第112話
グィード爺さんのところに来れば、やることは一つです。
おさんどんですね。
「オレはだな、あそこをあいつに悪用されまいと思って個人認識に切り替えただけなんだ。それがどうしてマスター呼びになるんだよ」
魔器開発研究所から『門』で元の場所に戻ったオレは今、ベイレスト共和国に向かって歩きながら延々と愚痴っている。相手? オーリィに決まってるだろ。
「キュル~ィ~~(しつこい人だっちゃ~~)」
「何度でもいうさ。当然だろ。大体機械たらしって何だよ。そんな言葉、どっから出てきたんだ」
「キュウキュ~(細かい事気にしすぎだっちゃ~)」
「ここを気にしないで何を気にするってんだ! このお気楽逃げ上手の食いしん坊!」
「キュキュキュルル~~(変な称号つけないでほしいだっちゃ~~)」
何のかんのと言い合いながらベイレスト共和国の首都ヴェルドが見える位置にまで近づいてきた。流石に首都だけあって、門の前には行列ができている。オレは軽く気配を消すと、一番最後に並んだ。
「キュルキュル~?(どうして気配を消すんだっちゃ~?)」
「新生エリシオ教国の発表でオレのことがバレたからな。ここのギルドからもうるさく言ってきてるようだし、絡まれたくないんだ」
「キュル!(なるほど!)」
ついでに認識阻害を軽くかけて、顔やらなんやらに印象を持たれないようにしておく。これで準備は整った。
順調に列ははけて行って、オレの番となった。
「冒険者か。カードを」
「これだ」
「……ではこの水晶に手を乗せろ……よし、犯罪は犯していないな。通って良し!」
「ああ」
通った後に、「ん? ケイン?」とつぶやくのが聞こえたがスルーして通りに入る。そのまま直進……せずに裏道へと曲がり、陰に身をひそめる。
「あ、おい、今通った冒険者!……居ない? どこに消えた?」
首をかしげながら戻っていく男を確認して、オレは裏道を歩き出した。こんなところで道草なんぞいやだからな。
何やかやとあったけど2年と少し、ここで過ごしてきたんだ。うるさい相手に絡まれないよう、裏道や物陰を知り尽くしている。それでもピートたち4人はオレを探して搾取していったんだ。あいつらも結構切羽詰まっていたんだろう、最初のうちは。
裏通りから民家の庭を突っ切り、別の家の路地を通って反対側の道路に出る。すぐそこに懐かしい家が見えてきた。
扉を開け、覚えていた道筋で通り抜ける。
「キュ~~ウゥ……?(こんな危ないところよく動けるだっちゃ……?)」
「習慣だよ。2年と少し、ここに住んでたからね」
オーリィが言うとおり、ここはかなり物騒だ。錬金術師の倉庫に入る奴なんか、自分の命がいらないとしか思えないよ。文字通り危険と隣り合わせなんだから。
そういうオレも何度か間違えて死にかけた。最初のうちだけどな。グィード爺さんが気を付けていてくれたから何とかなったけど。
暗い倉庫を足取り軽く通り抜け、奥の扉から居宅へ入る。
「ただいま、グィード爺さん」
「おう、早いお帰りじゃのケイン」
コポコポと泡を噴き上げるフラスコ。
どどめ色の霧を垂れ流す大釜。
あれやこれやの薬草の匂いが入り混じり、近寄れなくなった戸棚。
天井には柔らかな光を投げかける水晶玉。
その下で動く椅子に座ってにやりと笑う白髭の老人。
どっからどう見ても魔窟にしか見えないが、オレを助けて導いてくれた大恩人だ。
「まだこの大陸も半分しか回れてないけどな、気になってちょっと里帰りしてみた」
「ほぉ。なんぞあったのかの」
凄腕の錬金術師だけあって、短い会話に何かを感じたんだろう。顔はにこやかなまま、目だけが鋭い光を帯びてオレを見つめてくる。
「危ないことを言ってる奴と知り合ってな、注意しておこうと思って」
「そんなのに近づくでない…とは言うものの、今になっては仕方ないかのう」
ひげをしごきながら眉をしかめるグィード爺さん。そう、この人の口癖は『危ないところや人には近づくな』だっけ。
(でもな~、そういう割には錬金術の素になる希少生物に嬉々として挑むんだよな……)
