第115話
ほのぼの家庭の団欒が一変……?
その後、グィード爺さんはトレーをささげるようにして……言葉の綾じゃないぞ、本当に目の上に掲げているんだ!……自分の部屋に持ち込んでいった。
錬金術に使う品物のうち、特に希少価値の高いもの、ドラゴンとかバジリスクとかの部位を保管する金庫があると聞いている。
一段と薫り高いコーヒーを楽しんでいると、爺さんが足取り軽く戻ってきた。鼻歌でも出そうなくらいに機嫌がいい。きっとこれからの研究に心が弾んでいるんだろうな。
目の前に座りコーヒーを飲む爺さんに、もうひとつプレゼントだ。
オレは『ストレージ』からポーチを取り出して爺さんに押しやる。
「ん、これは……アイテムボックスではないか!? そ、それもかなり高度な……っ!」
魔器開発研究所で手に入れたアイテムボックス(大)だ。オレは『ストレージ』があるから問題ないしな。
「或る所で手に入れたんだ。100×100の容量で時間経過無しだから、爺さんの研究に役立つと思うよ」
「こ、こんな、国宝級の品を、よくもまあ……」
さっきに続いて愕然とした表情を見せる爺さんに、ちょっと照れるな。
「こんなんで恩を返せたとは思えないけど、オレの気持ちだと思って受け取ってくれ」
「おお、おお……ありがとうよ。早速使わせてもらうぞ」
爺さんのうれしそうな顔が見れてオレもうれしいよ。
さて、それはそれとして。今度は憂鬱な話に取り掛かろう。
「で、だ。爺さん、聞いてもらいたい話があるんだ」
「む……それは先ほど言っていた危ない男の事かの?」
浮かれた顔から一転、鋭くオレを見据える爺さん。
「それも関係している。けど、それとは別なことで。爺さん、この世界の地図ってないのか?」
「ん? 一番初めに見せたじゃろ、忘れたのかの?」
「それはこの大陸の地図だよな。オレが言ってるのは世界地図だ」
「せかい、地図? なんじゃそれは?」
「文字通り、このルルバイト界全体の地図さ」
それを聞いた爺さんの表情がゆがんだ。
「……お前さんの言う世界地図とは……昔の地図を指しておるのかの?」
「そうじゃない。今現在のものでいいんだけど……もしかして、無いのか?」
その問いかけに帰ってきたのは頷きひとつ。
「無いのかよ」
「古代文明時代にはあったといわれておる。じゃが、いつの頃からか我らは、この大陸から出られんようになった。強い魔獣が海におることもさりながら、何よりもある地点までしか行けぬ。空を飛ぼうが、短距離転移をしようが、その先には進めぬのじゃ。それ故、地図はこの大陸のみしか作れぬのじゃよ」
なるほど、あちらの大陸で聞いたことと同じだな。
説明しようと口を開きかけ、たら。
「キュキュ! キュルルッ!(気を付けるっちゃ! 誰か来てるだっちゃよ!)」
オーリィの警告が飛んだ。即座に『索敵』をかける。
「表に3人、裏口に2人、屋根に2人、か。爺さん、何やったんだ?」
「目当てはお前さんじゃろ、儂じゃなくて、な」
「え~、オレェ?」
いったいどこの誰だよ。
「ふむ、これはどこぞの金持ちが飼っておる私兵じゃな。装備品がそろいすぎておるのう」
いつの間にやら取り出していた水晶球をのぞき込んでつぶやく爺さん。あ、ヤバい……
眼が据わってきているし、あのニヤリはよからぬことを考えてるな。
「錬金術師を甘く見ておるのう。ほっほっほ……そのツケは自身で払ってもらおうかの」
戸棚に近寄って扉を開ける。そこには装飾に紛れていくつかのボタンが並んでいた。
「ほれ、ポチッとな」
ボタンに触れてにんまりする爺さん。おっかないことこの上ない。
「何やってるんだよ、爺さん」
「たいしたことではないわい。ちとしびれ薬を、な」
扉と屋根に仕込んであるのだという。忍者屋敷か、ここは。
呆れているオレをそのままに、いそいそと動き回る爺さんがオレに何かを投げてよこした。
「何これ、看板?」
「それを表の入り口に引っ掛けてきておくれ。儂はこちらを片付けるでのう」
「?」
手にしたものは扉のノブにぶら下げる伝言板のようなもの。内容は……!?
