閑話20~ 集都の片隅で ~
閑話その2です。
俺はカイサス。『鵺の里』の住人だった。
里で生まれて育ち、このまま過ごしていくんだろうな、と思っていた。それ以外に生きる道なんてなかったから。
でも、半年ほど前に来たひとりのニンゲンによって、違う道が現れた。
獣人国の民と認められたこと、それによって集都のへの移住が可能となったんだ。
集都ダールズドットは獣人が興した都だ。そこにキメラとはいえ、ニンゲンであった俺たちが住めるなんて夢にも思ったことがない。それくらいの衝撃だった。
もちろん俺は真っ先に志願した。行きたいと思っていたところに行ける、何を躊躇う必要があるってんだ!
フィリーとともにこの里へやってきた冒険者のケイン。グレイボアを一撃で倒す実力者でありながら誇りもしない。俺たち生まれがおかしいニンゲンにも態度を変えることなく話しかけてくれる。
挙句に果てに暴走癖のあったフィリーに釘を刺し、窘めることまでやっていたという。おかげでフィリーは自分の知らなかったことが大きなミスにつながる危険を理解し、何かあるごとに自分の行動を考えて周りの者へ訊いてくるようになった。
今まで困り顔ながらも放置していた年寄りには物足りなくなったらしいが、フィリーのためには絶対にこの方がいい!
その後ケインは長老やおばば様と話し合い、集都への移住が可能かどうか依頼したそうだ。ケインの知り合いにお偉いさんがいたことから実現したとか。
その後、アーミン様を迎えた宴会で倒したグレイボアを豪快に提供してくれたから、俺たちはもちろん、アーミン様も大喜びで夜更けまでの乱痴気騒ぎとなった。いやぁ、久しぶりに騒いだなぁ。
……その代償であくる日は二日酔いに苦しんだんだが。
ケインのおかげで俺たちは集都へ移住できるようになった。俺はケインに感謝を伝えたんだが、あいつと来たらのほほんと笑って、
「オレの力じゃない」
と言ってのけた。
「長老やおばば様が今まで無理に獣人国へ接触していなかったことが大きな要因さ。集都の議会も扱いに困っていたんだ。この地に何故ニンゲンの集落があり、しかも魔獣被害から逃れていたのか、てな。」
そう言って笑う。
「オレが種を明かしたら納得してくれたよ。この国もガルマン帝国から散々嫌がらせを受けていたから、かえって同情されたくらいだ。そんな状況だから、この国の一員として認められたんだよ。すべて長老とおばば様の功績さ。オレはただ後押ししただけ」
そんなケインを見て、俺は決めたんだ。このくらい大きな漢になって見せると。
集都の暮らしは大変だが、隣に住んでいたトーマ一家がまた俺の隣に来てくれたおかげで、何とか毎日を過ごせている。
普通のニンゲンよりは力があるとは言え、獣人と比べるとやはり格が違うと感じる。こんなんじゃ冒険者にもなれないな。そんなこんなでやや心が折れかかっていた時、総轄の屋敷へと連れ込まれて。
「え? は? な、なんで?」
今、目の前には契約書と雇用条件を記した書類、同意書などが並べられ、俺自身はペンを持たされている。まさに契約寸前、という状態だ。
何故こうなっているのかいまだに理解できない。
屋敷の応接間でいくつかの魔石や宝石を、言われたとおりに選別しただけ。ただそれだけなのに。
「それがどうして『ディライド宝飾品店』の専属鑑定員として契約することになるんですかぁっ!」
泣き言交じりの俺の叫びに、総轄と羊獣人が顔を見合わせて頷く。
「ちょっと内容を省略し過ぎたみたいだな」
「ちょっとどころではありませんよ総轄様。一般の民にとってこの屋敷そして総轄様は雲の上のお人なんですから」
羊獣人が穏やかに笑う。優雅な仕草で紅茶を飲み、菓子をつまむ様は貴族と比べても遜色ない。彼が『ディライド宝飾品店』の店主であり、他の国でも一目置かれるひとつだろう。
「うむ、確かにそうだな。失礼したカイサス君。君にとってはだまし討ちにあった気分だろうが、許してもらいたい」
「あ、いえ、許すとかそんなんではなくって!」
頭を下げた総轄に余計頭が真っ白になる。
「実はケイン君が君の持つスキルは違うモノなんだと言っていたので、ちょっと試してみたかったんだ」
「は?」
ケインって、俺たちの里を救ってくれたあのケインか?
「君は自分のスキルが『ホークアイ』だと言っていたが、それはどうしてかな?」
「ご存じだと思いますが、俺は里で見張り番やってたんです。その時、森から飛び出してくる魔獣の見え方が不思議なんで、父に聞いたら『ホークアイ』だろうと言われたんです」
元々、魔獣の位置は分かっていた。小さいのからある程度の大きい奴まで。でも、そいつらが出てくる直前になると、森の迷彩色の中から、色を変えて浮かび上がって見えてくるんだ。
多分、攻撃する意思表示なんだろうけど。
「なるほど。ケイン君が言うには、君のスキル名は『真贋を見抜く眼』なんだそうだ。『鑑定』に近い、いや鍛えればもっと効果の高いスキルに変わるらしい」
「はぇ? 『鑑定』に、近い?」
それってかなり貴重なスキルじゃなかったか!?
「あなたのスキルは非常に珍しく得難いものです。ぜひ、ワタクシの店で働いてほしいのですが」
「は、はあ。その、そう言ってもらえるのはありがたいんですが……」
「おや、何か問題でも?」
「俺自身、そんなにたいそうなものだとは信じられないんです。そんな状態で契約なんて」
皆をだますことになるんじゃないか、そんなの嫌だ。
「キミは正直で誠実だな」
「そうですね。それだけでも拾い物です」
随分俺を高く評価しているようだ。いや、ケインのおかげかな?
