十八 違和感 四
「お久しぶりにございます。藤花様」
「やっと目覚める気になったか?あやめよ」
あやめと呼ばれた私は自然と微笑む。
「その時が来たようです」
「そうか・・では我と契ろう。あの時のように、また我と共に」
「清子!!」
「・・・・・だんな、さま?」
旦那様の声で目覚めた私は一瞬頭が真っ白になった。いないはずの旦那様が今、私の目の前にいるからだ・・
「清子さん!!」
「清子さま!」
旦那様の声に隣で控えていた凪様とフミさんも私の部屋へと入って来た。
「あの・・」
フミさんは泣き、旦那様と凪様は安心したように座り込む。
私は三人で藤の花を見に行ったはずなのに、なぜ布団で寝ているのか不思議に思い聞いた。
あの夜私は急に意識を失い倒れた。何度も声を掛けたが目を覚まさず困っていた所に旦那様が現れ屋敷へと連れて帰ってくれたと、泣きながらフミさんが一気に話してくれた。
あの夜から三日間私は眠り続けたそうで、その話を聞いた時とても申し訳ない気持ちになった。
夢?の話はしていない。
自分でも夢だったのか、現実だったのか理解できていないから・・
ただ一つ言えるのは少なくとも[あやめ]さんは実在した女性で、[とうか]と呼ばれた娘と何かの契約を結んだ・・と言うこと。
なぜ私の中にあやめさんが?
私は爆ぜる薪を眺めながらお風呂を沸かしていた。あれから二日、ようやく布団から出る事を許された私は台所のフミさんからお風呂を沸かすように頼まれたからだ。
私が目覚めてからの二日間は仕事の報告やらで忙しく、帰宅はいつも深夜だった旦那様がどうやら今夜は早めに帰宅されるのだとか・・
薪をくべ少しすると馬の嘶きが聞こえた。
旦那様の愛馬リュウだ!
私は急いで玄関まで走ると帰宅された旦那様がリュウの手綱を引きながら歩いていた。
「旦那様お帰りなさいませ!リュウ、久しぶりね」
私は旦那様に挨拶をするとリュウにも声を掛けた。リュウは私の声にヒンヒンと鳴いている。
旦那様はリュウを馬小屋に繋ぐと置いてあるブラシでリュウの体を撫ぜる。
私は急いで台所に戻り用意しておいたニンジンやリンゴを持って旦那様とリュウの元へと戻った。
リュウは旦那様に甘えており、そんなリュウを優しい眼差しで相手をしている旦那様に暫し見惚れてしまった。
リンゴを持った私に気付いたリュウがヒンヒンと鳴くと、旦那様も私に気付き手を差し出した。私はボーとした頭で思わず旦那様の手に自分の手を重ねてしまう。
「・・・」
「・・!す、すみません。こっちですね!」
慌てて手を退け籠を渡す。
「ありが・・とう」
旦那様も突然の事に戸惑ったのか声が上擦っていた。
恥ずかしい・・
そう思い顔を下に向けると、なぜか目の前にニンジンが。
「リュウが清の手から食べたいそうだ」
「えっ?そうなのですか?嬉しいです・・」
旦那様からニンジンを受け取るとリュウの前に立つ。リュウは私が倒れた日、軍の厩舎で鳴き暴れたと言った。何かを察したのだと轟様が乗馬し自由に走らせると、リュウは休む事なく真っ直ぐ火ノ川の屋敷まで走り、私を抱いて運ぶ旦那様の元へ来た。
「リュウ、心配かけてごめんなさい。私を心配して都から駆けて来てくれたのよね?ありがとう」
私がリュウの目を見てお礼を言えば、リュウもヒヒ〜ンと鳴き鼻を私の顔に擦り付けてきた。
私の手からニンジンを食べた後は旦那様からリンゴやニンジンを食べると落ち着いたのか、寝床の準備を始めた。私はもう一度リュウに顔を近付けると、リュウも挨拶をするかのように額をくっつけた。瞬間
(あやめ様、あやめ様!心配したんだよ、本当に無事で良かった)
えっ?
私はリュウの目を見つめる。リュウはヒンヒン鳴いている。
もう一度額をくっつけると
(あやめ様どうしたの?僕のこと忘れちゃったの?)
やはりリュウの声が頭の中に響く。
夢の中で見た あやめ と私を呼ぶリュウ。
何だろうこの感じは・・
心の中が騒めく。
「清?」
「すみません旦那様。少しボーとしてしまいました」
旦那様の声に我に返りリュウを撫ぜると、旦那様と馬小屋を後にした。
「清、リュウが何かしたのか?」
「いいえ、リュウは私を心配してくれていました。本当に優しい馬ですね」
リュウは私たちが見えなくなるまでヒンヒン鳴いていた。そんなリュウに旦那様も不思議に思っていたが、私たちが見えなくなると静かになった為それ以上気にすることは無かった。
旦那様がお風呂に入っている間、リュウから伝わってきた あやめ様 が気になった。
今までも何度もリュウと額を合わせてきたが、一度もリュウの声は聞こえ無かった。のに、あの二人の夢を見てから聞こえた。
いや、侯爵様の時にも・・
「藤花様とあやめ様・・私とどんな繋がりがあるの?」
野上の父に聞いても知らないだろう。
では母の実家は・・
「残念ながら知らないわ・・!ヨシならお母様の事を知っているかもしれないわ」
私の乳母でお母様が嫁入りの際に付き従って来た人。私が十二の歳に実家に戻された・・
どうにかして探せないかしら・・
私は旦那様の食事の準備をしながら考えた。




