第138話
更新がちょっと遅れました。
早駆けモードで突っ走った結果、その日のうちにゴラン山脈のふもとへたどり着いていた。オーリィ? オレの懐でひっくり返っていたよ、膨れた腹を上にしてな。
良く寝ているようだからほっとくか。
「それにしても大きい宿場町だな、ここ」
入り口でいつものように冒険者証の提示と水晶球による確認を経て、オレは街中を歩いていた。
流石に首都ヴェルドや皇都アルサールとは比ぶべくもないが、商品を扱う店の数は半端じゃない。その間には宿と食堂を兼ねる建物が入り込み、人の流れができている。でも3階以上のものはないから閉鎖的な空気はないし、等間隔に魔道具の灯りがともる木柱が並んで足元が明るい。
何より道がきれいだ。気を付けてみると、大きな袋を持った人たちが何人か落ちているごみを拾って動いている。ごみを捨てている人間に注意することもあるようだ。自警団らしき2人組も目を光らせているから、この町の治安はかなり良いな。
こりゃ、下手なところよりも住みやすい、かも。
もっとも、一般の人間が住んでいるかどうかわからないが。
オレは教えられた宿を目指して道を進んだ。ほどなくして左側に宿を表すマークとその下に半人半馬の看板が見えてくる。目的地「ケンタウルス亭」だ。
頑丈な扉を開けると、
「いらっしゃい。食事かい、それとも泊りかい?」
陽気なおかみさんの声が出迎えてくれた。
「今晩の泊りと食事、それと明日の朝食込みで」
「なら銅貨35枚さね」
カウンターに金を出し、代わりに鍵を受け取る。
「部屋は階段を上がって右に3つ目だよ。食事の合図は銅鑼を鳴らすからね、下へ降りてきとくれ」
「わかった」
言われたとおりに部屋を探し、中に入って鍵を閉める。ベッドと小さな丸テーブル、それと椅子があるだけの小部屋だが、シーツが清潔に整えられており、気持ちよく寝られそうだ。狭いながらもテーブルの向こうにスペースが設けられていて、武器や装備品を置いておくようになっている。
ま、オレは『ストレージ』に入れておけるから関係ないけどな。
窓に寄って外を眺める。大通りと反対にあるから、町の裏側が見える。1本目の道筋にはまだ来訪者用の店が並んでいるが、その奥はちがう。冒険者や観光客が進もうとすると、自警団が出てきてそれとなく追い返している。ここはどうやら外来者と住民の住み分けをしている街のようだ。
「その方がトラブルは起きにくいよな、確かに」
これだけ人の往来があるんだから、事前に防げるのならその方がいい。なんたっていざこざは起きるもんだ。
ボワ~ン、という音が聞こえる。おそらくあれが銅鑼の合図なんだろう。
ここのメシは美味いといいな。そう思いながら、オレは部屋を出て一階に向かった。
窓から差し込む光に刺激を受け、眠りの淵から意識が浮上する。
「んっ、もう朝か」
大きく伸びをして起き上がると、肩のあたりからころころとオーリィが落ちてきた。こいつ、この頃オレと一緒に寝るんだよな。でもっていつも転がり落ちる。なにが楽しいんだか。
「キュ~~ウゥ……キュルキュル~(眠いっちゃ~~……お腹も減ったっちゃよ~)」
眠気と食い気を同時に訴える謎な生き物。三大欲求のふたつを体現できるとは。
オレはオーリィの首をつまみ上げ、テーブルの上にのせる。
「ほら、食いものだぞ」
ここの食事は元の世界のボルシチに似た煮込みシチューで結構美味かった。マウンテンディアーの肉らしい。ジビエって特有の臭みがあるんだが、ここの世界のボアもディアーもそんなことは感じさせないくらいに美味い。
昨日のシチューだって肉がとろけるくらいに柔らかだったんだ。寒さに対抗するために蓄えた脂肪が煮込むことでスープに溶け出し、まろやかにしているんだとかおかみさんが言ってたな。
「キュルッ! キュルルル~♪(うわ、なんだこれっ! すンごく美味いっちゃ~♪)」
やっぱりな。オーリィにもわかるか。
「キュルキュキュルキュ~!(肉の脂が沁みてとろけるっちゃよ~!)」
お前は料理評論家か! あ~あ、頭ごと器に突っ込んでるよこいつ。
「キュルルル~~♪(ふう~、満足だっちゃ~~♪)」
「そうか、それは良かった。じゃ、次行こうか」
「キュルッ? キュキッ!(次? って。いいぃぃっ!)」
器を隅々まで舐めてひっくり返ったところを吊り上げ、有無を言わさず『洗浄』『温風』『乾燥』をぶちかます。わたわたと手足を動かしているが大丈夫だ、すぐに済む!
