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第193話

「甘い……ハチミツだ……マーヤの味…」


 おや、知らない名前が出てきたが。これは彼女の保護者、かな?


 いや待てオレ。保護者がいるならこんな事していないよな。


(もう亡くなっているのかな。それでも記憶に残るくらいには一緒にいたって事か)


 頬を伝う涙に気が付かない風を装い、オレは簡易かまどの火をかき混ぜる。

 こんな時はどんな慰めの言葉も届かない。ただ黙って時間の過ぎるのを待とう。


 パチパチと火の爆ぜる音だけが響く静かな空間に、小さくしゃくりあげる声が響いたが、やがてそれも聞こえなくなっていった。


 そっと隣りを窺うと、コップを両手で包み込んだまま、ぼうっとしている。

 ハチミツ茶が彼女にとって優しい思い出だったから、緊張が解けたのかもしれない。


 これで少しでも落ちついてくれたなら……そんなことを想っていると、軽く袖を引っ張られる。


「ん?」

「あの…これ、ありがとう……」

 そう言ってコップを差し出してきた。


 にかっと笑って受け取り、軽くすすいでから手元の袋へ入れる……ふりをして『ストレージ』へ収めた。


「ハチミツの入ったお茶なんて……久しぶり……」

「そうか」


「ダンとマーヤと暮らしていた時を……思い出した」

「優しかったんだな、その二人は」


「うん。捨て子のボクを育ててくれた。本当の子供、みたいに」

「…………」


「……ボク……捨てられていたんだ。道端の草むらに」


「……草むらに?」


「生まれてすぐ、だったみたい。布でくるまれた中に……血まみれで、声も上げてなくて」

 な、なかなかすごい状態だったんだな。でも、そんなのだったら……


「ダンが見つけて……よくサバンナウルフに襲われなかった、って不思議がってた」


 そうだよな~。血の匂いなんか一発でアウトだよ。


「ボクって、それほど価値がなかったのかな……」

「そうじゃないと思うんだが」


 呟いたオレの言葉は無視された。


「ダンもマーヤも、ボクはエルフの子だって……誰かにわかると大変なことになるって、心配して」

 そっと自分の耳に触れる。


「大事に隠し持っていた『幻惑のイヤリング』を出してきて……外さないで、何時もつけてなさいとボクにくれたんだ」

「隠してたって、これは二人が持っていたのか?」


「うん。ダンもマーヤも冒険者だったんだって。

 悪さをする誰かに見つからないようにって。でも…わからない」


 俯いていた顔を上げてオレを見る。


「ね、さっきボクのこと、エルフって言ってたけど……それ、本当なの? ボク、いったい何なのかな?」


 水色の瞳にはそれと同じくらいの水滴が浮かび、唇が震えていた。


 そっか、そうだよな。

 この子、ずっと悩んでいたんだ。


 周りに同じような存在がなかったから。

 自分が何者か、確かめようがなかったんだ。


「ひとつ教えてほしいんだが。キミがダンに拾われたのは何年前か訊いてるかい?」


「……20年前…ううん、あの時そう言ってたから、今だと23年前、になるのかな。エルフは長命だから、人よりもゆっくり成長するんだ、だから見かけはちいさいけれど気にするな、って……」


「それで合っているよ」

 オレは小さな頭をそっと撫でた。


「キミはエルフだ、間違いなく」

「…………」


 納得できないのか、返答がない。

 どうしよう、オレが『鑑定』で見たからと言っても、この分じゃ信用してくれないかもしれないな。


 さて、どうする??


 頭をひねっていると。


「キュルキュルル~~!(待たせたっちゃ~~!)」

 見慣れた銀色の頭がオレの顔をのぞき込んでくる。


「おかえりオー……」


「キュウォ~、キュルリィ~(ほぉほぉなるほどぉ、お前さんが()()だっちゃかいの~)」


 可笑しな抑揚をつけた声とともにもうひとつ銀色の頭が現れる。


 あ? なんだこいつ?

