第146話
コンラッドの第一印象が大きく崩れました(笑)
やれやれ、面倒くさいのに関わっちまったなぁ。
ぶすくれながら紅茶を飲むコンラッドを目の前において、オレはため息をついた。
まだ本題にも入っていないのに、この疲労感はなんだろう?
「オレに聞かせたい情報ってのはそれだけなのかコンラッド?」
ため息ついでにそう問いかけると、
「あっ、いえ、失礼しました」
あちらも思い出したんだろう。慌ててカップを置き、背筋を伸ばした。
「衝撃的な事実と乱獲が心配のあまり、先走ってしまいました。申し訳ありません。実は、スノーキャンターの現状についてケインに知っておいてほしい事ともうひとつ、お願いできないかなと思っているんです」
「スノーキャンターの現状とお願い?」
なんだそれ、と思ったオレはおかしくないよな。
「いま公国が保有しているスノーキャンターの数、覚えていますか?」
言われて俺はさっきの記憶を掘り起こす。
「確か8頭、だったよな。29年前、19年前、15年前、12年前に各1頭、25年前と5年前に2頭ずつ」
それで合ってるよな?
「ええ、そうです。それだけしかいません……450年近く続いてきたウーランダ公国なのに、なぜか」
はい?
「え、嘘だろ?」
「いえ、事実です。我が公国に、スノーキャンターが居着かないんです」
「……そんなに扱いがひどいのか?」
「なっ、何言ってるんですか! 我々を侮辱する気ですか?」
あやや~、自分で身分ばらしてるよこの人。
「自分が言ったんじゃないか、この国に定着していないと。なら、この感想は当然じゃないか?」
「ぐっ……た、確かにそう、ですが」
「むしろ、それ以外の理由って思いつかないが……」
でもなぁ、とオレはさっきの光景を思い出す。御者のチャグルが馬たちに向けていたあの優しい感情が嘘だとは到底思えない。冷遇なんてありえない。じゃあ、何が問題になる?
「スノーキャンターって……子供を造らないのか?」
「……ええ……どんないい馬をあてがってもなぜか拒否するんです。そして……」
「そして?」
「どれほど長くいても、50年が最長なんです。それ以上には絶対に無理なんですよ!」
もう最後は吼えるような声になった。
「その年数ってどこから持ってきた?」
「今までの事例です。所有、いえ、飼い主が死亡するとすぐにいなくなることが判明しています。あと、飼い主が仕事を辞めた際にも居なくなりました」
そうか、仕事の後継ぎ問題もあるのか。
「後継者が居なかったのか? ふつうはいるだろ、息子とか親戚のだれか、とか」
一般庶民の仕事って後継者が大抵決まっていたはずだ。でないと、その地域にとっても大打撃になるんだから。
けれど、コンラッドの顔色はますます悪くなる。
「ケインも見たでしょう、チャグルに対するスノーキャンターの態度を。あの魔獣は最初に出会った者の言う事しか聞きません。たとえ家族であってもです」
「……後継ぎであってもスノーキャンターまで引き継げない、のか」
「そのとおりです」
そう言ってコンラッドは胸元から何かを出してオレの目の前に置く。盾のような枠が黒糸と銀糸で縁取りされている中に、色鮮やかな刺繍糸で馬が2頭描かれている、が……いや待て。これ、馬じゃ、無い……?
「角が2本ある?」
「これはウーランダ公国の紋章ですが、描かれているのはバイコーン様です」
「バイコーン……」
あれ? バイコーンってあまりいい意味ではなかったような……
「他の国はどうか知りませんが、我が公国にとってバイコーン様は大事な神の御使いなのです。こうして紋章にすることすら恐れ多いのですが」
え、そうなの。
「その大本となるは遥か昔、降り積もる雪に息の根を絶たれんとした我らを哀れみ、清らかなる光を角に宿されたバイコーン様が降り立たれたのです……!」
な、なんかいきなり昔語りを始めたぞ、この貴族様!
