Ωの心臓 ④
「んで~、聞いてくださいよ~」
「お前それオレンジジュースだよな」
高梨と飲み屋に入ってから、俺は彼の友人の恋バナ、にすらなっていない話を聞かされていた。
絡み方が酔っ払いのそれだ。
「そうッス。俺酒飲まないんで」
「意外」
「急性アル中の患者いっぱい運んでるんで、なんか飲む気なくしました」
「ああ⋯⋯」
理由を聞いて、俺は遠い目になった。
「で、その彼女が~、私βと付き合う気ないから、とか言ったらしくて~」
「やめとけよ。そんなやつ」
「俺もそう言ったんスけどね~」
高梨の友人の好きな女性というのが、どうやらαのようで、同じαか、Ωとしか付き合う気はないと言われて振られたらしい。
「βとは付き合わない、か⋯⋯」
「ん? なんすか、もしかして坂下さんもβとは付き合う気ないとかですか?」
「違うって。そうじゃなくてさ」
俺は、グラスに浮かんだ氷を、意味もなくストローでくるくると回す。
「もし、第二性を変えられるとしたら、高梨はどうする?」
「⋯⋯えっ?」
高梨は、パチパチと瞬きをして驚いた様子で見つめてきた。
「それは、どうやって?」
「いやどうやってじゃなくて、もしもの話だって」
「⋯⋯ただの、もしも話っすか?」
「そうだよ」
え、なに⋯⋯。
突然真面目な顔で黙り込んだ彼を、今度は俺の方がじっと見つめた。
「実際に変わったとか、そういう話じゃなくて?」
「⋯⋯お前、何が言いたいんだ?」
何か知ってる? まさか朝斗のことを?
疑問符を浮かべてフリーズする俺をどう思ったのか、高梨は突然立ち上がり俺の腕を掴んだ。
「ちょっと、ここじゃアレなんで俺んち行きましょう」
「は? なんだよ急に」
「いいから」
さっさと会計を済ませて店を出る彼に、引っ張られるようにしてタクシーに乗り込む。
車は10分ほど走ると、すぐに高梨の住むマンションに到着した。
「なんなんだよ、一体」
「まあ、とりあえず座ってください」
困惑しつつもとりあえずソファに座ると、少しして高梨がコーヒーと、それからノートPCを持ってきた。
「さっきの話なんですけど、本当にただの、もしもって話ですか?」
「⋯⋯」
朝斗のことは誰にも話していない。朝斗も誰にも言ってないそうだ。
高梨は学生時代からの知人で、信用出来るやつなのはわかってはいるのだが。
こちらの沈黙をどうとったのか、高梨はパソコンを操作すると、その画面を俺に見せてきた。ちょうどつい最近俺も読んだ、第二性について書かれた論文が映っていた。
「これは?」
「この論文、後天的な要因によって第二性が変わる可能性について書かれてるんですけど、探偵をやってる友人が、この著者の楊博文って人を調べてて」
「中国人か」
探偵の友人というのが少し気になったが、それはいったん置いておいて。
ネットで調べると普通に色々情報が出て来た。かなりの資産家のようで、身寄りのない子どもたちのための養護施設を運営したり、慈善活動などもやっているようだ。
「ただ、良くない噂もけっこうあって、こういう団体とも繋がってるっぽいんすよ」
「宗教団体?」
「カルト宗教っすね。表向きは、立場の弱いΩの人たちを救済するって感じらしいんですけど、裏では非人道的な方法でΩを増やそうとしてる、Ω至上主義の団体。まあこれも噂っすけど」
高梨は話をしながら、ポチポチとパソコンを操作して資料を表示させる。非人道的な方法というのは、まさに今俺が直面している、臓器移植による第二性の転換だった。そのための臓器売買や人体実験を行っているという噂がある、と。
「お前⋯⋯、一体何に首突っ込んでるんだ?」
危ないことをしているのは一目瞭然だった。こんなことを調べて、一体どうするつもりなのか。
「俺だって、海外の危ない組織となんか関わりたくないっすよ。けど、この楊博文って人の親戚が、俺の知ってる人だったから、友人に頼まれて調べてるだけで」
「知ってる人?」
「小野田副院長です」
「な⋯⋯っ?」
どこか遠い世界の噂話だったのが、一気に現実味を帯びた話になった。
「親戚って言っても、だいぶ遠いらしいっすけどね。従兄弟だか再従兄弟だかの、またこう反対側の伯父?とか」
「ほぼ他人だな。副院長がこの楊博文や宗教団体と関わりがあるっていう証拠はあるのか?」
「まだ確証はありません。ただ、妙な金の動きがあるのは確かです」
俺は眉を顰めた。
もし本当に、副院長が海外の妙な組織と繋がっていて、そこから金を貰っているんだとしたら、その代わりに提供しているものは――。
サーッと血の気が引いていく。
「⋯⋯真澄の、心臓を」
まだ頭の中が整理出来ておらず、ぽつぽつと言葉がこぼれ落ちる。
「移植したんだ。俺の患者の、瑠璃川朝斗って子に。そしたら⋯⋯」
移植後、ヒートの症状が出ていると言ったら、高梨は考え込むように口許を手で覆った。
「それ、誰かに話しました?」
「いや。けど」
「?」
「抑制剤を打ったから、カルテに記録は残してる」
「っ! ああ、そりゃそうだよな」
高梨は頭を抱えた。しかし、これについてはどうしようもない。薬を出しておいてカルテに書かないなどあり得なかった。
「もし、副院長が気付いたらどうなる?」
「というか、確実に気付いてるでしょうけど。でも幸い、すでに移植も終わってる。病気は快復に向かってるんすよね?」
「ああ」
「だったら、治すために海外で治療を受けようって手は使えない。その子、歳は?」
「18。高校生だ」
「それなら、保護者の同意なしに転院だとか、強引な手は使えないと思う」
保護者か。だが朝斗の親はあまり朝斗に関心がない。今回の場合、それが吉と出るか凶と出るか。
「高梨、俺はどうすればいい?」
とにかく朝斗を守らなければ。なんなら副院長の所へ乗り込んでも構わないくらいの気持ちだった。
しかし、さすがにそれは高梨に止められる。
「乗り込むのは証拠を掴んでからッスよ。まずは――」
それから、俺たちは深夜まで、作戦会議に明け暮れた。