『 諸事情により当分の間閉店します。
再開の時期は未定。
抗議・苦情は冒険者ギルドへよろしく。
では、さらば。
グィード 』
これ、絶縁状じゃねぇかっ! 何考えてるんだ爺さん~~~!
「何、ちょっと前から考えていたことでの。いつにしようかと時期を見計らっておったんじゃ。お前さんが帰ってきた今がちょうどいい潮時じゃのう。のう、『新生エリシオ教国の英雄』殿?」
「言うな~~っ!!」
はぁ、口論じゃ絶対勝てないんだよな、爺さんに。ため息をつきつつ、表の扉に看板をぶら下げてきっちり閉める。その際、暗い路地に転がっていた物体はスルーの一択だ。
厨房に残しておいた洗い物を片付けて『ストレージ』に収めていたら、裏口へ行っていた爺さんが戻ってきた。
「お前さんにもらったこのアイテムボックスは優秀じゃのう。倉庫にあった素材を全部と研究中の錬金道具一式、あと家財を放り込んでも余っておる。これなら1回で終わりそうじゃ」
「? どこ行くんだよ爺さんは。まだ話半分なんだぞオレ」
「雲隠れ先で聞こうぞ、その話。当然、お前さんも来るんじゃぞ。ほれ、ついて来んか」
上機嫌な爺さんに連れられてきたのは、爺さんの寝室だ。そういやオレ、入ったことなかったっけ。
「表口は閉めてきたな、ケイン?」
「ああ、錠をかけて取っ手にチェーン巻いてきた」
「上出来じゃ。では、このカーペットを剥がしてもらえんか」
床に敷いてあったカーペットをまくり上げたらそこにあるのは。
「魔法陣……?」
「おおよ。まずはこの秘薬をたらして、と」
赤い、血の色の液体を魔法陣の縁へと落とす。
ボンッ
軽い音とともに、魔法陣の縁が紅く光りだす。
「これはこの家の結界を構成する秘薬じゃ。魔法陣を壊さぬ限り、結界は壊れぬよ。次にこれを」
今度はみずみずしい若葉色の秘薬を魔法陣の中央に落とす。
ポンッ ポポポポッ パァァッ
中央から若葉色の光が順次点いていき、縁まで届くとそれが金色の光の渦になった。
「さて、行くぞい」
車いすのまま、爺さんが光の渦に進んでいき、呑まれていく。オレもそのあとに続いた。
軽い立ち眩みを覚えて目をつむったが、すぐに消えたので目を開けると、そこはまるきり違う場所だった。足元に鈍く光る魔法陣がある。
「え? どこにいるんだオレは?」
薄暗いホールのような空間にオレは立っていた。この感じ、『ブリックル』ダンジョンの転移空間に似ているな。
きょろきょろと見まわす先に、爺さんがいた。
「儂の本拠地じゃ。誰も知らん隠れ家にようこそ、ケイン。こっちじゃよ」
動く椅子の向きを変え、奥へと進んでいく。オレは慌てて後を追った。
爺さんが進む端から灯りがともる。これ、魔器開発研究所と同じ感知式の照明か?
まさか、だがひょっとして……?
問いかけようにも爺さんはずんずん進んでいくばかり。ま、いいや。あとでまとめて訊くか。
前方が明るくなって扉が見えてきた。そこを抜けると……
「ほっほっほ。どうじゃケイン、見事じゃろう!」
右手に大釜が据えられ、その両脇には釜を支えるガーゴイルの石像。
正面奥に取り付けられた棚に並ぶは各種の触媒に秘薬。
部屋の中央にはどでかいテーブルがその威容を放っており、所狭しと置かれたフラスコやガラス管、ビーカー等が準備万端で設置されていた。
部屋のあちこちに散らばる紙屑は、そこで行われた無数の実験を物語っている。
もっとも、今は大釜の火は落とされていて冷え切っているが。
「…………まさしく『魔窟』だな……錬金術の」
錬金術師の面目躍如! ですね。
読み直していたら遅くなりました!
来てくださり、ありがとうございます。