「ではこうしましょう」
一部の書類を差し替えながらディライド氏が口を開く。
「2か月間だけの仮契約を交わしましょう。その期間、ワタクシの店で働いてください。その結果でまた契約を。どうでしょうか」
「ハイ。それでいいです」
うん、これなら納得できるな。
内容を確認してサインする。そのタイミングで総轄が話しかけてきた。
「カイサス君、その仮契約が切れたら、儂の所で働く選択肢も入れておいてくれないか」
「は、総轄、様の所で?」
俺、再び絶句。何でここにそんな話が出てくるのぉ?
「ほっほっほ。総轄様。横取りはさせませんよ」
「むぅ、ディライドに独占させたくはないのだがな」
「手遅れですよ。あの時ケイン様のお話を聞けたことがワタクシのスキル『幸運の種』の導きであることは間違いないのですから」
「貴殿のそのスキルに何度やられたことか。儂だけではない、妻も悔しがっておったのだぞ」
総轄の奥さんっていえば、あの人か!
優雅な仕草でありながら視線を逸らせず、場を取り仕切っていく高潔な淑女、シルヴィオーラ・ゲオルギスク・ライカンスロット様。総轄様の大事な恋女房で副総括を務めている、『デキた奥様』の代表だ。
その方を悔しがらせたとは。この人も本当にすごいんだな。
「何とでも仰ってください。カイサスさん、これで契約は終了です。明日からワタクシの店に来てくださいね」
「はい、勿論です!」
俺はディライドさんと握手を交わし、総轄様の屋敷を出た。
自分のスキルにそんな力があるとは思えないが、とにかく2か月間の仕事は確保できたんだ。それを喜ばないとな。
足取り軽く戻ってくると、家の前に誰かがたたずんでいる。俺の顔が自然にほころんでしまった。
俺が呼びかけるより早く、その人影が振り向く。
「あ、カイサスさん!」
「チコルさん、何か用事でもあったんですか?」
「いえ、用事じゃなくて。今日、うちの畑で採れた果物をおすそ分けに来ただけなんです」
「それは良いな。チコルさん家の果物は本当にうまいから。お茶でもどうですか」
俺は鍵を開けてチコルさんを招いたが、
「あ、あの、もう時間がないので……」
そっか。そういえばそうだな。オレは頭を掻いた。
「ごめん、俺まだ常識に疎くて」
そう、相手は娘さんだ。男一人の住まいになんて入れるわけがない。
「いいえ、カイサスさんなら大丈夫です! あ、わたしが勝手に押しかけてきたんですから」
ふふっ、チコルさんは優しいな。こんな俺にも気づかいをしてくれるとは。
「じゃ、果物、頂けるかな」
受け取ったモノをテーブルに置き、また鍵をかける。
「じゃあ、行こうか」
「え? どこに?」
「チコルさんの家まで送っていくよ。もう暗いし、ご両親が心配しているからさ」
「あ、あ……ありがとう、ございます!」
真っ赤になってお礼を言ってくるチコルさん。可愛いな。
適度な距離を保って俺とチコルさんは歩き出す。たわいもない話をポツポツかわしながら。
チコルさんは兎獣人だ。長い真っ白な耳と後ろのキュロットスカートから除く丸いしっぽが愛らしい。くりくりとよく動くきれいなベージュ色の瞳で、俺を見上げてくる。
ふと、右の耳の先端にある可愛いイヤリングに気が付いた。ごく小さなものだが、シルバーの輪っかの先に小さな鈴が付いていて、チリチリと幽かに音が漏れる。でも片方だけなんて。
「チコルさん、そのイヤリング素敵だね。いつ買ったの?」
そう話しかけると、なぜか真っ赤になってしまうチコルさん。
「あ、あの、こここの前のバザーで……」
「そうなんだ。よく似合ってるよ」
「あ、あ、ありがとう……!」
真っ赤になったままコクコク頷くチコルさんって、ほんとに可愛い。
「もう片方がないけど無くしちゃった、てことはないか。変なこと言ってごめん」
バザーの品物はこの辺にないモノが多い。どうしようっかな~?
「あのさ、俺が別のイヤリングあげるから、片方のは外したらどうかな?」
幸いなことに、俺の母親が持っていた装飾品で、チコルさんの瞳の様なきれいな琥珀がはまったイヤリングがある。そんなに大きくないから大した物でもないけど、チコルさんには似合うと思う。
そう思って言ったんだけど……チコルさん、さらに顔を真っ赤にして。
「カ、カイサスさん! こんな通りでそんな事っ!……は、恥ずかしいっ!!」
絶叫して家の方へ駆けて行った。兎だから早いのなんの、到底追いつけない。
「は? なんだってんだ、今の……」
後に残されたオレは呆然とするばかりだ。
その後、家に戻った俺は、チコルさんの父親に怒鳴り込まれた。
散々すごまれながらも訳を訊いてみると。何のことはない、獣人の娘が片方にイヤリングをつけるのは『片思い』を表していて、『両想い』になったら、イヤリングを両方に着けるのだとか。しかもそのイヤリング、相手から贈ってもらうしきたりなんだそうだ。
なんだかんだで俺はその段階をすべてクリアしちまった、んだ……な。え?
「チコルさんの片思いの相手って……俺ぇ!?」
『鵺の里』に居たカイサス君のお話でした。
「そのヒトだれ?」という方は、第44話か第45話をお読みください。
あと、閑話6でもちゃっかり参加してますよ。
小さな恋の花が咲きそうです……。
ホントはもっと書きたかったんですが、あまりに文字数が多くなるので、
自主規制しました。
遅くなりましたがおいでいただき、ありがとうございます。




