第177話
オーマイン商会の実態が明かされます。
それからしばしののち。
「で? オレの質問への回答は?」
俯いて考えていたモナンザがちらりと隣りを窺う。
「……少し聞きづらいかもしれないけれど……良い?」
「ああ構わない。僕もキミの人物評価を訊きたいから」
「ありがとう」
そう言って秘書の顔に戻ったモナンザがオレの方を向く。
「では改めて。……大まかなところはほぼ変わりませんが、個人的な意見としてお聴きくださいませ」
「わかった」
「まずは御長男のアラン様から。
人を従わせることは確かにお上手ですが、物事が成し遂げられたら、その後は知らん顔です。フォローが決定的に抜けているために恨みや苦情を買う事例が多く、後始末に費やす時間が商会の仕事を上回ることも少なくありません。
商会長はその辺のことを注意されているのですが、一向にお聞き入れがなく、今では半ばさじを投げた形になっているのが現状です」
これはひどい。確かに命令を受けて実行しても、そのままほっとかれたんでは怒るよな。
「次に次男のビストマさま。
この方は気性が荒く、目先の事しかお分かりになりません。商会を運営していくための方針を立てる会議すら欠席されて、御趣味に没頭されております。
さらに、そのために費消されるお金が毎年のように増えてきて、今では商会の資金にも手を付けておられるようです」
「ちょっと、モナ。それは本当?」
焦って聞き返すディー君に頷く。
「まだ確証はございませんが、どうやら帳簿を改ざんしているようです。それをやっているのが、今おそばに置いている秘書兼護衛の方だと思われますわ」
やっぱ凄いわこの人。どうやってここまで調べたんだ?
「三男のクルス様はビストマさまと双子のはずですが、何から何まで正反対のお方です。今のところこの方の支店が一番売り上げを伸ばしておいでですが、それももうすぐ頭打ちになると思われます」
「どうしてかな」
「クルス様の支店はフォルカイス王国の王都にございます。貴族の家のみを選別し、掛け売りをしているのですが……」
「なるほどね。見かけの売り上げは伸びていても、実際に支払いはされていないって事か」
「……ケイン様は商売にも精通しておいでですのね。商会長が執着するはずですわ」
「そりゃ買い被りってもんだ。オレの知識なんて大したことないぞ」
「そうですかしら?」
疑わしい、と目を眇められてもなぁ。
元の世界じゃオレ、普通のリーマンだぞ。
営業ではあったけど、それとて相手先との取次ぎが主体だったしな。
「オレの事はいいからさ、続けてくれ」
「……そう、ですわね。クルス様についてですが。
今までは男爵様や子爵様がほとんどでしたの。本来ならそういう方たちにすら強要できるはずがないのですが、なぜかクルス様はそのお貴族様の弱みを握られていましたので、支払いは順調でしたわ」
そうか、貴族なら探られたくない秘密を持っていてもおかしくないよな。
え、でも弱みを握る?
「クルス様の特技、とでも言いますか。あの方、隠された秘密を探り当てることがとてもお上手ですの」
「うん、わかる。クルス兄は得意だった」
ぽつんとディー君がつぶやく。
「それも特大の嫌味付きで」
「ん?」
「ディー?」
オレとモナンザが聞き返すと。
「ボクは一番下で、兄たちからは良いように扱われていた。大人のいる前ではいい子にしていたけど……ボク達だけになると、始まるんだ」
可愛がりと称した虐めがね。そう話すディー君の眼がうつろなのが気にかかる。
「一番上のアラン兄は手を出さない。ただ無視するんだ。この家にお前なんて必要ない、いらない奴だとわかるようにね。ビストマ兄は笑いながら小突くんだ。それも傷がつかないように、砂入りの袋でもってボクを殴ったり張り倒したりする。
そしてクルス兄……」
言葉を切ったディー君の顔色が一段と悪くなった。
「あいつが、一番、酷かった。ボクが、大切にしまっていたものを目の前で壊していくんだ。……大事にしていたおもちゃを、見つからないように隠していたのに……それを探しだして、踏みにじって……」
「ディー!」
悲鳴を上げてモナンザが抱きつく。それでもつぶやきは止まらない。
「母さんとふたりでとった写真も……ハサミで切り刻んで、暖炉に、放り込んだんだ……」
「もうやめてディー! それで、それだけで十分だわ……!」
抱きついたままモナンザが涙声で懇願する。それでもディー君の一人語りが止まらない。
うつろな目はそのままに、表情がどんどん抜け落ちていく。
オレの背筋が慄いた。
これは、オレだ。
母親に虐待されていた、オレの顔だ。
伯父さんに引き取られる前の、何も考えられなかった時のオレの顔がそこにあった。
「あいつ…あいつらは、ボクを、母さんを、いたぶって、そして喜んでた……誰も、それを止めないんだ……使用人も……あいつらの母親も……あの人ですら」
零れ落ちる言葉と一緒に何かが抜け落ちていく。
それは尊厳。矜持。自尊心。
心をずたずたに引き裂かれ、修復することができないままに次の暴力を受け続けた人間の顔だ。
オレはテーブル越しに壊れかかった男の胸ぐらを掴み、手を振り上げる。
パァン!