「キュルィ~…キュ~~……(酷いっちゃよ~…不意打ちはないっちゃ~~)」
「食い物の匂いは消す、そういう約束だったろ? 文句は受け付けん」
「キュ~~(そうだっちゃ~)」
寝床に放り投げるとそのままべったりとつぶれる。
「オレは朝飯食ってくるからここで待ってろよな」
「キュ……キュ~(わ、わかった……ちゃ~)」
げっそりした声(?)を背に施錠して食堂に向かう。まったく、あいつの沐浴嫌いにも困ったもんだ。
席に座ると、おかみさんが朝食を持ってきた。
「今日の朝定食だよ」
「おお、美味そうだ。あ、これ、夜食の食器」
「おや持ってきてくれたのかい、律儀だねぇ」
「それとお昼の弁当、頼めるか?」
「あいよ、銅貨5枚だね。それはそうとあんた、その恰好で山登りするつもりかい? こっちはまだしも、向こう側は途轍もなく寒いんだよ?」
夜食の食器を持ちながらおかみさんが眉をしかめる。
「防寒用の装備は持ってるんだ。いつ着替えたらいいのかわからなくてね」
「何だそうか、持ってなかったら店を紹介しなきゃと思ってたもんだからさ。着替えは、そうさね…乗合馬車で行くなら峠のてっぺんで大丈夫だね。自力で行くんなら、頂上近くに山小屋があるからそこで着替えるといいよ」
「乗合馬車?」
良く聞いてみると、こっちから峠のてっぺんまで行く馬車と、てっぺんから向こう側へ降りる馬車が交互にあって、そのふたつを乗り継いでいくのが普通の人の行き方らしい。商人とか冒険者は自力で行き来するんだが、その道は乗合馬車に並行しているとは言うものの、いろいろ危険なんだとか。
「なにせお山を突っ切ることになるだろ? 山の獣からしてみると食べ物が地面を動いてるようなもんじゃないか。恰好な標的にされるんだよ」
それでもへこたれない商人は冒険者や傭兵を雇って山越えしていくんだけどねぇ、そう言っておかみさんは呆れたようにため息をついた。
「乗合馬車の道や馬車には獣除けの薬が撒いてあるからね、襲われることはないんだよ。銀貨5枚の料金は高いかもしれないけど、安全に行くなら断然そっちをすすめるねぇ、あたしゃあ」
じゃ、弁当の用意をしてくるよ、そう言っておかみさんは厨房へ引っ込んだ。なるほど、いい事を聞いたな。
朝定食をかっ込んだオレが食器と交換にもらった弁当を手にして部屋に戻ると、オーリィはまだ寝床で沈没していた。
まあいいかと放置したまま、装備の一部を身に着ける。
サングラスに似たアイマスクを防寒用の帽子にくっつける。寒くなってきたら即座に付け替えられるように、手袋は腰のベルトに挟み込んだし、ズボンも防寒用に履き替えた。上着とチュニック、籠手にブーツは後にしよう。残りはモコモコのオーバーコートだけなんだが。
荷物が何もないのはいけないな。あとで着替える物を小さめの袋に詰めて、オーバーコートと一緒に手に提げていけばいいだろう。
『ストレージ』に弁当をしまい込み、オーリィに声をかけた。
「いつまで凹んでるんだ? そろそろ行くぞ、オーリィ」
「キュッ? キュルッキュ!(わわわっ? 置いてかないでっちゃ!)」
文字通り寝床から飛びあがってオレの足元まで超特急で走り寄り、そのまま足から腰、肩までよじ登って首筋に埋まる。おまけに断固離れまいと襟首の布に齧りついたのには驚くより閉口ものだ。
「おい、何やってるんだ。お前なら影から入ってこれるだろうが」
「キュキュ~~!(その装備じゃ無理~~だっちゃ!)」
「この装備? 古代王朝のものはダメ?」
「キュルッキュキュルル!(その服や小物、アチシの魔法が効かないだっちゃ!)」
「へえ、そうなんだ。でもそこじゃ丸見えだぞ。お前が見えると厄介だから、ここへ来いよ」
そう言って服の前を少し開けると、襟首から降りてきて懐に収まる。
「キュィキュイ~~(ふぃ~、助かったっちゃ~~)」
「大人しくしててくれよ? さて、行くか」
もう一度部屋を見回して確認し、オレは宿屋の部屋を出た。
古代王朝の装備品は物理攻撃だけでなく魔法攻撃も跳ね返して
しまうので、闇魔法も当然通用しません。オーリィの『影伝い』
も不可能でした。上記のように内側へ入ってしまえば関係ないん
ですが。
おいでいただき、ありがとうございます。




