第153話
何はともあれ挨拶せねば。
そう考えながらオレは立ち上がってバイコーンに対峙する。さっきの発言で何やら怒らせたようだしな。
「『虚空』を見せてくれと、ユーディが駄々をこねてたんだ。もとより使う気はないよ」
そう答えると、やや怒気が薄れたようだ。
『ほお、その気はないのだな? ならばよし。であるが、おぬしはいかなる手段にてここに居るのか? 外はうず高い雪の中であるのにだ』
ああ、それは不思議に思って当然だろうな。
さて、何と答えようか。少し迷って顔を上げたら、こつん、と頭のてっぺんに何かが当たった。続いてスンスンと息のようなものが髪にかかる。
「ん、なんだ……?」
『おお、この香りはなんだ! このように心惹かれる香りは今まで覚えがなかったぞ!』
そして次に、嘗め回されるような感触が続く。
『おお、おお! この、何とも言えぬ甘くうずく感触が堪らぬ! これほどまでに吾輩を魅了するとは、おぬしはいったい何者であるか!』
…………バイコーン、あんたもか。
馴染のある反応に思わずため息がもれそうになる。
なんちゅう出会いなんだ、まったく。
一向に頭から離れようとしないバイコーンの顎をグイッと押し戻して数歩下がる。
「いー加減にしろよ、もう。オレは飴じゃないんだからベロベロするんじゃない」
『そ、そんな殺生な。吾輩をこうも引き付ける香りをもう一度……!』
「やだよ」
『洗浄』と『乾燥』をかけてきれいにしながらも注意を怠らない。その場で地団駄を踏んでいるあいつがいつまた嘗め回しに来るかわからないからな。
「しっかし参ったな。これが聖獣とは思いもよらなかったよ」
オレの「聖獣ホイホイ」はいまだ健在のようだ。
『うわぁ、サテュールがそんな反応するなんてぇびっくりだぁ!』
足元から上がった声はユーディか。へえ、サテュールって言うんだ。
「キュキュ~キュルル~(久しぶり~相変わらずだっちゃ~)」
オレの肩へと駆け上ったオーリィが鼻づらを向けて立ち上がる。
『お? アーミンの長ではないか。こちらへ来るとは如何した?』
「キュルキュ。キュルルッキュキュキュ!(まあいろいろだっちゃ。それよりも、ここの暴走を抑えてないのはどういうことだっちゃ!)」
『あ、あれは、のう……ちと事情があって』
「キュルッキュッ!……キュキキイィ~?(連絡も何もなかったっちゃ!……約束を反故にしたいのかな~?)」
前半はともかく、後半部分は怖かった。特にドスの効いてる部分が。ここだけ聞いていると、まるでどこかの組〇務所のようなんだが、ここはちがうよ、な?
「キキッ! キュイキュキュッ!(甘いだっちゃ! もっときっちり管理しないと危ないだっちゃ!)」
『そ、そうは思うのだが、な……』
「なあオーリィ、お前アーミンの長だったのか?」
言い争いを続けるふたり(?)に割り込むのは少々勇気がいったものの、ここで聞いておかないと有耶無耶になっちまうからな。
「キュ~……キュルルキュルル(ん~……今はそうだけど元々交代制だっちゃ)」
「交代制?」
「キュルッ! キュルルキュキュ~(うんだっちゃ! アチシらの種族特性があるからね~)」
「種族特性……」
『アーミンは個々の情報を共有できるのだよ、種全体でな』
なんだそれ、凄いじゃないか。
『この者たちはどのような過酷な環境であっても生き延びていける、強い種族だ。大陸中に散らばり情報を集め、それを共有する。大陸のバランスを崩すことの無いように。……シィラ様の望みを叶えるために』
ん? 今の言葉に知らない名前があったな。
「キュルキュッキュ(関係ないっちゃよ、アチシには)」
『そうか? だが、それは大きな枷となったであろう? おぬしらにとってはな』
「キュキュ~。キュルキュルキュッ(何をいまさら~。アチシらがずっとやってきたことだっちゃ)」
気の毒そうに言葉を連ねるバイコーン…サテュールだが、オーリィは軽く受け流している。その温度差に違和感を覚えるも、当面の問題はそこじゃない。
「済まんが、先に解決しておきたいことがある。あんたにも聞いてもらっていいだろうか?」
『おお、何かな? おぬしの言う事なら最優先で聞かせてもらおう!』
弾んだ声で返してくるサテュール。目を輝かせ、鼻息荒く近寄ってこようとするのを手で押しとどめる。
「イシス、この聖獣にも聞かせていいか?」
