第178話
「え……こ、れは……?」
拳を突き出したまま固まった男、いや、ディー君。
そりゃそうだろう、当たったところから空間にひびが入り、虹色にはじけて散っていったんだから。
これはオレの仕掛け。
オレとあいつの間に強度を最弱にした『バリア』を薄く張っておいたんだ。こんなへなちょこパンチが当たっても突かれたほどの感じもしない。
いや、殴った相手の方がダメージを食らうよな……前にグィード爺さんがそうだったから。
だから今回は、相手の力を受け止めて砕ける仕様にしておいた。虹色エフェクトはちょっとした思い付きだったんだが、意外と受けたみたいだ。
「僕の過去が、砕けた……?」
あれ? 何やら別方向に走ったような……?
「そうか! 今ので僕は、僕はあの過去のいじめを乗り越えたんだ!」
「よかった! よかったわディー! おめでとうございます!」
「モナンザ、ありがとう! 今日から僕は生まれ変わる、強い男になるんだ!」
「いいえ、いいえ! ディーは元々強い方です。わたくしが好きになった、強くて優しい殿方です!」
「モナ!」
「ディー!」
…………うん、完全に明後日の勘違いだね、ディー君。
ちょっと遠い目になったオレの前で大盛り上がりのディー君とモナンザが抱き合っている。
……どぉしてオレの周りには砂糖を吐きそうな甘々カップルばっかりなんだ?
(キュル~キュルルイ~(ホントだね~本人はヘタレで不器用だってのにな~))
うっさいよオーリィ! 自分でも不思議なんだよ!
聖獣ホイホイだけでも鬱陶しいと思ってるのに、この上激アマカップルホイホイなんて要るかっ!
愚痴りながらも窺っているが、一向に甘々劇場は終わりそうにない。
えーい、ここは意を決して。
「あ~、モナンザさん? その話は後にしてくれ。それより、従業員にここを片付けてもらってお茶を出すように指示してもらえるかな?」
「まっ、わたくしったら失礼をしてしまって! 申し訳ありません、すぐに準備をお願いしてきますわ!」
即座に秘書の顔へ戻って走り出ていくモナンザと、立ち尽くして両手を広げたままのディー君。
うん、女性の方が現実的だってのは何処の世界でも共通だね(笑)。
直ぐに従業員が何人も出入りしてあっという間にテーブルがきれいになり、お茶の支度も整えられた。さすがなものだと感心するよ。
礼をして従業員が出ていき、再びオレとディー君、モナンザがこの部屋に残された。
「まずは座って落ち着こうか?」
そう声をかけてオレが真っ先に座る。ふたりもそれぞれ座ってお茶に手を出してきた。
いい香りが漂う中、のどを潤していると。
「あ、あの……ケイン、さん……」
おずおずとディー君が声を上げる。
「ん、なんだ?」
「その…………す、すみませんでしたっ!」
直立不動で頭を下げるディー君。良いけど君、髪の毛がカップに浸かってるよ!?
それで頭を上げたら……あやや~顔にお茶がしたたって……(笑)
「ディー、これで顔を拭いて」
「あありがとうモナ」
モナンザさん、あんたやっぱり引率のセンセーだ。それも幼稚園児の。
(キュル~♪(うぷぷぷぷ~♪))
オーリィ……いくら見えないからって笑いすぎだ!
ま、このままじゃ進まないから。
「さて、仕切り直しとしよう。オーマイン商会のディシオ、だったか? 改めて宣言しておく。オレにはあんたたちの所属する商会に対して味方も敵対もしないし、する要素がない、ということで納得してもらえたかな?」
上から目線でちょっと偉そうに言い放ってみたが、相手は素直に頷く。
「わかりました。貴方の件については商会長の独断だったと判明したので、僕からの問いかけは言いがかりに近かったんだと理解してます。本当に申し訳ありませんでした」
まあ、確かに言いがかりだよな~。でもこれでチャラにしようか。
「その謝罪を受けよう。これで当初の乱入については無しでいいか?」
「そうしていただけると助かりますわ」
モナンザがほっとしたように答える。
「それじゃ、ここからは知り合いということで話をさせてもらう。だから敬語はいらない。あんたたち兄弟がそれぞれ支店を任されているらしいが、誰がどこに居るんだ?」
「……ああ、分かりまし、じゃない、わかった」
元々オーマイン商会は行商人から始まったそうだが、それがベイレスト共和国の偉い人……宰相らしい……に気に入られたとかで首都ヴェルトに店を構えたのだという。
長男のアランはその本店で商会長補佐の役職についている。次男ビストマはアルマニア皇国、三男クルスはフォルカイス王国でそれぞれ支店を任され、当のディー君は。
「僕はガルマン帝国の支店へと回されたんだ」
おお、あそこにも支店があったのか。
それにしても本店と支店の繋がりはあれど、店を任されるのは商人にとって夢のはずだよな。本人、あまり嬉しそうじゃないんだけど。
「今回の後継者騒動で最初の条件を覚えているかな」
「確か、『有能な右腕を見つけること』だよな?」
答えると、
「ああそうだ。僕はモナを、モナンザを指名するつもりでいたんだ。でもあの人は……」
口をゆがめて俯くディー君の背をそっとさするモナンザ。なんだ、まだ裏事情があるのか?
