第143話
峠をやっと降り切りました。
とっさに振り上げていた手を『バインド』で止める。
「な! 動かねぇ!?」
「小さな子供に暴力はないだろ」
振り向いた男に思いっきり軽蔑の視線を向ける。
「このガキ、俺にぶつかってきたんだ! しつけの悪い子供にはお仕置きだろうが!」
「だからと言って大の大人が拳を振りかざすのか?」
大方、怖がった子供が母親の所へ行こうとしたときに揺れて、男にぶつかったんだろう。
「しつけは親の役目だ。赤の他人が母親の目の前でやるもんじゃない」
子供はおびえた顔で母親に縋っている。よほど怖かったに違いない。周りの乗客もうんうんと頷いている。その雰囲気を感じた男は苦い顔でオレを睨んだ。
「ふんっ、かっこつけやがって! 放せってんだよ!」
「もう解いてるよ。それよりいいのか、荷物から手を放して?」
「なに、がっ……うおっ!」
振り向いてオレに突っかかってこようとしたが、その時を狙ったかのように大きく車体が揺れたため、荷物が膝から飛び出しかけた。慌てて荷物を膝に抱え込もうと腰を浮かす。おいあんた、揺れる車内で立ち上がっちゃマズいだろ!
「おわっ! ちょっ、あぶなっ!」
案の定そのまま前のめりに飛び出しかける。そうだ、こいつ、ベルトしてないんだった!
とっさに『身体強化』をかけて腕を伸ばし、男の服をつかんで席へと戻す。
ドスンッと音を立てて身体が椅子に戻り、その拍子に荷物が男の腹を打ち付けた。
「ぐうぅっ! 何するんだっ!」
「席へ引っ張っただけだ。ベルトくらいしろ」
噛みついてくる男に注意する。やることもやらないでよくもまあ文句が言えるな。
「俺にけがさせるつもりかあんた!」
「そうなら今あんたを引っ張らずに放っておいた。余計なことだったみたいだな」
「…っ! だ、だけど、他にやりようがあっただろ!」
「ほう、例えば?」
「た、たとえば、って……っ!」
冷たい視線とともにピンポイントで殺気もプラスしてみたら、文句が尻切れトンボになった。ははっ、よく効いたな。
「さっさとベルトして座ってろ。次に何かあっても知らんぞ」
一言言って知らん顔を決め込んだ。まったく、久しぶりの雪遊びにワクワクしてたってのになぁ。
まだぶつぶつ言っていたが、オレが相手にしないから愚痴も罵倒も宙に浮き、霧散した。渋々ベルトを締めている男に周りの視線が突き刺さる。しばらくは居心地悪そうにしていたが、最後にはふてくされて荷物を抱え込み、その姿勢で顔をかくした。さすがに堪えたらしい、いい気味だ。
それにしても『バインド』って結構使えるんだな。あの若い衆がオレに使っていた魔法だけど、これ、役に立ちそうだ。
それからも暫くは跳ね上がったり揺れたりしていたが、ふもとに近づくにつれてその頻度も収まっていった。突風もそれほどひどくなくなったので、窓の外を楽しむ余裕も出てきたみたいだ。速度は相変わらずだったけどな。
天井で誰か(多分助手だろうな)が車体の後ろへ移動してきた。何をするのかと思っていたら、軋むような音が響き、それとともに速度が徐々に落ち始めた。なるほどブレーキに代わる何かをやったんだな。
オレの前の席に居た人が大きく伸びをしている。この人常連らしく、後ろ向きのまましっかり寝ていたんだよ。つまり、前向きのオレと向い合せなわけだ。
「もうすぐ着きそうですな。速度が落ちてきましたし」
「そうか? まだ前方に何も見えないんだが」
オレが首をかしげると、
「ああいや、まだだいぶ手前ですよ。でもこの馬ソリは、これくらいから速度を落とさないと門の前じゃ止まれなくなりますからねぇ」
苦笑いしながら教えてくれる。
ちなみに速度の落とし方は、下にある滑り板(スキー板じゃなく)を立てて、その上道と直角にするんだとか。要するにエッジを使うって事かぁ?