『勿論でス。サテュールはゴラン山脈を治メテいますから、わたくシ よりも状況の把握がデキましょう。是非とも協力をお願いセねば。』
うん、『門番』が言うなら間違いないな。
『ほお。名前をもらったのだな』
サテュールが感慨深げに言葉を発する。
『ええ、先ほど戴きマシた。
サテュール殿、お山に変わっタことはないでショウか?』
『変わったこととな。……そうさの、少し前にニンゲンがいきなり現れおった、らしい』
『いきなり、デスカ?』
『そうだ。その時吾輩はちとここを離れておったのでの、詳細はわからんのだが、駆け付けてくれた仲間に聞いた話では、既にこと切れてしまっていたらしい。雪崩にでも巻き込まれたのであろうか?』
「それだ!」
『それ、とは?』
「サテュール、わかる限りでいいから教えてくれ。そいつらはどんな服装で何を持っていた?」
『そういえば…不思議なことに防寒用の服や寒さしのぎの道具を一切持っておらんかった。黒い上下の服と手に何やらちいさな機械を持った者の周りに、同じような服装のものが3人いたが、誰もがそのような有様でな。なにせ吹き溜まりの雪の中におったのだし』
「やっぱりな。それ、『空間転送』で送り込まれたんだと思う」
あいつ、間違いなくここを狙ってるな。
『『空間転送』だと!? ふむ、確かにあの魔法ならそ奴らの状況も頷けるな。だが、なにゆえにそう思う?』
サテュールが目を細めてオレに訊いてくる。
「ガルマン帝国が古代遺跡に目をつけていてね。魔石を算出する遺跡を持っているんだけど、そこがもう枯渇する寸前なんだ。だからこの遺跡から魔石をもっと手に入れようとしてくるんだと思う」
そうなる前にここを封鎖しておきたいんだよな。
オレの言葉に大きくうなずくサテュール。
『その方針には吾輩も同意しよう。搾取するだけが目的の輩に渡すわけにはいかん! ユーディ、ここのドームの設定を変えるのだ!』
雄々しく嘶きを上げるバイコーンの姿は猛々しく、まさに聖獣としての品格にあふれている。
でも、何故ユーディに言いつけるんだ?
首をかしげるオレに、
『ユーディには魔道具を作る機能がアるのデスよ。この国に渡された魔 道具はほぼすべてあの子たちが造り上げたものですから』
なるほど、と頷きかけてオレはさらに首をひねる。何か今凄い言葉を聞いたぞ。
『あの子たち』?
オレの疑問をよそにサテュールとユーディの会話が続く。
『ん~……設定を変えるのぉ?』
『そうだ。お前とて今のここを荒らされたくないであろう? 悪しき事を企む輩を締め出さねばならぬ。それをなぜ躊躇っておるのだ?』
『……設定を変えるにわぁ、魔石が必要なんだ、けどぉ……
今、それを使うと……』
『……! そうか、ならば無理、だな……』
ん? なんか変な会話だな。オレの知らない事情が挟まってる感じだが。
「サテュール、ユーディ。何の話をしてるんだ?」
聖獣の顔がこちらを向く。なんだか申し訳ないような……?
『済まぬケイン。ドームの設定変更が可及的速やかにしなければならぬ事と理解しているが、それよりももっと大事なことに魔石が必要なのだ。それも大量に』
「もっと大事な事?」
『うむ。この遺跡を支える『イシス』の動力源を造らねばならぬのだ』
『早く造らないとぉ、おばちゃん、いえイシスが止まっちゃうの。
あともう少し魔石があればぁ、魔虹石ができるんだけどぉ……』
「……ひょっとして、さっきの山を削ったって話、魔石を大量に採取するため、なのか?」
「そうだ。イシスが止まることだけは避けたいのでな。苦渋の選択ではあるが、分かってほしい、ケイン』
「……」
『イシスが居なくなるとぉ、わらしもダメになるの。
ごめんねぇ、お願いが叶えられなくて』
どぉしよ、この状況。シリアスで重~い雰囲気なんだけど、ここでアレを持ち出すんかい?
でもな、そうしないと先に進めないよな……。
「あのさ、イシス。……これ、魔虹石で間違いないよな?」
オレがあっちの大陸から持ってきた石をイシスの前に差し出すと。
『……エ、本当に』
『ま、魔虹石ってェ……』
『なん、だと?…………』
『『『ええええええぇぇぇっっっ~~~!!!』』』
三者三様のびっくり声がドームの中に響き渡った。
こういう時ってきまり悪いですよね。
気になる終わり方になりますが、ここで閑話をいれます。
少し長くなりそうなので章を切ろうかと思いまして。
続きは改めて。
読んでくださり、ありがとうございます。




