閑話16~ 悪意の胎動 2 ~
新年第一弾……閑話の続きをどうぞ。
ガルマン帝国から神聖エリシオ教国までの間にはいくつか森がある。
最大のものは獣人国のあるアーカンドラの森だが、獣人たちが定期的に狩りをしているために比較的安全に通過できる。
逆にぽつぽつと点在する小さな森の方が要注意だ。
その中で争い、調子に乗った魔獣が時にケンカを売ってきたりする。普通なら空を行くために遭遇することはめったにないが、その時の翼獣は毒の影響で長く飛べなかった。
だからこそ、森の茂みをくぐって移動していたのだが、その音を聞きつけたファングウルフたちの標的となった。
グルルルルゥ・・・
(くっ、囲まれてしまった!)
ゆっくりと動く姿にたやすく狩れると見込んだのだろう、5頭ともよだれを垂らしながら徐々に包囲を狭めてくる。動かずに目だけで翼獣は周りを窺った。
(どれが最初に来る? 正面のアレ、それとも背後のこいつ?)
気配を探り、殺意の高まりを比べつつしばしの静寂。そして、次の瞬間。
ガオオッ!
真横の奴が突っ込んできた!
(負けないっ!)
そいつの顎から身をかわし、お返しとばかりに翼にある爪で胴体を切り裂いた。
ギャオゥンッ!
爪には『身体強化』と『毒(麻痺)』をかけてある。致命傷ではないが、あいつはそうそう立ち上がれないだろう。
ガウッ! ガオゥゥッ! ガアァッ!
間を置かずに他の3頭が突っ込んでくる。しかも微妙に時間をずらして!
必死に身をかわしたものの、鋭い牙や爪が身をかすっていく。
転がりながら爪をふるって足やわき腹へと打ち込むが。
(……ちょっと浅かったっ? いや、効いてる)
3頭とも足元がふらついている。『毒(麻痺)』が多少なりとも入った、か。
そのすきに逃げようとしたが、甘かった。
グルルオオォォッ!
最後に残ったひときわ大きいファングウルフが吼えると、『威圧』がかかった!
(うっ! こ、これは……まずい!)
一瞬だが身体が硬直したところへファングウルフが突進してくる!
(こうなったら!)
翼獣は大きく口を開け、叫ぶ!
『……っ! ……ィ……キィ…ッ……!!』
ゴアァァッ! ギャオオッッ!? キャンキャン! キュオォォッ!
動ける4頭が泣き声に似た叫びをあげ、頭を振ったりその場でぐるぐると回ったり。傍から見ると首をかしげる行動を繰り返している。
これは翼獣の奥の手、『混乱の息吹』だ。
音ではない音を発して相手の耳から脳を揺さぶり、一時的に混乱へ陥れる。連発できないのは翼獣が幼い所為だけで、大きくなればその問題もなくなるはずだ。
ファングウルフたちが混乱している間に翼獣は囲みを抜けて小さな木のうろに這い込んだ。
『隷属』の蔦にやられた毒が消えないうえに体力も消耗している。そんなところへあのファングウルフたちにやられたのだから、もう気を失う一歩手前だ。それでも見つからないように気配を消してやっと意識を手放す。
近くを探し回る魔獣の気配を感じながら、幼い翼獣はひとり、身体の回復を待つのだった。
そんなことを繰り返しながら、街道近くの草むらへと翼獣がたどり着いたのはひと月半後だった。
何故なら、あのファングウルフのリーダーにやられたのが翼の付け根だったことが原因だ。リーダーの牙に何らかの『毒』が仕込まれていたのか傷口が治らず、翼が使えずにいた。
仕方がないので地上をゆっくり進む形での移動となり、これほどの時間がかかってしまった。
(飛べたならこんな、地を這うこともなかったのに!)
翼獣にとって屈辱的な毎日だった。
下位種と同じように地べたを這いずるなんて、父や母、仲間の誰にも顔向けができないではないか!
そんなことを悶々と心の中で繰り返していると、道の向こうから懐かしい何か近づいてくる。
(あの気配! あれは……あのヒトだ!)
すぐにも飛び出していきたい、近づいてすり寄りたい。そう思う一方でしり込みする自分もいる。
(こんな姿であのヒトに会いたくない。でも、)
行きたい、行きたくない。正反対の衝動に動けなくなる。
その間に男は前を通り過ぎ、離れていく。決心がつかないまま、ふらふらと後についていき。
気が付けば、男に呼ばれていた。
おずおずと茂みの中から出ていくと男が顔をしかめ、『ヒール』をかける。
「……お前、なんか変な枷がかかってるな。それ苦しくないか?」
そう聞かれた。
『……無理』
「ん? なんて言ったんだ?」
『…外したい、けど、むり……』
(これは『隷属』の蔦。特殊だから外せないの……)
そう思ってうつむいていると、何やらやっている感じがして、
「ほら、こうすればどうだ。えい、うっとうしいなこの蔦は。『破邪』!」
(『破邪』!? 凄い! 光の、それも上級の魔法だ!)
ビックリしているうちに『隷属』の蔦はボロボロになって崩れ、消えていった。
あれだけ何をしてもびくともしなかったのに!