やっぱりスキーと一緒なんだと納得してしまったよ。
窓から見る景色がコマ送りではなく普通の景色となってきた。終点が近づいてきたな。
「えー、乗客の皆さん(どうどうっ! こらぁっ!)そろそろ北の(もう終わりだってば!)ふもとに到着しますです(これ以上突っ走るんじゃねぇぇっ!)。 …降りられる準備(落ち着け、落ち着けって!)をお願いしまぁす!(よーしよし、後でまた走らせてやっから! な!?)」
内容は普通のアナウンスだが……合いの手が面白すぎる。どうやらまだ満足していないようだ……馬が。
それでも順調に速度が落ちてきているのだから、御者さんのあしらいがウマいんだろう。いや、洒落じゃなくって。
やがて白い画面の向こうに黒い壁らしきものが見えてきた。あれがふもとの町を守る防壁なんだと、前の席の人……コンラッドと名乗った……が教えてくれる。
正面の防壁が二つに分かれて開いた空間へ馬ソリが進んでいく。ここまでの行程で見せたヤンチャ振りが嘘のように、馬たちは静々と定位置に向かって歩いていた。
ソリが停止し、動かないように固定されると、やっと扉が開かれた。
「お疲れさまでした~。ケイオード峠北の宿場町は皆さんを歓迎しますです~。どぉぞ足元に気を付けて、順にお降りくださいやし!」
その声に促されて人々が立ち上がる。
荷物を抱え、あるいは子供をおぶって出ていく人を見ながら、オレはベルトを外したまましばらくは席にとどまっていた。なにせみんなが押しかけてるんだ、入り口は押しくらまんじゅう状態。ちょっと収まるまでそこに加わる気はないね。
隣りの男は荷物を抱え、無理やり押しとおって一番に降りていった。まったく、子供より始末が悪い奴だったな。
オレが座ったまま動かないのを不思議に思ったらしい。向かいの席から話しかけてきた。
「あれ、アナタ行かないんですか?」
「あの状態じゃ揉みくちゃにされるのがオチだ。そういうコンラッドはいいのか?」
「私もアナタと同じ意見ですね。却って疲れるだけですし。もう少しここで話していきませんか」
「それもいいな、っと、遅くなった。オレはケイン、冒険者だ」
「ケインさんですか、よろしくお願いしますね」
そうやって話している時、オーマイン商会長と若い衆が通りかかる。商会長は何か言いたそうにしていたが無言で通り過ぎ、若い衆は相変わらずオレを睨みつけていった。
通りすぎた後にちょっと声を潜めてコンラッドが聞いてくる。
「あれはオーマイン商会の会長ですね。お知り合いですか?」
「いや、少し話した程度の顔見知りってだけだ。特に縁はないな」
オレの言葉に目を丸くし、そしてくすくすと笑いだしたコンラッド。
「おやおや、あの商会の総元締めと顔見知りでいながら縁はないと言い切るんですね。面白いお方だケインさんは」
「さんはいらないよ、オレはただの冒険者だ。それも半人前の、な」
「ふふっ、ご冗談を。半人前の冒険者があのジャイブスを黙らせるなんてことできませんよ」
ジャイブスとは、隣の男の名前らしい。あの男のやり口は相当広まっているんだな。
それにしてもコンラッドは気づいているのか? オレがピンポイントで殺気を飛ばしたのを知っているように思えるんだが。
少し待っていると入り口が空いてきた。これなら大丈夫だろう。
席を立つと、コンラッドも立ち上がる。
「やっと行けそうですね」
「そうだな」
入り口に立つ助手に木の札と銅貨2枚を渡す。目を丸くする助手に笑いかけてそばを離れ、馬ソリの前へと移動する。
「まったくお前らははしゃぎすぎだよ! いっくら雪が好きだと言うても限度っちゅーもんがあるじゃろが! 今日は子供のお客さんがおって冷や冷やしとったっつーに、やりたい放題しおってからに、こンのバカ頭どもがあぁっ!!」
おーやおや、御者さん相当ストレスがたまっていたようだ。
そう言えば、降りて行った乗客に散々クレームをつけられていたような。気の毒に。
近づいていったオレに気づいた御者さん、慌ててぺこぺこと頭を下げている。
「ああっお客さん! 失礼しましただ! こいつらがちょっとはしゃぎ過ぎちまって、えれぇことになりやした! どうぞ勘弁してくだせぇやし!」
頭を下げる御者さんの肩をたたく。
「いいや、楽しかったよ、オレはね」
「へ? た、楽し、かった、でやすか?」
「ああ。オレの故郷でも同じようなことをしてたんだ。だから久しぶりに気持ちよかったよ」
半信半疑の御者さんの顔が次第に笑いへと変わっていった。
「そう言ってくれた方はお客さんだけですだ! ありがとうごぜぇやす!」
「本当に彼らはヤンチャなんだな。御者さん、彼らにおやつをあげてもいいかな?」
馬にしろ何にしろ、飼われている動物や魔獣は基本的に主人からしか受け付けない。だから聞いたんだが。
「へぇ、大丈夫ですだ。なんだかこいつら、あんたさんが気に入ったようですで」
「オレはケインという冒険者だ。じゃ、ちょっとお邪魔するよ」
オレは御者さんの横を通って馬たちの前へと位置を変えた。
愚痴愚痴男とタイマン……!
それでも馬ソリは進みます。
……御者さんの奮闘とともに(笑)
今日も来てくださって有難うございます。




