第141話
ケインが少しばかりメランコリックになります。
ひとつため息をついて『バインド』を解く。
「っ! うわっ!」
お付きの若い衆、何とか動こうとしていたらしい。あちこちに力を入れていたのが魔法が解けて一気に動き、なんと前向きに一回転してしまった。
それでもすぐに飛び起きてきたところを見ると、怪我もしていないようだ。丈夫な奴。
「この野郎っ、ふざけた真似をしやがって……!」
おまけに拳を固め、オレに向かってくる。かなりケンカ慣れしている動きだが。
顔をめがけて突き出された拳を手のひらで受け、同時に突き出してきた膝をもう一方の手で軽く押す。それだけで体の芯がぶれて後ろにのけぞり、尻餅をついた。
「なっ……!?」
「そんなんじゃ俺にかすりもしないな。それより魔法を放ってきたことを謝る気は無いのか?」
自分の攻撃をかわされて唖然とした表情を見せる若い衆に冷たい視線を当てる。
「あんた、何がしたいんだ? オレとは初対面だと思うが、そんな相手を睨み据えて挙句に『バインド』をかけてきたりするような人間とは付き合えん。さっさと消えてくれ」
そして今度はハインツ氏を見やる。
「オレが誰であっても『鑑定』や『看破』はやめてくれ。忠告は受け取るがこれ以上話すこともない。失礼する」
「あ、お待ちくだ……」
引き留めようとする言葉を振り切り、ホールを横切る。ちょうど上がってきた助手から個室のカギを受け取ってホールを後にした。
「キュルッ? キュルキュル(いいの? ほったらかしだっちゃよ)」
「打算ばかりの人間とは付き合いきれん。それより個室ならお前もゆっくり飯を食えるだろう? そっちでのんびりしようぜ」
「キュッ!(賛成っちゃ!)」
鍵の番号を確認して部屋に入る。小さなテーブルと椅子が2脚あり、その横には蔓で編んだ籠が置いてあった。着替えの時のものだろう。
オレは椅子に座り、「ケンタウルス亭」で作ってもらった弁当を取り出した。
「キュキュキュ~~!!(飯だ~~っ! ちゃ!!)」
大喜びで懐から飛び出したオーリィ、包みを開いた途端にかじりついていた。
「こら待て、紙ごと齧るんじゃない! ちゃんと開くまで待てってのに!」
「キュルル~~!(待てないっちゃよ~~!)」
やれやれ、馬車でおとなしくしていたからその分爆発しちまったかな。苦笑しながら包みを開き、一緒にもらったスープと屋台で買った果実水を横に並べた。
「あんまりがっつくとのどに詰まるぞ。ほら、スープ置いとくからな」
「キュルキュル~~!(スープもある~~だっちゃ!)モグモグ」
騒がしく食べる姿を見ながら、オレも弁当に手を出した。黒パンの山を縦に切れ目を入れ、そこに燻製の肉と野菜を挟んでスパイスを振ってある。ちょっと硬いが、スープに黒パンを浸してから口に入れるとちょうど程よい噛み応えとなる。
「うん、これは美味いな」
「キュ! キュルッキィ!(あ、ズルい! アチシにもやってだっちゃ!)」
「やってくれったって……お前、ほぼ食い尽くしてるじゃないか……」
「キュ~! キュィキュィ!(いいから~! 食べたいっちゃ!)」
「ほんとに食いしん坊だな、お前」
仕方がないから、オレの弁当の3分の1を切り取ってスープの中に落としてやると。
「キュキュ~~!(わぁお、美味いっちゃ~~!)」
オーリィ。喜ぶのはいいけど、また頭から突っ込んで食べてるな。
それはあれか、オレに丸洗いを要求してるってことだな? よ~し、受けて立ってやろうじゃないか!
