閑話14~ 翼獣の後悔 1 ~
閑話をいくつか挟みます。
ケインに嫌われたアレのお話です。
彼の翼獣は元々南の大陸で生まれた。父と母、そして同じ繋がりを持つ翼獣たちに教えをもらいながら毎日を過ごしてきた。
『翼獣はこの世で一番強く美しい』
『世界に愛されし翼獣は孤高を尊ぶ』
『翼獣はすべての生命の頂点にある上位種である』
『下位種に関わるな。穢れが伝染する』
そう言い聞かされ、何の疑いもなく受け入れてきた。実際その地には翼獣しかおらず、幼い翼獣以外の誰もが圧倒的な力を持っていた。
聖獣が棲むという火の山を挟んだ向こう側には別の種族がいるらしい。でも、そのことに触れる翼獣はいなかった。
幼い時に一度、両親にそのことを聞いてみたことがあった。
父は顔色を変え、『あの者どもの事は口にするな!』と叱られた。
母は見たこともないほど不機嫌になり、何も言わずにその場から立ち去ってしまった。訳が分からないながら、幼い翼獣は今の質問が両親を怒らせたのだと知った。
両親にはもう聞けない。でも知りたい。成長するにつれて幼い翼獣の中でその願いは大きくなっていった。
偶然にも、その願いはかなえられた。自分よりやや年上の翼獣によって。
『あのね、あの山の向こうにはね、巨人族と小人族がいるんだって!』
そう言って目を輝かせたのは、白い毛並みと赤い目を持つ兎翼獣だ。
翼獣に個々の名は無い。そういう物だと言い聞かされてきたのだ。それに、話したい相手に向けて気を送るだけで気づくし、話せるから不自由もない。
『巨人族はね、ゴーレムだったんだって! 信じられる? あの、ゴツゴツした表情のない岩の塊だったなんて!』
そう言って兎翼獣は笑い転げる。この子は笑いの沸点が低くていつも何かしら笑っている。朗らかな性格も相俟って、みんなから好かれていた。
『でねでね、小人族は小っちゃくて柔らかいの! 泥から出来たからなんだって言ってたよ。うっそみたいだね!』
『そんなこと、どこで聞いたの?』
『あのね、ほら、皆から離れて暮らしてるのがいるでしょ。そこからなの』
幼い翼獣はびっくりした。何故なら……
『あそこには近づいたらいけないんじゃないの? そう教えられたよ』
『あら、お利口さんね、あなた。ちゃんと言いつけを守ってるなんて。うんうん、いい翼獣になれるわよ~!』
『茶化さないでよ。どうして……』
『決まってるじゃない、面白いからよ、あたしが!』
そう言ってころころと笑う兎翼獣。あとで母に怒られた。兎翼獣は人気者だがその分トラブルメーカーであると。いろんな噂話をあちこちでばらまき、右往左往する皆を見て笑い転げているのだという。
なぜそんな問題児を野放しにしておくのだろう。
母は顔をしかめていた。それはニガヨギ草をかんだ時に似ていた。
『翼獣はこの世で一番強く美しい。でも数が少ないのよ。だから、そのままにしているのよ』
その直後、異変が起きた。地面が揺らぎ、地割れができた。
地面を這いつくばる種族にとって、地震は恐ろしいもの、でも翼獣にしてみれば何のことはない。空へ向かえばいいのだから。
でも、その異変は地割れだけじゃなかった。真っ黒な「穴」があちこちにできて、近くに居た翼獣たちを吸い込もうとした。
よろめきつつも、大人の翼獣はその吸引力を振り切って空へと逃げた。でも、小さな翼獣が逆らうことは無理だった。
『! 駄目っ、逃げてぇーっ!』
母の悲鳴を聞きながら幼い翼獣は「穴」に吸い込まれ、意識を無くした。
『次に気づいたらここに来ていたんだ。下位種しかいない、この大陸に』
戸惑い、なすすべもなくうずくまっていた翼獣を拾い上げたのはドラゴン……この大陸で『聖獣』と呼ばれる、数少ない上位種だった。
喜び勇んで翼獣は事の経緯を話し、訴えた、のだが。
そのドラゴン、ウルヴィスは翼獣の言葉を聞き、顔をしかめた。
『おぬしの言う事、分からぬでもないが。その考えは改めるべきだな』
『え、どうして?』
『生きる者たちに上位、下位と差をつけるのがおかしいのだ。生命はどれも等しく尊い。そのように神は造られた』
