第139話
いよいよ峠越えです。
宿のおかみさんに聞いた乗合馬車の受付口へ急ぐ。道幅や運行時間の関係で一日に2便、午前と午後にあるだけ。定員は15名なんだが、時にははみ出してしまって、次の日になることもあると言っていたな。
入ってきたのと反対側に当たる出口の手前に受付所はあった。既に何人か並んでいる。その後ろにつきながら窓口が開くのを待つことにした。
その列に近づいた係の者が一人一人に紙を手渡していく。
「お待ちになっている間に人数と荷物の量を記入してください。事務の円滑な流れにご協力をお願いします」
手渡された紙には乗る人数と荷物の量(袋2つとかだな)を書くようになっている。そりゃそうだ、荷物が多いと人は乗せられないもんな。オレは一人だし、荷物も手に持っているだけだから問題ないか。
ほどなくして受付の窓が開き、手続きが始まった。
人数と荷物を確認し、木の札と銀貨を交換して馬車へ誘導されていく。それほど待つこともなくオレの番が来た。
「紙をどうぞ」
言われるままに差し出すと、
「おひとりさまですね。荷物はおひとつですか?」
「アイテムボックスがあるからね。この袋は防寒用の着替えなんだ」
そう伝える。
「そうでしたか。なら結構です。ではお代を」
銀貨5枚と引き換えに渡された木の札には『3-3』と記されている。
「左の方へ行ってください。馬車の前でその札を見せればわかりますから」
「ありがとう」
示された方向には大型の馬車とそれに見合う大きな馬が2頭いた。その入り口に立つ男に札を見せる。
「『3-3』だな。前から3番目の左側、窓の横だ。背もたれに番号が書いてあるからすぐにわかる。荷物は…それだけなのか。膝の上か、自分の席の足元においてくれ」
男の言うとおり、背もたれの上に番号が刻まれていた。
普通は窓に沿った長椅子に座っていくんだが、この馬車はひとり用の椅子が右と左の窓際、それと中央に造られている。席の前後が空いているのは荷物用だろう。前向きに座れるのもありがたいな。
早く来た者から順に詰め込んでいくらしく、先に並んでいた人間が後ろに座っていた。
オレは背もたれの番号を確認して座る。コートと袋は膝の上だ。そのまま窓の外を見ていたら、
「なあ、あんた。ちょ、ちょっといいかな」
肩をたたかれて振り向くと、隣の席の男が顔を寄せてきている。
声を出さずに目線で問うと、
「あんた、アイテムボックス持ってるんだろ? 向こうへ着くまでこの荷物を預かってくれないか?」
そう言ってくる顔が妙に下品でオレは好きになれそうもない。
「キュルキュルル~(こいつなんか企んでそうだっちゃ~)」
小さな声で囁くオーリィも嫌悪感を表している。
男の周りは荷物で一杯になっており、置けない分の袋を男が膝に抱え込んでいた。預かってほしいのはその袋だろう。
確かに重そうで男も苦しそうではあるが、アイテムボックスを知ってるってのは、受付所でオレのすぐ後ろにいたからだ。別に隠すつもりはないけど、人の話に聞き耳を立てている人間を信用できるわけがない。
「オレも荷物がいっぱいなんだ。あんたの力にはなれないよ」
「そ、そういわずにさ、助けてくれよ。金なら払う、銀貨1枚でどうだ?」
「言っただろ。余裕がないんだ、残念ながらな」
すげなく断ると、男は顔をゆがませる。
「くそ、この薄情者。助けてくれたっていいだろうが!」
「何の縁があって助ける話が出てくるんだ? お前とは初対面で赤の他人だろ」
「そ、それでもっ!」
なおも何か言い募ろうとしたが、それを遮る声が響く。
「お客さん、周りの人の迷惑になるようなら降りてくれませんかね」
入り口に居た男が中をのぞき込んでいた。
「な、何で降りなきゃいけないんだ! 俺はか、金を払ったんだぞ!」
そう叫ぶが。
「代金は返しますよ。それより乗っている間にいざこざを起こされる方が嫌なんでね。いつも荷物が多すぎるって受付で注意されてたはずだよお客さんは。それを自分で抱えるからって振り切ってたんじゃないですかね? 言ったことを守れないようじゃ乗せられないよ」
男の正論に、周りの人間もうなずいている。
「くっ……! わ、分かったよっ、自分で持ってりゃいいんだろうが!」
「ちゃんと守ってくださいよ? もう一度騒いだら途中下車してもらいますからね」
すごい強気だな、この馬車のおっちゃんは。途中下車なんて本当に出来るのか?
