第140話
何とか峠の頂上へとたどり着きました、が。
ここでもひと騒動ありそうです。
峠のてっぺんにある休憩所は或る意味予想外なところだった。
オレは単純に停留所みたいなものだとおもっていたんだが……
「……凱旋門……?」
山の中にある凱旋門て何なんだよ。と、思わず一人突っ込みをしてしまった。
いや、本物を見たことないから大きさとかの比較はできないんだけど。
宿場町から発ってきた馬車の終点にある建物はすごく立派なものだ。頑丈でどっしりとしてまさにどでかい門そのもの。
横が道幅の3倍近くある2階建ての建物で、中央には大きな扉があり、そこへ馬車は入っていく。扉が閉まると自動的に灯りがともり、内部を照らし出した。
「お疲れさまでした。荷物をもって下車したら、中央のらせん階段から休憩所へお入りください。テーブルと椅子を多数設置してありますので、まずはそこで休憩とお食事をどうぞ。順次お着換えのための個室へご案内します」
御者の助手が扉を押し開き、乗客を誘導していく。隣の男はよろめきながら荷物を抱え、えっちらおっちらと降りて行った。さりげにオレを睨んでいったのには気づいていたが、知らん顔でスルー。
御者と助手が馬を開放して壁際へと引いていく。よく見ると、壁面のあちこちに馬のための水飲み場や飼い葉桶が設置してあるし、馬車が停止した下には丸くレールが敷いてある。全員降りたのを確認した御者が壁際にあるレバーを下にすると……
グイィィィーンンン…………
低い、腹に響くような音とともに、馬車がゆっくりと回転していく。出発してきた方向に馬車が向きを変えたんだ。
元の世界にも同じような設備があったよな。確か……転車台、だったか。線路じゃなくても使えるんだ、これ。
感心してみていたら、
「お客様、どうぞ上のお部屋へ」
と助手に促されてしまった。みんな上がってしまってオレひとりだし、これから後は御者の仕事場になるからいない方がいいんだろう。
「すまない、すぐに移動する」
軽く頭を下げてらせん階段を上ると、ホールのど真ん中へ出た。
両側とも窓の面積が広くとってあり、明るい感じだ。広いホールにはテーブルと椅子が程よく配置され、一緒に乗ってきた乗客が椅子に座って足を延ばしたり、持ってきた弁当を広げたりしている。
オレはまず右側の大きな張り出し窓へと寄ってみた。
「おお、これはいい眺めだ」
今オレのいるところは凱旋門もどきの中央部分だ。そこからは上ってきた道がひとすじ、なだらかに下りながら続いている。その先に遠く小さくかすんで見えるのは、出発してきた宿場町だろう。まるでおもちゃのようだ。道の両側にある緑の樹々が軽く風に揺れ、ここが峠の半ばなのだと自覚できた。
思いついて反対側の窓へも寄ってみる。そこから見る風景は……
「え、何でこんなに違うんだ?」
外は一面の白で埋め尽くされていた。空は灰色の雲で覆われていて、雪がちらちらと舞い降りてきている。緑の樹々はすべて白い綿帽子をかぶって根元は雪の中だ。真ん中にひとすじ凹んでいるのは馬車が通る道なんだろう。あとはみんな銀世界だ。
「初めて通られますかな、この峠道は」
俺が声もなく立ち尽くしていると、穏やかに話しかけられた。横を向くと見覚えのある商人風の人だ。確か、最後列に座っていたよな。
「ここからの眺めには皆一様に驚かれますよ。なにせこの休憩所の表と裏で一気に景色が変わりますから」
聞いてた通りの変化だ。それはいいんだけど、あまりの激変ぶりに心のどこかが警鐘を鳴らす。これは異常だ。何か意図的なものを感じる。まさか古代王朝が関係してる、とか……?
