第142話
峠の北行きはスリリング!?
思うさま泣いて涙を流し……心の澱を吐き出してすっきりした時。
部屋にあった伝声管が出発を促してきた。
「よっし、じゃあ行くか!」
「キュッ!(賛成っちゃ!)」
「あ、お前は引っ込んでろよ。騒ぎを起こしたくないからな」
「キュルッ!(わかってるっちゃ!)」
肩からするりと懐へ飛び込むオーリィを確認し、部屋を見回してからオレはホールへと歩いて行った。
ホールでは行きと違う助手が声を張り上げている。
「峠の北行きにご乗車のお客様はこちらへお集まりくだせぇやし! 席番号を確認してご案内を始めるだす!」
差し出された木の札を確認し、助手はらせん階段へと客を誘導する。見るとホールには見知らぬ人たちが随分いた。彼らはさっきの馬ソリで到着した人たちだろう。
オレも札を見せてかららせん階段を降りる。
峠の北側に戻る馬車(?)はすでに転車台で回転させられ、馬たちも元気がよさそうだ。南側よりも休憩時間が少なかったはずなんだけどなぁ。
「わっしらの馬は頑丈でやす。こんな雪道なんぞ、屁でもないですだよ」
御者に笑顔で話しかけられる。あれ、疑問が顔に出てたのかな。
「そうだな。足の筋が盛り上がってて鍛えているのがわかるし、何より体全体の均整がとれている。何時間でも疲れ知らずで走りそうな感じだな」
そう答えると、御者の顔が土砂崩れした。
「わかってくれやすか、旦那! 確かに普通の馬よりも太ってて足が短いんすが、こいつらは地力が桁違いなんでやす。ここの往復くらいじゃ運動にもならないんすが、仕事でやすからねぇ」
そいつはすごい。雪道をものともしないなんてのは相当足腰が強くないとやっていけないぞ。
「普通の馬だと足が埋まって走れないところでも、こいつらは大はしゃぎで突っ走って行くんでさぁ。止めるのがひと苦労でやすよ」
苦笑しながら馬たちの鼻づらをなでる御者。その笑顔と優しいしぐさに、御者から馬たちへ向ける愛情の深さがうかがえる。
「それは楽しみだ。期待しているよ」
「へぇい、お任せくださいやせ!」
軽く手を挙げて乗り込んだ。その前に確認した馬車はやっぱり車輪ではなくて、ごっついスキー板が付けられている。あはは、これはまさしくソリ遊びだ。
乗り込んで驚いた。なんと席が後ろ向きなんだ。座ってみてさらに驚く。背もたれを自由に倒せたり回転させたりできるんだよ。元の世界のリクライニングシートより進んでる。それに、ベルトが座席についている。安全ベルトだよなこれって。なにゆえに?
その疑問はすぐに解けた。行きと同じように、助手が説明を始めたからだ。一番後ろの方へ移動して。
「えー、ケイオード峠北行きの便に乗車いただいた方に説明しますです。前にも聞いた方にはご容赦くだせえまし。
ここから大体3~4時間くれぇで北の宿場町に着くんですが、こっちは南側より斜面がきっついところでごぜぇやす。ですんで、皆様には後ろ向きに座っていただく方が楽だろうとの考えでこのようにさせてもらってますです。
もちろん前向きでも一向にかまわねぇんですが、その時はぜひとも安全のためにベルトを着けてくだせえまし。わっしら御者でもこの坂ではベルトを着けてやす。ご協力をお願いしますです」
そう言ってぺこりと一礼した後、前の方へと戻っていく。ほどなくして車体がゆっくりと動き出した。
門を出るところが見たくて、オレは席を前向きにしておいた。ベルト? ちゃんとしているさ!
ちなみにオレの隣も前向きにしている。荷物を抱えている関係で前向きにしないと体が圧迫されるから、これしか選択の余地がないとも言う。
「ふんっ、毎回毎回おんなじことを言いやがって…七面倒なんだよここは……!」
何やらぶつくさ言ってるけど、ほっとこう。
あれ……あいつ安全ベルト締めてないな? 大丈夫か?
……何度か通っているらしいから、分かってやってるんだろう、多分。
目の前の門がゆっくりとこちらへ動いてくる。
その隙間から見える白い景色が徐々に広がっていき、やがて前方が白一色となった中へ馬が進む。外は風花が待っているが、門の中には入ってこない。何か結界みたいなものが有るようだ。
ゆっくりと進んでいく車体に合わせて、後ろの門がしまっていく。それこそゆるゆると、静々と。
そうして車体がすべて北側の平地に出ると、後ろの扉が音もなく閉まり切った。
その途端。
ビュオオォォッッ……!