隣りの男は不満げに何かぶつくさ言っているが、オレは相手にせず窓の外を見やった。
それからしばらくののち、助手が乗り込んできた。
「前にご利用なさった方には申し訳ありませんが、利用するための規約を説明させていただきます」
そんな前置きで始まったのは、この先の行程に関するものだった。
この馬車はゴラン山脈のケイオード峠……この峠の名前だな。初めて知ったよ……を利用して山脈の向こうと行き来するために造られたものだという。
不思議なことだがゴラン山脈では山の向こうとこちらで気候が違うらしい。今見ている景色は穏やかな天気で、元の世界なら秋のさわやかな風が吹き抜ける過ごしやすい天気だが、峠のてっぺんから向こうではドカ雪が降り積もる厳しい寒さを伴った冬の天候だとか。
当然、この馬車では峠を下る事なんてできない。だからこそ休憩所があり、そこで食事をとったり着替えをしたりして小休憩を取った後、向こう側へ降りるための馬車に乗り換えるんだそうな。
「馬車の席は同じ番号の所にお座りください。代金は最初にお支払いいただいた料金に含まれています」
成程な。上る馬車と下る馬車でひとつの交通手段としているのか。気候が激変するのだから、そうでないとうまくいかないんだろう。
「ケイオード峠はゴラン山脈の一番低い場所に当たります。ですが、魔獣の生息する地域でもあるのです。そのため、馬車には魔獣除けを、道には等間隔で魔獣の嫌う匂いを出す道具を設置してありますが、絶対とは言い切れません。ですので、馬車の中では静粛にお過ごしください」
要するに騒ぐな、喚くな、黙ってろ、てことかな。
そっと見回せば、オレを含めて約半数の人間が初めてのようだ。隣の男は知っているようで、何度も足踏みをしてイラついている。膝の荷物が重いんだろうが、なら持ち込む量を減らせばいいだけだ。注意されても振り切るくらいだから、元々いう事を聞かない人なのかもな。
それとも、そうしてまで向こうに持ち込みたいものが有るのかもしれない。あまりいいものだとは思えなくなってくるのは、第一印象が悪すぎた所為だ。
「キュッ(賛成っちゃよ)」
あ~あ、オーリィにも嫌われたよあいつ。
「説明は以上です。では皆様、善き旅を」
そう言ってぺこりと一礼したのち、助手は客室から出ていった。すぐ後に天井から足音が響いたから、御者席は上にあるのか。
そうしてゆっくりと馬車は動き出した。
街との境界を表す門を抜け、馬車はうっそうとした森の中へと進んでいく。
確かに道は細く、馬車の通る幅しかない。見守る窓の横すれすれに樹々の枝が揺れ、等間隔で立つ木柱につるされたランタンみたいな入れ物をも一緒に揺らしている。あれが魔獣除けの道具かな。
門を出てしばらくは平坦だった道が徐々に傾斜してきた。上りの道に差し掛かってきたようで、自然と椅子の背もたれに寄り掛かるようになった。
ふつうなら何の問題も起こらない姿勢なんだが、隣の男にとっては辛い時間になってるようだ。さっきから小声で「くそっ」とか「重いっ」とかつぶやく声が聞こえる。自分の座席の前にも置いてるんだから身動きひとつ出来ないってのもストレスのひとつだな。
それでも前に置いた荷物に重ねる形で少しは楽になったみたいだ。一息ついたはいいけど、オレの方を睨んでいる気配がする。関わる気はないからスルー一択だ。
そのまま静かな時間が過ぎる。変わらない風景と単調な馬車の揺れが眠気を誘ってくるが、隣の席の不穏な気配に警戒心が掻き立てられる。ほかにも人がいるし、そうそうおかしなことをするとも思えないけれど、無防備に寝てはいられないな。『バリア』を張っておこう。
そうこうするうちに3時間ほど経った頃、峠の中間地点が見えてきた。
よくいますよね、こういう人って。要領がいいというか、
何というか。苦笑い程度で済むうちはいいんですがね。
筆者自身も好きじゃありません…というより、ワリを食う
方ですね(苦笑)。
いらしてくださった方に感謝申し上げます。