「っ!」
「な、あなたっ……!」
ビクッと震えた男の眼に光が戻り、泣いていた女が抗議の声を上げるが、オレは構わず更に。
パァンッ!
もう一方の頬も張った。
「つぅっ!」
「ディー! あなた、何をなさるのっ!」
「目が覚めたか?」
抗議に応えず、オレは目の前の男を見据える。
赤く腫れていくほほを押さえた男の眼からはうつろが消えていた。
「い、痛いな、何を」
「あんた、いくつだ? いつまで過去に囚われている?」
「!」
「酷い扱いだったんだと思う。子供だからと許される事じゃない。それを注意しない大人も同罪だ。少なくとも身内の人間を貶めるなんて恰好悪い奴らだ」
「「……」」
掴んでいた胸ぐらを突き放すと、男は呆然とオレを見つめる。その目に縋りつくような色を認め、オレは内心で舌打ちをした。
このままだとこいつ、オレに依存してくる。いい加減にしろ。
お前を心配し、寄り添う奴がそばに居るだろうが!
「でもな、それに負けているあんたは、もっと格好悪い」
「な、なんだと!」
顔に当てていた手でテーブルを叩きつけ、男が立ち上がる。
その目に困惑と怒りの炎が埋火になってちらついている。
オレはその埋火を睨む。もっと、もっと大きくなれと心が叫ぶ。
「今のあんたは身体だけ大きくなった子供だ。辛い、いやだと駄々をこねてるガキに商会の支店なんて任せられんだろうさ。商会長も大変だ、こんな出来の悪い子供たちじゃあなぁ」
「…っ! あんた、あんたに何がわかる……っ!」
めらめらと目の奥で火が揺れる。
埋火に掛けたオレのおちゃらかしを燃料にして、真っ赤な焔が大きくなっていく。
怒れ、熾れ、もっと怒れ。
嫌な想いをその焔で蹂躙し、消し炭になるまで燃やし尽くせ!
「オレはお前じゃない」
徐々に大きくなる焔を見据え、オレは最後の言葉を放つ。
「つまらんトラウマを何時までも引きずってるお前など、商会どころか世間がそっぽを向いて笑うだけだ」
過去のオレと同じ痛みを抱える相手に贈る言葉だ、しっかり受け取れ。
そして大きく爆ぜるんだ! 過去と決別するために!
「な……んだ、とぉ!」
眼の奥が真っ赤に燃え盛り、オレに飛びついてくる。
椅子を蹴り倒して立ち上がり、オレと同じに胸ぐらをつかんで拳を繰り出してきた。
「ディー! やめてっ!」
モナンザの悲鳴とともに拳が眼前に迫り……
パリィーンン……
軽やかな音が室内に響き渡った。
言葉の暴力って、見えないだけに心の傷が残ります。
どれだけ深いのか、本人にも分からないから治りにくいし、
周りも気が付かないことが多いですよね。
今日もお立ち寄りくださりありがとうございます。