「……商会長はわたくしを4番目の妻にと望まれましたの」
「え、妻……それも4人目? じゃ、ひょっとすると兄弟、ってのは」
「ええ、お察しの通りですわ。皆様方、お母様が違う、いわゆる腹違いのご兄弟です」
なんとぉっ! あの商会長、女性相手でも大活躍なのかぁ! お盛んというか手あたり次第というか。
訊いてみると凄い状況だった。
アランの母親はジョセフィーヌ・アグントス。御大層な名前だが、実態は借金まみれの伯爵令嬢だったらしい。
「ヴェルドに店を持った当時、商会の名前も売れ出してきて、箔をつけたいと考えたんだろうなあの人、借金を引き受ける代わりにそこの長女を希望したんだと聞いている」
札束で顔を引っ叩くやり方か。それはまた強引な。
「そうでもないんだ。あの女は気が強くてね、あちこちでトラブルを引き起こしてた所為で行き遅れになりかけてたから、その両親も大賛成だったと聞いているよ」
要するに、借金が棒引きになったうえに問題だらけの娘を厄介払いできると考えたんだ。そりゃもろ手を挙げるよな、本人の気持ちなんぞそっちのけで。
「まあ、当の本人はアラン兄が生まれてからはもう寝室も別にしていたし、没交渉になってた。本妻の権限を振り回してやりたい放題にやってたよ」
そんなもんかな。よくわからんが、ケンカするよりはマシ、か。
「ビストマ兄とクルス兄の母親はチェルシー・バーガティルト。こちらも貴族なんだけど」
そこで口ごもるなよディー君。
「なんて言うかな、貴族というより平民に近い言動をする人なんだ」
ええ~、どういう事!?
「他人、特に異性との距離が貴族令嬢ではない距離ですのよその方」
モナンザが嫌そうな口調で教えてくれる。
「御用聞きの商人や家の警護に当たっている傭兵に、猫なで声で近づいて肩やら腕やらを触りまくってるんだ、あの女狐は」
ディー君、何その嫌悪感目一杯な口調は。
「見た目が可愛らしい方なので、どなたも鼻の下を伸ばしてるんですのよ。既婚者で成人している子供もいらっしゃるというのに、節操のない方々ですわ」
モナンザ、キミ、その奥方と男どもの両方を嫌っているんだね!?
「で、あんたの母親は?」
「ボクの母は、平民で……もう亡くなっている」
トーンの下がった声でディー君が続けた。
「ミルティ。花屋の娘で幼馴染と一緒になる予定だった。それを強引に馬車へ引き込んで連れ去ったんだ……あの、男が!」
ダン! とテーブルが鳴り、茶器がズレる。
「母さんは泣いて嫌がり、戻してほしいと何度も頼んだそうだ。それをすべて無視して、部屋に閉じ込めたまま、手籠めにしたと……クルス兄に聞いた。ボクのおもちゃを壊しながら楽しそうに笑って、ね」
『お前の母親は泣いてばかりいたからね、虐め甲斐があったんだろう。
ほら、こんな風にばらばらにするって楽しいじゃないか。アハハ!』
「ディー……」
横から痛ましそうに見つめるモナンザの手を握り、首を振る。
「大丈夫だモナ、分かってる。あれはクルス兄お得意の嫌味なんだ。その証拠に、あの男は子供を授かってからも母に執着していた。そういう意味では愛していたんだろう。
でも母さんはそれっきりあいつを近寄らせずに、僕だけを愛しそして……病を得て、寂しく死んでいったんだ」
それが本当なら商会長は男の風上にも置けないよな。
「そんな男が! 今度はモナを同じ目に合わせようとしてるんだ! そんなことさせるもんか!」
「吼えるのは良いんだが、実際にはどうするつもりなんだ?」
オレの冷めた声に、モナンザが顔をしかめる。
でも、これは厳然たる事実だ。行動がともなわなければ、この先へ進む道は見えなくなる。ディー君にそれだけの覚悟と思惑が無ければそれまでだ。
オーマイン商会の内情、凄いことになりました。
さて、これからお二人はどうなるんでしょうね……?
本日もお立ち寄りいただき、ありがとうございます。