それから小一時間ほど、ウーランダ公国建国秘話についてコンラッドが延々と語っていたんだが。
内容としては簡単だ。
大昔……どのくらい昔かわからないが……この大地は暖かな気候が年中続く場所だったそうだ。農作物だけでなく野にも山にも食べ物はあふれんばかりにあったという。
そんなユートピアに住む人々は当然のごとく穏やかでおおらかで正直で真っ当で……みんな仲良く、ゆったりと過ごしていた。
(何それ、どこのエデン?)
と思ったオレは悪くない、はず。
だが、そんな生活の中に割り込んできた輩が居た。そいつらは南の山々を越えてユートピアに降り立ち、こう宣言したんだとか。
『ここに湧き出でる大地の気は極上である。これならば我が一族の
悲願にも届くであろう。もらっていくぞ!』
何のことはない、強盗である。訳が分からず右往左往する人々を尻目に、よくわからない機械を起動させて大地の気……要するにエネルギーかな……を根こそぎ奪っていったんだそうだ。
その所為で穏やかな気候が徐々に寒くなり、植物は言うまでもなく枯れ果て、動物たちもこの地から離れていく。そして空気は極寒の冷気を放ち、抜けるような空は厚い雲に覆われて年中雪が降るようになってしまった。
そんな環境に耐えられるわけがない。人も動物も相次いで倒れていき、かろうじて洞窟に逃げ込んだ者たちもゴリゴリと命を削られて、タイムアウトまで秒読み段階に入っていたその時。
降りしきる雪をものともせずに空から(?)駆け下りてきたのがバイコーンだった。
「対の角に蓄えたる大いなる力を大地へと流し込まれ、我らの祖先をお救い下されたのです!」
感極まって涙を流しながら語るコンラッドの雄姿には拍手するけども、だよ?
何がどうなったんだよ?
「で?」
「つまり、ですね! バイコーン様は温泉を湧き出させてくださったのですよ!!」
フンスフンスと鼻息荒く、コンラッドは両手を天に突き上げる!
「嗚呼! 偉大なるバイコーン様! あなた様の無限なる愛に渾身の尊敬と感謝を!!」
「あー……つまりだな、バイコーン…さま、が、大地の気を呼び戻してくれた、と理解すればいいのかな?」
あっぶね~、バイコーンを呼び捨てにしかかった時のあの目つきが怖かった~。コンラッド、どこまで信者なんだ。
「バイコーン様が呼び戻してくださった温泉の周囲は雪が降ることもなくなり、以前と同じような環境へと戻ったのです。それだけでなく、バイコーン様はいろいろと手助けをしてくださったんですよ! もう、神にも等しい存在なんです!」
温泉で環境を戻した後にも、バイコーンはちょくちょく現れたらしい。そのたびに何かしらの恩恵をもたらしてくれたと言うが。
「魔道具を持ってきたって?」
「水を生成する道具に植物の成長を促す道具、街を形成するためのレンガや石板を作る道具など、数え上げたらきりがないんですが、何より素晴らしいのは」
唐突にマシンガントークを打ち切って席を立つと、窓の近くへ移動する。そして、外を指さした。
「ケインは気が付いてますか、この宿場町を覆う結界を? 降り続ける雪を弾いて寄せ付けず、町の周囲に影響を及ぼさぬよう消滅させる技能を組み込んである優れものです。これをバイコーン様から頂戴した時、我が国の歴史が始まったのですよ!」
「……それはこの、ドーム状のものの事か?」
オレもコンラッドの横に立って窓の外を見上げる。
馬ソリから降りて街中へ入ってきた時から感じてきた違和感がやっとわかった。この宿場町の道にも建物の屋根にも、雪が見えないんだ。体感温度はさすがに冷たい……ようだけど。
空を見上げれば、雪が舞い降りてきているのがわかる。けれど、決して地面にまでは届かない。建物の屋根の少し上あたりで雪が弾かれ、溶けて滑り落ちていく。気温から考えてもあり得ない現象だ。普通は凍らないか?
「凄いでしょう? さすが我らのバイコーン様です!」
確かにな。
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