閑話19~ 知られざる物語 ~
閑話 その1です。
3話ほどを用意しました。
お楽しみいただければ幸いです。
井戸から水をすくって手桶に移し、中にある洗濯物を揉み洗いする。残った汚れが洗剤と都に流れ出て、布地はまっさらになった。
「さて、これで完了だね。あとは干しておけばいいか」
中天高く上がったお日様を見上げて呟く。
本当は朝早くにするもんなんだがね、もうこの年齢じゃ早起きは辛いんだよ。
なんて言い訳じみた事を呟いて、朝寝をたっぷりした結果さぁね。あははは。
「次は、あいつの世話だね。まったくもう、すっかり腑抜けになってるんだから」
フィリーが出て行ってから、あの耄碌爺さんの気が抜けて、1日中ボーッとしていることが多くなっちまった。
あのまま置いとくと何も食べず眠る事すらやろうとしないからさ、アタシが世話を焼いてるんだよ。
ホント、魔法馬鹿の相手は疲れるねぇ。
さてと、愚痴っていても仕方がないから行くとするかね。
アタシは必要なものを籠へ放り込んで家を出る。しろく乾いた道をてくてくと行けば、残り少なくなった住人が挨拶してくる。それに会釈で答えながら真っすぐ進んで……着いた所が目的地。
ガタついた扉を開けてまずキッチンへ。
朝食の用意をしておいてからリビングへ入るが、目当ての人物はいない。
「やれやれ、またお籠りかい」
呆れながらもその奥の寝室の扉を全開にする。
「いつまで寝てるんだい! 目が溶けちまうだろうが!」
声に反応して布の塊がもぞもぞしている、が。
「さっさと起きな! いい年齢して拗ねても可愛くないからね!」
窓を開け、外の空気を取り入れると、布の塊から毛布を引っ剥がす。
「ほら、グズグズしなさんな! 洗濯するから着替えとくれ!」
「まったく朝から元気な事じゃ。お前さんの声は頭に響くわいな」
「これくらい大きくないとあんたに聞こえないだろ! そのドつんぼの耳に文句を言っとくれ!」
「自分の耳に文句って……」
「ほれ、ぶつくさ言ってないでさっさと着替えな! それとも何かい? アタシに着替えさせてほしいってか?」
「ばっ、馬鹿なこと言うんじゃないっ! 着替えくらいできるわっ!」
「結構結構。脱いだ奴はそこの窓から外へ出しとくれ。それと朝メシの用意が出来てるからね、ちゃちゃっと食べちまいな!」
「朝からせわしない奴じゃのう……」
「あんたがノロマなだけだよ!」
こんなにお日様が上だってのに良く寝られるよ。
いや、案外寝ていないのかもしれない。ちらっと見たあいつの眼、真っ赤だったからねぇ。
見ないふりでリビングからテラスへのドアを開け放つ。
サッと吹き込んでくる風で部屋の空気が一気に変わった。
そこへキッチンで用意した昼食を兼ねた食事を持ち込んで並べる。
「ここで食べとくれ。アタシは洗濯と掃除があるからね、お残しは許さないよっ!」
「こんなには食えんぞ……」
「『魔術師は身体が資本、食事と睡眠は何より大事!』と宣言して、夜会の招待状を持った皇帝陛下の使者を追い返したあんたがなぁに言ってるんだい!」
「……よくそんな昔の事を覚えておるのう」
「『記憶することは魔術師の第一歩』だろ? くちゃくちゃ喋ってないで食べな!」
そのままテラスから回って洗濯と掃除を同時並行で行う。これも結構神経を使うんだよ。
ちょっと疲れて庭のチェストに座り込んでいたら、
「お前さんでもへばることはあるんじゃのう」
隣りへあいつが座ってきた。
「まぁねぇ。そろそろガタが来てもおかしくないだろうさ」
「お互いに、じゃな」
その後、言葉もなく無言で庭を眺める。虫が飛び交い、蝶が羽根を震わせて蜜を吸う。さわさわと風が渡って、頭上の枝葉が揺れる。なんとも穏やかな時間だ。
ふと、隣から言葉がこぼれた。
「フィリーは元気しておるかのう」
「当たり前じゃないか。好きな男と一緒に暮らしているんだ、毎日が輝いて見えているだろうよ」
そうであってほしいと思う。あの娘には幸せになってもらいたい。
「もう16年にもなるかのう、ゼムとシュリが逝ってしまって」
「……あの娘を残していくのは辛かっただろうにねぇ」
「仕方ないじゃろ。あのふたりは『心を結ぶ』仲じゃったからの」
「子供ができるなんて考えてなかった、ってところかね」
「この里の誰も本気に出来なかったじゃろうな」
そう、あの子はアタシたちキメラとニンゲンの間に出来た、奇跡の塊のような娘だ。
「でも、まさかあの時拾った子供がああなるとは思わなかったよ」
「うむ、儂もそう思う」
「ゼムがあんなに世話好きとはね」
「お前さんは知らんかもしれんが、あの時ゼムは飼っていた魔獣の猫を失っとるんじゃ。その寂しさをシュリの世話で埋めておったんだと思うがの」
「そういえばそうだったねぇ。うっかりしてたよ」
「ほっほっほ。お前さんにしては珍しい事よの。さすがに年齢かの?」
「うっさいよ、クソジジイ」
そう言いながらもアタシの頭の中であの時の様子が鮮やかに蘇ってくる。
ああ、あれは……28年前の事だったか……。