オレの無言をどうとったのか、商人風の男は続ける。
「この風景は圧巻の一言で片づけられないでしょう。だれか、もしくはナニカが天候に関与していると勘繰りたくもなりますよ。……あなたも災難でしたな、あの者に絡まれるとは」
普通の声で話していたのに、後半では声量を落としてきた。わざわざ話しかけてきた理由が後半部分かな。他の人に聞かれたくないのか。
「あの男はああやって毎回誰かに荷物を押し付けてこの峠を越えています。新顔の乗客近くに並び、何とか押し付けようとするんですよ。我々は顔見知りですし、アレのやり方を知ってますからね。今回はうまく流されましたが、あの男は執念深いですからな、お気をつけた方がよろしいかと」
小声で告げてくる内容に納得した。妙に手馴れていると思ったがやっぱりな。
「忠告ありがたく思う。オレは冒険者のケインだ」
「おお、名乗りが遅くなり失礼しました。私はハインツ・オーマインと申しまして、商会を経営しております」
「オーマイン商会?」
正直びっくりした。
この商会、結構な規模であちこちの国に出店しているんだ。王都・首都は言うに及ばず、主要な街や村なら必ずあると言われている。
手堅い商売で売り上げを伸ばしている割に高位貴族との繋がりに力を注ぐことがない、一風変わった気質だとか。逆に縁故を造ろうと必死になっている王族貴族が多数動いているが、いまだに成功したことがないらしい。それだけ魅力ある商品が揃えられる実力を持った商会だと、オレは爺さんに聞いていた。そのトップがこの人とは。
「失礼した。そんな方とは知らずにいたので」
「ああ、かしこまってもらうほどの事はありませんよ。商売の旅に出ている間は単なるオヤジですからな」
はっはっはと笑う様子も気のいい中年にしか見えないが、眼鏡の奥にある薄い水色の瞳は力強く、オレを見定める色がうかがえた。
それ以外にもさっきからビシバシと魔法が飛んできてうっとうしい。横目で見てみれば、お付きと思われる若い者がそこに居てオレを睨んでる。どうでもいいがその魔法、ここで使っても大丈夫なんかね?
「キュ? キュルルィルィ~?(あれ? これ闇魔法の『バインド』だっちゃよ?)」
おいおい、拘束魔法のひとつじゃねぇか! オレは罪人扱いかよ!
……そういや隣を警戒して『バリア』を張ったままだっけ。そいつに弾かれてんだな。お疲れさん。
何度放っても俺が平気な顔してるもんだから、そいつ、とうとうキレてオレの方に近づいて来ようとしている。何と面倒な。
(『リフレクト』弱)
そっと小声で唱える。普通に放つとオレの場合、ヤバい結果にしかならないからな。
「なっ…」
一歩目を踏み出したところで若い者は固まった。はたから見ると滑稽だ。足を上げかけたままストップモーションしてるんだから。ついでに喉にまでかかったから声も出せないでやんの。
「キュ…キュルル~(は、腹黒だっちゃ~)」
何とでも言え。5回も6回ももらったんだから、ささやかなお返しじゃないか。
当のハインツ氏、訳が分からないといった顔だったが、お付きの状態を見、オレの仏頂面を見て気づいたんだろう。苦笑いを浮かべると、
「すみませんな、うちの若い衆が失礼なことを」
「…………」
「よほどお気障りなことをしでかしたようで。それでも、今回は私に免じて許してやってくれませんかな、『新生エリシオ教国の英雄』殿?」
「……何の事かな? オレにはわからんが」
「お惚けになるおつもりですかな」
ハインツ氏の笑顔に変化はなく、立ち話の続きをしているような姿勢だ。だがそれでも、両手を軽く握り込んでいる。お? 今何かをはじいたが……この人多分『鑑定』か『看破』を持ってるっぽい。
弾いたことに対して眉間にややしわが寄っただけの変化とは。さすが大物だ。
「新生エリシオ教国の樹立からしばらくはどこかへ雲隠れなさっておられたようですが、まさかこんなところにおいでとは思いもよりませんでしたぞ」
「勘違いじゃないのか? オレはただの冒険者なんだが」
「アレの難癖をきれいに躱し、なおかつ今後のトラブルを気にもしておられない様子。よほど肝が据わっていなければ出来ぬ事と感心して見ておりました。いらぬお節介かとも思いましたが、お名前を聞いて合点がいきましたぞ。私に限らず、今や誰もが注目するお方ですな」
ああ、ダメだ。何を言おうとも確信しちゃってる目だぞ、これは。仕掛けてきた魔法を弾いちゃったからな~。ちょっと言い訳もしづらいか。
まぁ、オーマイン商会ほどのやり手がオレの事を知らないわけないよな。っていうより、知れ渡ってるぅ?
今日も来てくださり、ありがとうございます!




