七 夜会 二
「轟様!お兄様!」
後ろを振り向くと落ち着いた赤髪の、線の細いドレスを着こなした女性が歩いて来る。
旦那様は私を庇うように前に立ち、女性を警戒している様子だった。
一方、轟様はとても笑顔で迎えている。
「こちらにいらっしゃったのですね。轟様、ご無沙汰しております」
「凪殿も御役目ご苦労さま。皇女様は?」
「皇女様は奥の間で休まれております。お忍びでいらしておりますので・・」
「こんな所に来ていて良いのか」
旦那様の声は低く、怒っているかのようだ。もしかしたら私がこの場にいるせいで?
「皇女様よりこちらへと・・何でも、あの堅物軍人の代表格とも言われるお兄様が、女性を伴っていらっしゃっていると聞き見て来いと・・」
私は旦那様に席を外しますと裾を引っ張っていると、ふと女性と目が合うと私を旦那様の後ろから引っ張り出した。
「まぁ!貴女がお兄様の?」
「凪、違うんだ!」
「いいえ、私を騙そうとしても無駄ですわ!」
「凪まて!!清が怯えている!」
「・・・」
女性は旦那様の言葉で動きを止めると一歩下がった。そして
「失礼致しました。わたくし火ノ川凪と申しますわ!そこの妹です。お名前を伺っても?」
そう言えば旦那様に似ていらっしゃいますね。
私は背筋を伸ばすと
「申し遅れました。野上清子と申します。今は旦那様のご好意でフミさんと一緒に過ごさせていただいております」
四十五度の礼をする。
「凪、この人は訳あって我が家で預かっているんだ。決して凪が思っている様な関係では無い」
私は旦那様のご迷惑にならないよう頷く。でも、納得していないような顔で私と旦那様を見る凪様だったが、キツネの耳が生えた給仕に声を掛けられた為諦めた様だった。
「今は・・そういう事にしておきますわ。清さんと仰ったかしら?」
「はい!」
「今は兄の屋敷にフミといるのね?」
「はい、良くしていただいております」
私の言葉に凪さんが微笑む。
「近いうちに顔を出すとフミに伝えてくださる?久しぶりにフミの手料理が食べたいと」
「必ずフミさんにお伝えします。そして私も楽しみにしております」
そう答えると凪様は頷き、轟様を伴ってその場から離れて行った。
私は旦那様の方を見つめると、私の視線に気付いたのか
「凪は主に呼ばれたのだ。轟殿は凪の婚約者だから一緒に挨拶に向かわれたんだ」
「凪様の主は・・いえ、何でもありません」
私は頭を横に振る。
先ほど凪様を呼びに来た給仕にはキツネの耳が生えていた。
凪様の主である皇女様は天狐との噂がある・・
これ以上私が首を突っ込んで良い事ではない。
私は旦那様に勧められ会場の一角に用意されていたソファーへと腰を下ろした。さすがに慣れない場所で慣れない着物を着ていたからか・・足が痛くて仕方が無かった。
恐らく旦那様はそんな私の状態に気付きここまで移動してくれたのだろう。
「何か飲み物を取ってくる」
「えっ!だ、大丈夫です、少し休めば自分で」
「ここには私が無理矢理連れてきたんだ。それに今夜の君は私のパートナー。パートナーに気を使うのは貴族紳士なら当たり前の事だ」
そう言い残すと人混みの中に入って行った。
私は出来る限り旦那様の後ろ姿を目で追った。
(さすが旦那様ね。少し歩くだけで何人かの令嬢に声を掛けられてるわ)
立ち姿も美しいと思うが、歩く姿や話す姿も美しい。
でも・・家で私やフミさんの前で見せる、寛いだ姿や笑顔はこの場で見せている姿よりも美しい・・
「私は幸せ者ね」
独り言を言ったつもりだったが、そんな私の声を拾った人物が近くにいた事を私は気付かなかった。
「なぜお義姉さまがここに?」
「はる・・こ?」
声に反応して振り向くとそこに居たのは義妹の春子だった。
春子は私が着ている着物を、帯を一通り見ると嫌な笑みを浮かべると私の隣に腰を下ろす。
見れば春子は水色のドレスに身を包んでいる。
「お義姉さまは今どちらに?相良様の時に命を落としたと思っていたのに・・」
怒りを通り越して恨みがましい顔で私を覗き込む。私は野上家の事を思い出し春子の顔を見る事が出来ない・・
そんな私の態度にイラついたのか、髪飾りを奪い取る。私は咄嗟に取り返そうとしたが手首を掴まれ捻られる。
「痛い・・」
「へぇ、良い物を身につけてるのね〜似合っていないのに・・見て!今日の私のが似合っているでしょう?」
春子は私から奪った髪飾りを自身の髪にさすと、嬉しそうに見せてきた。
「・・返して。それは旦那様が私に用意してくださった物よ」
「旦那様?私たちに何の報告も無くどこの誰と世帯をもったと言うの?しかもこんな物まで」
「世帯はもっていないわ!」
「じゃあ何?どうやって着物や帯、こんな素敵な髪飾りを買って貰ったというのかしら?ああ!」
私が言い返さないのを良い事に春子はこんな事を言った。
「その貧相な身体でも使ったのかしら?」