『……解けた…消えちゃった…』
久しく覚えなかった心地よさに心と身体が喜んでいる。
『自由に……なった……』
つかまる前の解放感があふれてくる。
「誰かに仕えてたのか? あんな縛りをかける相手なんて碌なもんじゃないぞ。止めとけやめとけ、せっかく自由になったんだ。走り回って来いよ」
そう言って笑いかけてくる男の笑顔が暖かい。その波動が懐かしい。
『走り回る……うん…走ってくる』
今すぐ寄り添いたいけれど、それよりもこの解放感に押されて空を飛びたい衝動が抑えられない。
(あ、そうだ、それよりも)
『注意して…アナタの事、狙ってる…この先で』
そう伝えると、笑顔がさらに大きくなる。
「ん、分かった。ありがとうな、教えてくれて」
『!…なぜお礼を、言うの?……』
(怖いことが待っているはずなのに、なぜ?)
「あんたの立場で教えるのは難しい事だろ? でも、言ってくれたんだから、ありがとう、だな」
その答えは予想外で、でも心にしみた。
『!……分かった…外してくれて、ありがとう…』
「これで貸し借り無しのチャラだ。また捕まらないようにしろよ、じゃあな」
手を振ってすぐにも歩き出そうとする男に寂しさを覚えてしまう。
『……また来てもいい?……』
(もっと声を聴きたい、そばに居たい! でも、今は空を飛びたいの!)
いくつもの願いが重なり反発し、翼獣の心は乱れて言葉にならない。それでも、問いかけることができた。その答えは。
「見つかるならいつでもいいぞ。そっちも気を付けてな」
『……ん……』
(ああ、良かった! また会える、会えたらもう離れない!)
喜びに胸を震わせ、幼い翼獣は翼を広げて飛び立った。男の姿がすぐに小さくなり、日の光が翼に、身体に照り返して銀色に輝く。自由に大空を飛び回り、駆け回り、そしてウラヴィスの元へと戻っていった。
それからの翼獣にとって、毎日空を満喫しながら男を探すのが日課になった。あちこちへ立ち寄り、『隠密』スキルを使ってここぞと思う場所へ潜入したり街中を散策したりとしているが、あれ以来一向に会えない。
(ん~、どこに行ったの、あのヒト。あの波動は間違えないんだけど)
…………その頃の男、冒険者ケインは南大陸へと飛ばされていたのだが、それを知らない翼獣はあちこち彷徨い、疲れてウラヴィスの元へと帰る日々だった。
そんなある日。
翼獣は待ちかねた波動をとらえた。
(あのヒト、あのヒトが居る! 行かなくちゃ、あのヒトの所へ!)
喜び勇んで飛んでいったが……結果は見るも無残なものだった。
『どうして受け入れてくれないの? 強い力を持つ、あのヒトがいいのに!』
翼獣にはわからなかった。自分は、自分の種族はこの世界の頂点に位置するのだと、信じて疑わなかった心が悲鳴を上げていた。
羽根に力をこめ、空を切り裂く勢いで飛び出したが、まだ幼い身ではすぐに力尽きる。
行くあてもなく、ただただ、ここに居たくない居られない……そんな思いが胸中を占めていた。
待ち焦がれたニンゲンに嫌われ、ウラヴィスにも否定された翼獣は、ふらふらと高度を下げていき、目の前の樹の枝にしがみついた。
(どうしてあのヒトはわかってくれないの? ウラヴィス兄もなぜあんなことを)
息を整えながらも想いはぐるぐると同じところを回るだけ。悲しみと絶望と怒りが渦を巻き、心がきしんで悲鳴を上げる。
体が震え、涙がにじむ。独りぼっちがこれほど堪えるとは今までわからなかった。
顔をうつむけて固まっていると。
「おやおや、こんなところに居るとはね。見~つけた♪」
わざとらしい明るさで、でも一番聞きたくない声が響いた。
「どうやったか知らないけど『隷属の蔦』、解呪したんだぁ。誰にやってもらったんだい?」
(…………)
「あ、『蔦』がないと会話もできないか。なら、もう一度かければいいだけだね」
その言葉半ばに翼獣は一気に飛び立った。相手の意表を突いたつもりだったが、
「逃がさないよ! やれっ!」
「「「はっ!」」」
三方から飛んできた『縛り』に羽根を撃ち抜かれ体を拘束されて地に落ちた翼獣に黒い影がかかる。
「ふふっ、もう逃がさないよ。今度はボクの実験相手にでもなってもらおうかな?」
霞む目で見上げたその顔は真っ暗で、尖った三日月のような笑みだけが浮いていた。
遅くなりましたがまずはご挨拶を。
新年あけましておめでとうございます。
その第一号が遅くなりました。
……気に入らない部分を手直ししていたらこの時間……(汗)
投稿寸前なのに訂正とは、とほほです。
こんな未熟な作者ですが、頑張って物語を綴っていきます。
皆様、今年もよろしくお願いします!(最敬礼)
…………見放さないでね?(涙目)
次から本編に戻ります。




