閑話15~ 翼獣の後悔 2 ~
後悔する場面がもう少々続きます。
翼獣が気をひかれたその先に居たのは。
男と少女ふたり、それと。
(え、あれはリッチ? いえ違う、リッチロードだ! あの闇の魔力、間違いない!)
ふたりの少女の脇には白と黒の獣がいる。どちらも今は気配を抑えているが、これとて侮れない。
残りの男は……
(……! このヒト、皆を隠すように魔力を使ってる! だから気付かないんだ、こんなに大きな気配なのに)
翼獣が気づいたのはほんの僅かな気の揺らぎ。気づいた後も、4人と2匹の姿は揺らぎ、どうかすると見えなくなる。翼獣は必死に自分のスキルを使って観察を続けた。
男が扉の脇に居たニンゲンに何かささやき、少女たちの後ろに回る。
反対側、一段高くなったところに居たニンゲン…監視するように言われていたバルラトゥール・カヴィラスが声を張り上げた。
「皆さんよく集まってくれました。忙しい手を止めてまで来てもらったのはほかでもない、この国の将来にかかわることだからです。今、この国は存亡の危機に瀕しています。何故かというと、王族が居なくなってしまったからなのです」
(何言ってるの、あんたが追い出したんじゃないか)
翼獣は心で罵る。あいつ……タケル・マティスに捕らえられて以来、声を出さずにいることが普通になってしまった。騒ぐと鞭が飛んでくるから。
その後も何やら得意げに話していたバルラトゥールだが、
「皆さんが賛成してくださることは分かっていました。これこそ、これこそ! 神の啓示なのです! 至高の光魔法の使い手たるわたくしがこの国の将来を輝ける明日へ導いていくことをお約束いたしましょう!」
そう高らかに宣言した時、少女から鋭い声が飛んだ。
「お待ちなさい、バルラトゥール・カヴィラス!」
(うわっ、これ……声を大きくする魔法と『威圧』がかかってる! こ、怖いぃ……っ)
リッチロードの『威圧』をまともに受けて翼獣の体に震えが走った。下位種と馬鹿にしていたものから受ける強大な力に翼獣の心が揺れる。
(なぜ? なぜこんなに怖いの? 翼獣が一番だと思っていたのにこの力はなんなの?)
スキルを途切らせないように保つのが精いっぱいの翼獣だが、その視線は……なぜかふたりの間に挟まれて移動している男だけを見ていた。
リッチロードの『威圧』はまだ続いている。それも怖いが、あのヒトの魔力はもっと大きい。それこそ、リッチロードよりも。
(あのヒト! あの魔力、凄く大きい! でも、怖くない。あのヒトの魔力は……とても暖かい)
今も本人とリッチロードを包んでいる魔力から受ける波動に、翼獣は酔いしれた。
(あのヒトのそばに居たい……居たいのに……)
少女たちとバルラトゥールが何か言葉でやりあっているのを聞きながらも、翼獣の意識は男に向けられていた。だからこそ分かった。男が組み上げた古代魔法の力の大きさに。
しっかりと組まれた魔法陣が赤く染まり、次いで白く輝きながらバルラトゥールの持つ杖に、それも魔獣ゲイザーの瞳に向かって勢いよく突き刺さっていく様は、神の審判で下される光の剣かと思えるほどに眩しく、そして容赦がなかった。
「な、な、何を発動したっ! こ、こんな大きな力を誰が動かしたのかぁっ!」
取り乱して騒ぐバルラトゥールの手に握られている杖がボロボロと崩れていく。跡形もなく、原形すらとどめずに、杖は消滅した。
それを見て翼獣はもうひとつの命令を思い出した。
(あっ。あの杖を回収して来いって言われてたんだ……無理、だよね)
命令されたことを間違えた時のお仕置きはひどいものだ。いつもはただ体に絡みついている『隷属』の蔦がぎりぎりと全身を締め付けて棘を刺し、毒を流し込んでくる。痛みと苦しみにのたうち回るさまを見て、あいつは笑うのだ。
失敗した時の苦痛を思い出してブルリと身を震わせたものの、ちょっといい気分になる。
(あんな奴の言うとおりにならなくていい。壊れてよかった……あのヒトが壊したんだから)
その後、キレたバルラトゥールが過剰な光を集めすぎて暴走しかけたが、少女たちと2頭の獣が調整して何事もなく収まる。
(あの獣たち、聖獣だ。ウルヴィスと同じ波動が出ている……!)