偶には見回りもせんと足腰が弱る、などと言うこの人に付き合って周辺を歩いていたら、魔獣に襲われた商人の荷車を見つけちまったんだ。
この獣人国の森は、基本的にそうそう危ない場所じゃない。なにせ、魔獣よりも強い獣人が見回っていてある程度危険な魔獣を倒しているんだから。
それでもまったく安全な訳じゃない。その証拠が、今目の前に転がっている。
力の強い魔獣が引きずったんだろう、血の跡が茂みの奥に消えている。大きさからしてニンゲン、か。
馬は荷馬車の向こうで息絶えている。すでに散々食い荒らされていて、今もお零れをもらおうとそこかしこに小さな魔獣がいるが、あたしたちの方が強いからね、出ては来ないさ。
荷馬車も潰されていて、見る影もない。
こりゃ早々に片づけないとマズいかね、そう思っていると、荷馬車の底の板が僅かに動く。
「ん? 何か居るのかい?」
魔獣でも残っていたのかと防御姿勢をとるが……それほど強い気配じゃない。
ごとごとと音を立てて、隠し部屋が見えてくる。そこから出てきたのは小さな女の子。真っ赤な眼をして、それでも気丈に口を閉じている。アタシはしゃがんでその子と目を合わせた。
「名前はなんていうんだい、お嬢ちゃん?」
出来るだけ優しく、小さな声で語りかける。この子は現場に居合わせて、聞かなくてもいいものを聞いているんだ、脅かしちゃいけない。
「……シュリ……」
小さな声が返ってきた。
「そう、シュリか。いい名前だね」
アタシは笑うのが苦手さ。でもそんなことは言ってられない。この子を安心させるのが一番なんだから。
そっと口元を緩めて女の子を見つめる。
泣きはらした目が見返してきた。
「シュリ、何があったかわかるだけでいいから教えてくれないかね?」
そう、問いかけた。
「お前さん、無茶なことを言うんじゃないよ」
後ろで騒ぐ声がするけどうるさいんだよ、黙ってておくれでないか。
「無理なら聞かないし、言わなくてもいいよ。どうかな?」
アタシの顔を見つめ、少しためらった後、小さな声で話し出したんだ。
「エリシオ教国から獣人国へ行くっておとうが言っていたの。森に入ってしばらくしたら、大きな音が後を追ってきて……おかあがあたいをこの隠し部屋に入れて『声を出しちゃいけないよ、良いって言うまでそこに居て!』って言ったから、じっとしてた。馬車が横になって……馬のヒンドリーが啼く声がして……おとうとおかあの声もしてっ……」
大きな茶色の眼に涙が浮かんできたのを見ると、もうたまらなかった。
思わず目の前の小さな体を抱きしめたんだ。
うでの中でシュリの声が続ける。
「あたい、おかあの言う通り声を出さなかったよ。出そうだったけどずっと我慢したんだよ。でも、おとうとおかあがいない。あたいを残してどこ行ったの?」
どうなったのか知っているだろうに、口にせざるを得なかったこの子の心情が手に取るように見えて。
「もういい、もういいよ。それ以上は。……辛かったろう、悲しかったろう、声も出さないで。もう、声を出しても大丈夫。アタシが居るからさ」
そう言って抱きしめていると、最初は小さかった泣き声がだんだん大きくなり……しばらく大泣きして、そのまま寝ちまった。
「相当我慢しておったんじゃろう……ひとまず戻ろうかの」
「そうだね。この場所を伝えておかないと」
この子の両親も近くにあるような気がする。きちんと弔ってやらないとね。
そうやって連れ帰った子……シュリは賢い子だった。アタシたちの異形にもすぐに慣れて、元気に毎日を過ごすようになった。その笑顔にみんながどれだけ救われたか知れやしない。
そんなシュリは、一番近くに居たゼムと結婚し子供を……フィリーをこの世に残して、ふたりで旅立ってしまったんだ。『心を結ぶ』ほどの繋がりを造って。
「そうだ、今日はゼムとシュリの命日だったね」
ポツリとつぶやく。
「そう、だったかいの。覚えて、おらん」
この人がこういう時は決まって忘れたいことがあって、話しを終わらせたい時。
だけど逃がさない。
「花でも摘んで墓参りとしゃれこむかねぇ、『長老』」
「こんな時だけ長老扱いか、『おばば』は」
はははっ、そうさ、アタシの性格がこんなのは十二分に知ってるはずだろ、あんたは。
にやりと笑って立ち上がる。と。
「長老、おばばさま。久しぶりだな。元気してるかい?」
声をかけてきた者がいた。
「え、あんた。……ケインじゃないか。久しぶりだねぇ!」
「ほっほっほ。久方ぶりのう。よう来た。まあ、茶を一服どうじゃな」
アタシたちを、この『鵺の里』を救ってくれた恩人が家の角からコチラヘやってくるところだった。
『鵺の里』のその後です。
ほとんどの住人は集都へ移り、ほぼ無人状態になりました。
でも、その中で元気に命を繋いでいる人がいます。
そんな人たちの過去の記憶です。
ちなみに、拾われた時のシュリは4歳で、ゼオと結婚したのは15歳、
その1年後にフィリーを産んでなくなりました。
お話の中に年齢を入れなかったのでわかりにくかったかと反省してます。
今日もおいでいただき、ありがとうございます。




