Ωの心臓 ③
それから俺は、時間を見つけては資料室へ行き、朝斗と同じような症例がないかどうか調べていたのだが。
「やっぱないか⋯⋯」
色々と論文を漁ってはみたものの、移植によって第二性が変わったという話は見つからない。
ただ、その可能性について、だいぶ掘り下げている論文はいくつかあったが。
「ん?」
俺は、論文の最後に記載されていた提携先に、真澄が通っていた明帝大の名前を見つけて首を傾げた。
あそこに医学部なんてあっただろうか。ああでも、遺伝子の研究ならむしろ生物学とかの方が専門か。
⋯⋯そういえば、性が変わるのは可能性として語られているだけで、実際の実験結果なんかの論文は見当たらないな。人間以外にも第二性がある生き物はいる。オオカミなんかがそうだ。動物実験などが行われていても不思議ではないが⋯⋯、さすがに難しいか。
「マウスで出来る研究じゃないしな」
オオカミで研究するのは無理がありそうだ。少なくとも日本では。
軽く溜息を吐いてパソコンを閉じた。今日はこの辺りにしておこう。
資料室を出ると、またしても意外な人物から声をかけられた。
「おや、坂下先生」
「お疲れ様です」
小野田副院長だった。
副院長は、チラッと資料室と書かれたドア横の札に視線をやる。
「最近、ずいぶんと熱心だね。何か調べものかな? 私も手伝おうか」
「え? ああいえ、副院長のお手を煩わせるようなものでは」
謎の申し出に、俺はとんでもないと胸の前で両手を振った。
「そうかい? まあ何かあったらいつでも言いなさい」
「⋯⋯ありがとうございます」
副院長はそう言って、その場を去っていった。
なんだ? 妙に気遣われている気がするが。働き過ぎだと思われているのだろうか。全然そんなことはないのだが。もしくは、真澄のことが副院長の耳にも入っているか⋯⋯。
「まあいいか」
よくわからないが放っておこう。もしかして、近々院長選挙でもやるんだろうか。それで医師たちの好感度アップに努めているとか。ドラマみたいだな。
「馬鹿なこと考えてないで帰ろう」
しかし、もたもたしていたせいか、今度はまた別の人物に捕まった。
「あ、坂下さん。お疲れ様でっす!」
「高梨⋯⋯。今日はよく会うな」
「? なんすか? 今日は会うのは初めてだと思いますけど」
「いや、なんでもない。お疲れ様」
高梨は、今日もいつも通り救急隊の格好をしていて、仕事中なのが見て取れる。しかし、
「坂下さん、もう上がりッスか?」
「そうだけど」
「飯行きましょうよ~」
「お前まだ仕事中だろ」
「俺も戻ったら上がりなんで」
「あー。まあいいけど」
どうせ帰っても1人だしな、と了承すると、高梨は嬉しそうにガッツポーズをして、小走りで戻っていった。
「先に店行っててください」
「わかったから、廊下は走るな」
何がそんなに嬉しいんだか。
子どもみたいだなと思いながら苦笑して、俺もさっさと着替えて店に行こうと、その場を後にした。