『そんなのおかしいの。母様は、皆はそう言わなかったの!』
『……まあ、おぬしの種族はいろいろあったからそう思うのも無理は無かろうが』
『いろいろって何!』
そう問い詰めても、ウルヴィスは言葉を渋る。
『おぬしを元の大陸へ返せるよう考えてみよう。その話はおぬしの母か大人の翼獣たちから聞かせてもらうことだ』
そして繰り返し上位下位の考えを改めるように言われたのが気に食わなくて、翼獣はウルヴィスを振り切って飛び出し……あの男に見つかったのだ。
あの、闇を操る下位種のニンゲン、タケル・マティス。
「へえ、キミ変わってるね。聖獣の気配がする。ボクに仕えないかい?」
『下位種のあんたなんかいらない! そばに寄らないでなの!』
「下位種、ねぇ。いいよいいよ、逆らってくるとは面白い。なら力比べだ。ボクから逃げ切れるかな?」
そう言って、翼獣に飛ばしたのは『隷属』の蔦。
『下位種の魔法なんて怖くないの!』
翼獣から見てもそんなに強いものではなかったが、それはブラフ……目くらましだった。
飛んでくる魔法を蹴散らし身をかわしたところへ、
「あはっ、引っ掛かったね! それ!」
頭から投げかけられたのは魔力を抑える網だった。まともにかぶった翼獣は態勢を崩してうずくまる。
『な、なにこれっ!?』
「言い間違えたな。力比べじゃなくて知恵比べだったよ。ごめんねぇ?」
悪いとも思っていない表情で近寄ってくると、
「こっちが本命さ。さあ、どうかな?」
さっきとは段違いな力を込めた『隷属』の蔦を翼獣にかける。魔力を抑えられ、動きを封じられた翼獣に逆らうことはできない。
『くっ……ああっ! 嫌、い、や、なの、っ……!……』
「さあ、そろそろいいかな。どうだい、もう逃げないだろ?」
『……ハイ、ご主人、サマ…』
「アハハハハ、そうさ、そうしておとなしくボクの言うことを聞いていればいいんだよ。逆らうことは許さないからね」
『…………ハイ…………』
自由を奪われ、翼獣は従うしかなかった。どれほど相手を蔑み、自分を憐れもうと『隷属』の蔦は解除できなかった。
それから5年。
翼獣の持つ『隠密』能力を使い、あちこちに忍び込んで情報を集めては報告していく毎日だった。それらを使い、タケル・マティスは魔道具製作省の筆頭チーフに上り詰めた。彼にとって翼獣は使い勝手のいい道具であり、手放すつもりがないことは明らかだった。
(こんなの認めない! 絶対に逃げてやる!)
せめてもの抵抗で、『隷属』の蔦を解除しようとあれこれやったため少しは緩んできたが、その反抗をニンゲンが鬱陶しく思ってきていることにも気づいていた。
このままだと使い潰された上に何をされるかわからない。逃げ出す機会を窺いながら過ごしていたある日。
神聖エリシオ教国へ行くように、と、命令が下った。
そこはかねてから自分を拘束しているニンゲンの国が狙っていたモノだった。
(下位種のニンゲンが考えることって野蛮なの)
奪ったり奪われたりを繰り返す、どうしてそんなことを続けるのか翼獣にはわからない。
自分が支配する場所を広げるのは気持ちいいけれど。
(下位種の生き物がいるなんて、うっとうしいだけなのに)
上位種の自分達だけならまだしも、わらわらと群がる下位種は面倒ごとの種にしかならない。
(本当に、下位種は邪魔なの……つまらない)
今回命令された神聖エリシオ教国の騒動とて同じだ。今までその国の一番上に立っていた血筋のニンゲンを引きずり下ろして、自分が成り代わろうというだけの話なのに、なぜこれほど面倒くさい方法をとるのだろうか。
(わざわざニンゲンたちを集めてえらそうに演説して。馬鹿みたい……ん?)
その時けた違いな魔力を感じた翼獣が目を移した先には。
扉のすぐそばに立っているニンゲンたちだった。
(何だろう……下位種の人間なのに、目が離せない)
翼獣にとって、それは初めての感覚だった。
翼獣はマルタ・ストルス大陸の産ですが、色々訳アリ物件……。
その辺もまた物語に混ぜて語っていきます。
ちょっと遅れましたが、おいでいただきありがとうございます。