次々に出てくる事実に、翼獣の頭はすでにパンク状態。でもそろそろ限界だろう。
未練たらたらに隠れ場所から身を引こう……とした時。
転げる勢いで兵が広間に乱入してきた。
「ほ、報告しますっ! 城外の平原に、軍が、軍隊が押し寄せてきていますっ!」
「召喚された『勇者』たちが、一緒なんですっ!!」
(『勇者』!? あの、異世界から呼び寄せたっていうヒトたち!?)
『勇者』と呼ばれるニンゲンがどれほどのものか確認しようと、翼獣はその場を離れる。
本当はあのヒトをずっと見ていたかったのだが、状態異常の解除に伴う罪悪感と軍隊の出現に慌てふためくニンゲンたちの気の揺らぎがあまりにも大きすぎて、翼獣のスキル『隠密』を蹴散らしかねないのだ。
本来ならそんな中でも使えるスキルなのだが、いかんせん翼獣が幼過ぎて使い方が拙いのが現状だった。
張り付いていた城の壁からふわりと身を浮かせ、翼獣は軍隊がいるという方向に向かった。
(もしアレらがあのヒトよりも強いなら、そっちについてもいいかな)
そんな淡い期待を抱いて来てみれば。
(何あれ、使えない。クズばっかり……持ってる力は大きいみたいだけど。使えないなら要らないの)
あっさりと見限って、翼獣は空へと舞い上がる。
(あのヒト。あのヒトがいい。上位種に相応しい生き物なの。ああ、こんな蔦がなかったらその場でついていくのに……!)
それは翼獣にとって初めての感情だった。それは執着にも等しいほどの熱情を伴って翼獣の中に根付いていった。
ガルマン帝国の帝都オールマス、その帝都の西外れにある魔道具省。翼獣は今、自分の見たままを淡々と、感情を交えず報告していた。
翼獣の前に居る男……タケル・マティスは頬杖を突きながら聞いている。
杖が壊されたこと、その時に発動した魔法の事をいやいやながら伝える。『蔦』の強制力には逆らえないのだ。
回復していく体力を感じながら翼獣はひとつの事だけを考えている。
(あんな奴ら必要ないの。あのヒトだけがいい)
そんな思いに反応してか、次に出された命令は翼獣に衝撃と歓喜を与えた。
「興味もあるけど……それより脅威になるかもしれないな。一度見てみたい。その人間の動向、見張っていてくれ。邪魔が入らないところ……そうだな、街道の途中辺りで逢ってみよう。いいな?」
『…ハイ…(ストトッ)』
翼を動かして窓から出る……ふりをして、翼獣は外壁にぶら下がった。中にいるあいつにはわからないように気配を消す。そのまましばらくじっとしていると、声が聞こえた。
「……行った、ね。ふう、まったく扱いづらい奴だよ。もっといいのが居ないかなぁ……あれしか候補がなかったから仕方なく隷属したけど、反抗するからな……そろそろ始末する時期かも、な……」
誰もいないと思っているあいつの独り言に本音が透けて見え、以前から薄々感じていた疑惑に確信が持てた瞬間だった。
(やっぱり! このままでは殺される……!)
見下している下位種に命を絶たれるなんてこと、考えたことがなかった。でもそれは実際に起こりうることだと、本能が訴えてきている。体が危機を覚えて細かく震えた。
あいつの気配が遠ざかる。パタン、と扉が閉まる音でようやく緊張が解け、翼獣は今度こそ飛び立った。
毒に侵された体力はまだ完全に回復していない。けれど、それよりも翼獣の心を占めていた思いは。
(早く、早くあのヒトに会って、危険を伝えないと!)
その思いに突き動かされ、翼獣は力の入らない翼を懸命に動かして薄暗くなった空を駆けていった。
過去の場面を翼獣の立場で見ると……こうなりました。
一言で言うと我が儘娘、ですね。訳アリではありますが。
これが本年最後の更新となります。
来ていただいた皆様、本当にありがとうございました!
2023年が皆様にとって素敵な一年となりますように。
良いお年をお迎えくださいませ。
来年は6日から開始いたします。