例えばドラゴン、とか。バジリスク、とか。鱗やしっぽの毛がいい触媒になるらしい。短期決戦で剥がして逃げるのが常とう手段だと聞いた時、開いた口がふさがらなかった。
(ほんと、よく生きてるよこの人)
「何やらよからぬことを考えてそうじゃが、まあ良いわ。それより久しぶりにお前さんの料理が食いたいのう。作ってくれんか?」
ケロッとしてそんなことを言い出した。生きてる年数や潜り抜けてきた修羅場の数でも、到底オレには太刀打ちできそうもない。
「ボアの肉でいいか?」
「おおよ、上等じゃ!」
ご機嫌な声を背に、オレは厨房へと向かう。
「何にすっかな~。熟成度からするとそろそろ食べごろになってるはず……だよな」
『ストレージ』のひとつを『時間経過あり』にして肉を入れておくと、熟成肉が食べられるんだ。魔獣の肉はあくまでも新鮮な方がいいけれど、ボアは普通の獣だからこの方がいい。
う~ん、何にしようか。あまり時間をかけずにたっぷりと食べられるもの……すき焼き風にしてみるか。
ボアの肉を取り出して薄切りにする傍ら、ナベに調味料と水を足して沸騰させる。
甘味に砂糖は高すぎるからキラービーのはちみつを加えて煮込む。
平たい鍋に脂を落としてから肉と野菜を入れて調味料を流し込みながら味をつける。このタイミングが結構難しいんだが、何度か味見をしながら区切りをつけた。
この世界にしらたきや焼き豆腐がないのは残念だけど、ジャガイモに似たポーテがあるからそれをくし切りにして放り込む。皮付きなら煮崩れしないからな。あとは新鮮な卵を割りいれた器ととりわけ用のトングを添えて……
ピピピピイイィィ…………
「え、約束でもあったのか爺さん?」
「いや、そんなことはないぞい。ちょっと見てくるからの」
困った。客が来たのならその分も用意しないとまずいかな? とりあえず肉と野菜を多めに刻んでおくか。
「ケイン、もう一人分追加できるかの?」
「わかった、用意できてるよ」
増やしておいて正解だったな。さて、持っていくか。
ナベをもってテーブルに向かうと、そこにいたのは爺さんともう一人。
大柄な体格をした中年のイケメンで、ほほにある傷跡もよく似合う歴戦の勇士だ。座っているだけで威圧感をあたりにまき散らしそうだが、なぜかそわそわと居心地が悪そうにしている。
身体つきからも冒険者として名の通った人間に見えるし、実際今でも鍛えているのだろう、腕のところなんか筋肉が盛り上がっている。
はて、オレには面識がないんだが。
目で爺さんに尋ねかけるとにやりと口をゆがめた。ヤバい、この笑い方をするときは何かを企んでやがる。
「お前さんは初めて会うかの。首都の冒険者ギルドマスター、アレクス殿じゃ。アレクス殿、これがケインじゃよ」
何ともはや簡潔な紹介で、オレも相手も固まってしまった。しばし沈黙。
どうすりゃいいんだよ~~。
お互い視線を合わせたまま10数秒、目線を落としたオレは、ナベから上がる熱い湯気をまともに顔面で受けてしまった。
「うおっとぉ! アチチチッ!」
取り落さないように持ち直し、テーブルの真ん中にあるコンロへと乗せる。すぐにグツグツと湯気が吹き上がり、だしのいい香りが部屋に広がった。
「おおっ、美味そうじゃのう! どうやっていただくのじゃ?」
ナベをのぞき込んで舌なめずりする爺さん。中年のイケメンも鼻をひくひくさせているな。
「ナベから具材を引っ張り上げて手元の器の卵と絡めるようにして食べるんだ」
言われたようにしてアツアツの肉を口に入れる。と、半信半疑の顔がいっぺんに崩れた。
「おお、あつっ! じゃが美味い、ホフッ、あつつ、美味いのう!」
イケメンもぎこちなく同じように口にすると。
「うん、ホフホフッ! 熱いが美味い! 手が止まらんな!」
ふたりともナベから器にそして口にと、絶え間なく手が動く。山盛りにした肉が見る見るうちに消えるさまは豪快としか言いようがない。こりゃ、お代わりを作ってきた方がいいな。
俺は厨房とテーブルを忙しく往復する羽目になった。
あんたら、オレの分も残しといてくれるんだろうな?
来ていただいて感謝です。