強い風が渦を巻き、風花を巻き込んで車体に吹き付けてきた。
「「「「「「わあっ!」」」」」」
何人かが大声を上げる。ちなみにオレも一緒だ。
窓の外は一瞬で真っ白となり、風が窓を大きく揺すぶっていく。隙間風が入ってくるわけではないのに、冷たい風がオレの首筋をなでて行ったように感じた。
「うおっ!」
「キャアアッ!」
「クッ、なんだこの風は!」
「怖いよぅお母さん!」
「窓の外が見えんぞ!」
悲鳴と怒号が交差し、子供が泣き出したが、そのタイミングで助手の声が響く。
「あー、えーっと。乗客の皆さん。先ほどの説明で一部抜けてましたです。今、この馬車が休憩所の結界から外れたことで北側の現在になりましたでやす。特に問題はないので、そのままお待ちくださいやせ」
お気楽な声を聴いて理解できた。初めての乗客へのサプライズ、て奴だな。
「キュルキュル~♪(びっくりしたっちゃね~♪)」
ええいうるさい。お前だって驚くだろうが、この歓迎は!
「キュキュルルル~~(ワチシには見えないも~んだっちゃ~)」
そういやそうだな、この装備の中からじゃわからないんだっけ。
「キュ~~ウウ……(だからもう昼寝するっちゃよ~~フワアァ~……)」
ハァ。ホントお気楽な奴だなお前は。
オレとオーリィが小声でやり取りしている間に、乗客も落ち着いたようだ。あの凄い突風が一度きりだったことも影響してるかもしれない。常連さんはびくともしてないぞ、さすがだ。
「フンッ、毎回嫌味な演出しやがって!」
隣りの男にとっては何でも愚痴と嫌味の種になるんだろう、小さな声でぐちぐちぶちぶちと漏らしている。
暫く止まっていた車体がまた動き出した、が。
あっという間にぐんぐんと速度が上がっていく。
ヒヒヒーン!
猛り立った馬の鳴き声が響くと同時に、窓の外の景色がさらに速く流れていく。なるほど、これなら後ろ向きの方が怖くないよな。実際、子供やご婦人方は後ろ向きのまま目を閉じている人もいる。
右へ左へと緩くカーブする道に沿って馬ソリは走る、というか滑ってる。
ははっ、こういう道ならスキー板の方が正解だろうな。まるで元の世界のジェットコースターじゃないか。
(いや、あれは上下運動や回転が入っていた。ならまだマシかな?)
その考えがフラグだったのか。次の瞬間、車体がはげしく揺れた。
「「「「うおっ!」」」」
「「「きゃあっ!」」」
車内はパニック状態。オレ? こんなの、雪の上なら当然じゃん。伊達に布ソリ遊びはしてないんだぞっ!
本日2度目のアナウンス。
「お、お客様がた、今の揺れは(こら、まっすぐに!)道にあった雪の塊に(ああぁ! そっちじゃねぇっ!)突っ込んだ、ためでやす(こっちだ、ほれ、そこんとこぉ!)。こ、こういうことが、この後も(おっととと!)ありますんで(よーしよしよし、良い子だ)べ、ベルトをお付けくださぁい!(ちっがーうっ! 雪に突っ込むんじゃなーいっ!)」
助手の声に交じって聞こえるのは御者、か? 乗る前に話してた通り、あの馬たちはかなりなヤンチャ者らしいな。
その後も上下に振られたり(雪山に乗り上げたそうだ)がたがたと車体が揺れたり(突風の中を突っ切ったんだって、馬が!)急降下したり(山道下ってるんだから当たり前か)。そのたびに車内は阿鼻叫喚の騒ぎだった。
「おっととと!」
「あぶねぇっ! 気をつけろい!」
「「「「わあっ!」」」」
「怖いよう、怖いよう!」
女性と子供にはちょっときついかな、この揺れは。
あ、また横揺れだ。雪だまりに突っ込んだか。お、今度は跳ね上がった。うう、落下の時の浮遊感がスリルあるなぁ!
「今回はっ、ゆ、揺れがきつい、ですなっ」
「そ、そ、そうで、すかぁぁっ?」
この声はオーマイン商会の会長と若い衆だな。何度か来ているだけあって会長は落ち着いているけど、若い衆の声が裏返っている。
「(ゴンッ)痛ててっ!」
「あんた大丈夫かっ!(ガン!)いてっ!」
「だ、大丈夫、ですか、ねぇっ、この、馬車はぁっ!」
「大丈夫よ、さ、お母さんのところに来なさいっ!」
「わあぁぁんっ! こわいよう!」
「うっせぇ、このガキ! 近寄るんじゃねぇっ!」
いらだった声に視線を向けると、隣の男が子供をたたこうと手を振り上げていた。
ちょっと馬がヤンチャすぎて長くなってしまいました。
本当は峠を降り切るつもり、だったんですが……。
すみません、この次で終わらせます。
……(御者さんが叫ぶ声にノッてしまった作者です)。
活動報告やあらすじにも書かせていただきましたが、
初レビューをいただきました。
すっごく嬉しくてテンション上がりまくりです。
本当に感謝、感謝しかありません。
この作品にお立ち寄りくださりありがとうございます。




