問題があって」
「なんだ?」
「タイミング悪く、俺がその時出動中だと、この作戦は使えないんすよね。消防署で待機中の時じゃないと」
「そもそもお前が勤務中じゃないと駄目じゃないか?」
「そんなのは調整すればいいだけなんで、どうにでもなります」
ずいぶん頼もしいな。しかし、確かにこればっかりは運頼みになるのか。
「まあその時は、坂下さんがタクシーで近くの病院に連れて行くとかなんとか言って、上手く家族と引き離してください」
「俺のアドリブ力次第か⋯⋯」
当然、後から別のタクシーで追いかけてくるだろうから、救急車と違って上手く撒けるかはわからない。最悪病院まで行ってから姿をくらますか。
「ま、やるだけやるしかないっすね。まずはこの作戦を朝斗君に伝えないと」
「そうだな」
朝斗に説明出来るよう、頭の中で反芻する。
それにしても、完全に高梨を巻き込んでしまったな。
「これ、もしバレたらお前の立場もヤバいよな」
「バレないように、上手く記録とかは改ざんしとくッス」
「⋯⋯」
さっきからすごく頼もしいが、やろうとしてることは法に触れることだと思う。俺がもっと早く気付いていれば、他に方法があったのではないか。
「いや、充分早く気付けた方だと思うんすけど。これ以上は無理でしょ」
「まあ、そうだよな」
「確かに、法に触れるって言ったらそうかもです。救急車出すとか言ってるし。けど、朝斗君を救うためです。間違ってない、と俺は思います」
力強い言葉に、目の前がスーッと晴れていくような気がした。
そうだ、今はとにかく、朝斗を助けることだけを考えよう。それさえ出来れば、後は俺がどうなったって構わない。
気持ちが固まり、俺は自らを鼓舞するように頷いた。
俺たちはその後も、細かい懸念点を洗い出し、綿密に計画を練っていった。
✦✦✦
そして、朝斗に一通り説明を終えたところで、
「どうだ? やれそうか?」
『⋯⋯』
朝斗はかなり困惑している様子で、すぐには返事が来なかった。
『いきなりこんなこと言われても、困っちゃいますよね』
『あ⋯⋯、すみません。えっと』
「いいんだ。ごめんな、急でびっくりしたよな」
俺だって、最初に高梨から聞いた時は現実味がなかった。付いて来れなくて当然だ。
『⋯⋯先生』
「なんだ?」
『俺、先生に嫌われちゃったのかなって思ってた』
「えっ? なんでそんな話になるんだ?」
今度は俺が驚く番だった。
朝斗に冷たい態度をとった覚えはないが、何か気に障ることをしてしまったのだろうか。
けれど、どうやらそうではないようで。
『この前、急に病院が変わるって話になって。なんでって思ったけど、Ωのヒートとかに詳しい病院だからって言われて納得して』
やはり、転院の理由は思った通りだった。
『転院の前に、先生に挨拶したいって言ったんだけど、忙しいから出来ないって言われて』
「誰に?」
『副院長先生』
俺は無意識に唇を噛む。
『今は手術中だから、とか、その後も、出張でしばらくいないからとか言われて。だから、避けられてるのかなって、思って』
「それで、嫌われたと思ってたのか」
怒りでスマホを握る手に力が入ったが、今誤解が解けて良かったと考えよう。
「ごめんな。不安にさせて。俺はずっと⋯⋯」
高梨も聞いているかもしれないと一瞬思ったが、まあ、別にいいか。
「ずっと、今でも大事に思ってるよ」
『うん⋯⋯。先生、俺、やるよ』
朝斗は、しんみりするのは終わりだと言わんばかりに、はっきりと告げた。
『ちょうど、土曜に法事があって、外に出るから』
「土曜か」
今日が水曜だから3日後だ。タイミング的にはちょうどいいだろうか。
法事は、家族全員で行くそうだ。
『最初、母さんは俺が行くの反対してたんだけど、父さんが退院もしたんだから行けるだろうって押し切って。俺と母さんだけ、夕方頃先に帰ってくることになってる』
『ちょうどいいですね。時間的にも、暗くなってくるし都合がいい。朝斗君、これを』
高梨は、俺が用意したヒートの誘発剤を朝斗に渡した。受け取った朝斗は、硬い表情で、それでもしっかりと頷く。
俺たちも、互いの意思を確認するように、深く頷きあった。