今度はもっと念入りに『洗って』やるかんな。
「さぁて。腹いっぱいになったし、冬用に着替えるか!」
テーブルの上を片付け、立ち上がる。
とは言ってもそう時間がかかる訳もない。半分以上は宿場町を発ってくるときに準備してたからな。
手袋を替え、上着とチュニックを着替え、サングラスをくっつけた帽子をのっけて、耳当てから続く毛皮の帯を顎の下へ回して縛る。最後は顔半分を覆うマスクようのものとモコモコのオーバーコート……だが、これはさすがにこの中じゃ暑すぎる。下りの馬車に乗ってから着用すべきだな。
ちらっと見れば、テーブルの上で大の字に伸びるオーリィが。今回は2回『洗浄』をかけて丁寧に洗ってやったからな、ハッハッハ。
「キュルィ~…キュウゥゥ……(酷いっちゃよ~…アチシが水浴び嫌いって知ってるのに……)」
「ならもう少し上手に食べろ。がっつきすぎなんだよお前は」
「キュ~ゥ……(は、反論できないだっちゃ~……)」
ここまで食い意地が張ってるとは。大食いではあると思ってたけどなっ。
「それより早くこっちにこいよ。この装備だと影で渡れないんだろ?」
「キュ~ッ!(そうだっちゃ~!)」
飛び上がらんばかりに跳ね起きて、その勢いのままオレの腕にしがみついてくる。上着を少し緩めると、その中に素早く入っていった。
「キュル~キュルル~♪ (ふいぃ~。あ、この中あったかいっちゃよ~♪)」
「気に入ったか? そのままおとなしくしていてくれよ」
「キュルッ!(うんっ!だっちゃ!)」
忘れ物がないか部屋を見回し……ふと、窓の外に動くものを見つけた。
「そういやこの部屋……北側に面してたな」
ということはあれが次に乗る馬車なのかな。
窓から見下ろすと、今まさに門の前に着こうとしている。さっき見た時はまだ途中だったのに、随分とスピードがあるんだな。馬車を引いてる馬も、こっちに比べて大きいような気がする。
それに、馬車じゃなくてソリみたいだ。車輪が見えない代わりにスキー板のどでかいものが下に見えている。考えてみれば雪の中を進むんだから、車輪じゃない方が合理的、だよな。
そう思って見ているうちに馬車(?)馬ソリ(?)は門の中に入ったようだ。これで山の向こうとこちらの交通手段がそろったってわけだ。お互いに休憩して着替えて、馬たちはそれぞれの方向へ戻っていく。乗客だけを入れ替えて。うん、うまいやり方だな。
それにしても、ここから見える風景は見事だ。こっちの世界に来て雪は初めてみるな。
(伯父さんのところも……確か、結構積もったよな)
元の世界がちらっと頭をよぎる。あの時間があったからこそ、自分を取り戻すことができた。そう思うと雪景色すら懐かしく、優しい風景に見えてくる。
(伯父さんの子供や近所のみんなと雪だるまやかまくらを造ったっけ。雪合戦も、ぼろきれで滑る雪ソリも楽しかったなぁ……)
母親との生活では出来なかった子供らしい体験が胸の中で蘇る。寒く冷たい季節なのに、その思い出は暖かな灯火のようにいつまでも揺らめいて、オレを包み癒してくれる。
(あのぬくもりがあるから、オレはオレでいられた。大人になっても変わらずにいられたんだ)
ああ、皆に会いたいな。その想いに喉の奥が詰まり、目の前の景色がにじんでくる。思わず胸元をつかみ、零れ散る寂しさを留めようと眼を閉じる。
(やめろオレ。できないことを願っても辛いだけだ。今ある現実に目を向けて生きていかないと)
胸の奥底からこみあげてくる嗚咽を飲み込み、唇をかんでいると。
「キュキュル? キュィキュィ?(どうしたっちゃ? 何か悲しいことでもあったんちゃ?)」
「え……?」
懐に収まっていたオーリィがいつの間にか肩へ移り、顔をのぞき込んできた。ふわりとした温かみに、首周りを尻尾がくるんでいることにも気づいた。
「…オーリィ……」
「キュルキュルキュ~…キュルッキュ!(悲しい時には泣くと良いだっちゃ~…我慢はダメっちゃよ!)」
「うん…うん。そうだ、な……くっ……うううっ」
オーリィに言われて気が付いた。オレはやっぱり寂しかったんだということに。
召喚に巻き込まれて、挙句に捨てられて。夢中で生きていた時にはわからなかったけれど。
雪景色に見とれて元の世界のあれこれを思い出し、会いたい人たちを想った時。
今まで心の底に押し込めていた感情が表に噴き出してきた。だから。
帰りたい、元の世界に。
懐かしいあの人たちに会いたい。
戻れたら。……でも、戻れないとわかっているから。
この世界に独りぼっちなんだと思い知らされた。
「キュイ! キュルキュルル~(だいじょぶだっちゃ! だぁれも見てないっちゃよ~)」
食いしん坊で、わがままで、でも、いつもそばに居てくれる謎生物。
それがこんなにも愛しい、いとおしい。
「そ、そうか……ありがとう、な。一緒に居て、くれて」
「キュ~? キュキュルキュル~♪(あれれぇ~? アチシにとっては当然だっちゃよ~♪)」
「……そう言ってくれる、だけで、うれしいよ……」
胸に残る寂しさは多分、消えることはない。これからも涙するかもしれない。
けれど。
こいつが居て、オレが居て。
それだけでいいと、思う。思えるようになった自分が誇らしかった。
この世界に来て、初めて……神に感謝した。
読んでくださりありがとうございます!