 後から出てきたアーミンをよく見てみると。


 口の周りから長いヒゲが生えていた。


 いや、オーリィもそうだけど、アーミンは顎と言わず顔じゅうから長い毛が生えてるよ、確かに。

 でもさ、こいつのヒゲ。


 昔の仙人ヒゲによく似てる。


 しかも、しかもだ。


 その先端がクルリッと巻き上がっててふたつに分かれてて、まるでアニメにでてくる○○大王そっくり。


 全身の毛も、オーリィに比べて白っぽく感じる。

 おまけに……


「キュウィ~、キュルリィオォォ~?(なんじゃらほい~、ワシを引っ張り出したのはこいつに合わせるだけだっちゃの~?)」


 この可笑しな抑揚はなんなんだ? 聞いてるとこっちのテンポまでズレてくる気がする。


「キュルッ、キュルキュルルッ!(違うっちゃ、もっと大事なことだっちゃ!)」

「キュウゥリィ、キュルゥリリィ~(なんじゃ違うのかいの。じゃワシは帰るだっちゃの~)」


「キュキュッ! キュルッキュキュッ!!(駄目だっちゃ、もぉうっ! こっちのエルフを見てほしいんだっちゃ!!)」

「キュルゥリ~?(なに、エルフとな?)」


 オーリィとの漫才(!)を打ち切り、ようやく視線が動いてオレの傍らを見た、途端。


 スルリ、とオレの肩からその子の肩へ、そして膝へと移動していく、その速さ。

 思わず二度見しちまった。


 その間、リーリアはずっと目を丸くして固まっている。


 アーミンは二本足で立ち上がり、顔や耳、首筋へ鼻を近づけて、何やらヒクヒクと見えない何かを嗅ぎ取っているかのようだ。


 やがてぺたんと座り込んだアーミンがおもむろに口を開く。


「キュウゥ~。キュウルリィ~リリィ~(うむ間違いないだっちゃの~。『ファルテの森』ターマドゥムラルとノヴァレティーリの血を受け継いでおるだっちゃの~)」


 わぁお、親の名前までわかったじゃないか。でも、当のリーリアはそれどころじゃないようだ。


「あ、ど、動物、ううん魔獣? その、言葉がわかる……っ?」

 入り口付近で固まってしまっていた。まぁ、無理もないかな。


「キュルキュルル~?(アチシらを見た事ないだっちゃ~?)」


 混乱したまま、オレの方を見上げ、


「こっちにも居る……うん、見たことないよ」


「キュ~~。キュキュキュルキュル~!(そっか~~。爺っさま、どういうことだっちゃ~!)」

「キュウゥリィ~。キュウリリィキュ~(どうと言われてもの~。知らんものは知らんだっちゃの~)」


「キキキッ! キュイキュキュキュッ!(ムキーッ! ついにボケ老人になったかだっちゃっ!)」

「キュキュゥリィッ! キュウキュゥリッ!(まだボケとらんだっちゃ! ワシが出てからの事じゃっと言うとるんだっちゃっ!)」


 キュイキュイと言い争う声の内容をまとめると。


 ・ 『爺っさま(?)』が『ファルテの森』に居たのは41年前から

   25年前だった。

 ・ 37年前に長を引き受け、25年前に交代した。

 ・ その時にかねてからの希望だった世界巡りの旅に出ていた。


「キュウゥ~、キュルキュルゥリィ~(だからの~、その後の事はワシ知らんのだっちゃの~)」


「キュゥ~。キュルッキュキュ(ふぅ~。使えない爺っさまだっちゃな)」

「キキゥッ! キュウルリリィッキュルッキュリ!(何を言うかッ! このワシじゃとて長を務めたものだっちゃぞ!)」


「キュルキュルッキュキュキュ!(その後を任せた大馬鹿の所為で酷いことになったんだっちゃ!)」


「あ、なるほど。その爺っさまが大馬鹿の(ゼロ)代目ってわけか」

 思わず漏れた言葉にぐわっとオレを振り向くアーミンたち。


「キュルッキュル?((ゼロ)代目、ってなんだっちゃ?)」


「だからさ、情報を誤魔化したのが初代だろ、その初代の資質を見極められなかった大馬鹿の元祖が爺っさまなら(ゼロ)代目になるじゃないか」


 オレの説明にしばし固まり…………オーリィが爆笑した。


「キュイキュイキュイイィィ~~~ッ!(ぶわっはははぁぁ、まさにそうだっちゃ~~~っ!)」


「キュルゥリィ~? キュルルリリィ~~(お、大馬鹿の元祖ってワシのことぉ~? それは酷すぎるだっちゃの~~)」


 跳ねあがっていた仙人ヒゲがだらりと下がり、情けない顔となった爺っさまがリーリアの膝で項垂れた。





 更新遅くなりました~。

見直していたら誤字に気づいて……焦って

しまいました。

投稿直前なので余計に。

自分のうかつさに呆れますね。

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