閑話11~ その後のシーリールにて ~
章が終わりましたので恒例の閑話です。
息抜きにどうぞ。
「ブリックル」ダンジョンの最奥、そのまた奥。
ダンジョンマスターのリッチロードが居を構えているそこは、まさにおどろおどろしいあれやこれやに満ち溢れている。
ポコポコと泡を噴き上げる深緑のフラスコの隣には、ギラギラと光を放つ真っ黒な石がひとりで揺らぎ、フラスコや導管に濃い影を投げかけている。
壁一面には本やら巻物やらが詰め込まれた棚が天井まで続いている。ぎっしり詰まった棚から零れ落ちそうになっているが、細く黒い紐のようなものが不気味にうねりながらしっかりと繋ぎ止めて押さえているようだ。
そんな部屋の中央にあるテーブルで、熱心に書き物をしているのがこの部屋の主、リッチロードのガルディオ・リンブランドだ。フードを下ろしているために頭蓋骨が丸見えとなっており、真っ暗な眼窩が手元にある紙をにらみつけているように見える。
揺れる蝋燭の灯りがその影を更に揺らがせ、ダンジョンマスターらしい不気味さを演出している、が。
「キュイッ」
可愛らしい声と共に、突然テーブルに現れたのはアーミンだ。つぶらな瞳をリッチロードに向け、後ろ足で立ち上げる。
啼き声に気づいたリッチロードが顔を上げる。その眼窩がアーミンを見た途端、纏っていた不気味な気配が霧消した。
「おお、マハル君か。遊びに来てくれたのかの?」
「キュイキュイ!」
「うむうむ、ちょうど切りがよくてな、一休みしようと思うておったんじゃが」
「キュル」
「きゅるる~」
「キュルン!」
「おや、ムーラン君にミドリちゃん、リキーラちゃんも来てくれたのかな。良し良し、ならば休憩じゃ。市場へでも繰り出そうかのう」
「「「「キュキュキュキュ~~~!」」」」
新生エリシオ教国の聖都シーリールの青空市場。
そこの一画が他よりも人が居ない。いないというより、遠巻きにしているというべきか。
と言っても、嫌悪感がある訳ではない。横を通る人々がみんな、生暖かい微笑ましい視線を投げかけながら見守っているという感じだ。
「キュイキュイキュイ~」
「ふむ、これは新作じゃの。ナッツをバターで炒めて砕き、小麦と混ぜて型抜きしたとはな。風味も良いのう」
「キュルキュル」
「リキーラちゃんは好きそうじゃの。ん? よし、これを1袋もらおうかの」
「きゅるる~」
「おおミドリちゃんはこっちか。マハル君とムーラン君には甘すぎたのかもしれんな。なら、これはどうかな?」
「キュキュキュ~」
「この平たいのかの? お、これはこれでまた味わい深い。中に入っているのはエビじゃな。そうか、これが香ばしさを醸し出しておるのかの。うむ、こちらも貰おう」
「へ、へい。併せて銀貨1枚と銅貨4枚でガス」
「ならこれで良いかの。では次へ行くか」
「「「「キュイキュイキュルル~~」」」」
見るからに怪しい黒ローブ姿なのに、その肩や首回り、果ては頭のてっぺんにまでまとわりつく愛らしいアーミンという、視覚の暴力を顕現した一行が市場の中を移動する。たまにぎょっとする人間もいるが、周りの人達が彼らをそっと誘導して騒ぎにならぬよう配慮している。
それでも、世の中にはそれすらも気が付かない馬鹿が存在する。
市場の外に馬車が乗りつけられる。通行人が迷惑そうに脇へ寄る中、馬車からは貴族らしい服装をした男が騎士に取り囲まれて降りてきた。
その男が指を指す先に居るのは視覚の暴力の素。
「あの黒ずくめにたかっているアーミンを引っぺがせ。すべてだぞ!」
「「「「「はっ!」」」」」
貴族の男に命令された騎士たちは一斉に黒ローブへと迫る。だが、その前にアーミンたちはさっさと姿を消していたため、騎士たちは黒ローブを取り囲む事しかできなかった。
そこへ苛立った足取りで貴族の男が近付く。
「そこの黒ずくめ! アーミンを我に寄こすんだ。金なら望みどおりにやるぞ、いくらだ!」
居丈高に叫ぶ男の周りから人々が身を引く。それはもうきれいさっぱりと。あとに残るのは黒ローブと騎士と貴族のみ。その異様さに騎士たちは疑問を抱くが、彼らの主は気づかない。
もっと異様なのは黒ローブ。大勢の騎士に囲まれながらも悠然と立ったまま、身じろぎひとつなくその場にたたずんでいる。
「ほう、アーミンを寄こせ、とな?」
声だけで辺りの温度が下がるほどの冷気を発する相手に危機感を覚えた者も居たが、すべては後の祭りだった。
直後、騎士たちをブリザードが襲う。纏っている鎧に氷が張り付き、全身が冷たい氷柱に埋もれて声も出せなくなる。かろうじて顔が外に出ているが、それも呼吸ができるだけ。声を出そうにも、口元にまで氷が張り付いて体温を奪っていく。
一瞬に氷柱と化した騎士たちを目にした貴族が慌てて逃げようと背を向けかけたが、その身体や足に絡みついたのは真っ黒なロープ。
「こ、これは何だっ、放せ放せえぇっっ! わ、我を誰だと思って……っ」
「お主が誰か知らんし知る必要もないな。ただアーミンに手を出そうとした事は許せん。その発言をした時点で、お主の罪は確定しておるんじゃ。その償いは己の命でしてもらおうかの」
その時、風でフードが脱げて頭蓋骨と青い焔が宿った眼窩が露わとなった。
その姿に愕然とする貴族と騎士たち。
「っ! き、貴様は……っ!」
不自然な突風がその場を駆け抜け、次の瞬間、貴族と騎士たちは姿を消した。
「ふん、小者どもが」
鼻を鳴らして吐き捨てると、リッチロードは残されていた馬車と御者に近づく。
御者は縮み上がったまま震えていた。
「ひっ、お、お許しを……!」
「お主に何かする気はないぞい。この後すぐに、王宮前へ行くがよい。そして門兵に、今起きた事、何を話していたか、すべて偽りなく伝えるんじゃ。よいな、偽りなく、じゃぞ?」
「は、は、はひぃっ!」
戦慄きながらも手綱を操り、御者はその場から逃げ出した。
「やれやれ、手間取ってしもうたのう。さ、次へ行こうぞい、みんな」
「「「「キュキュキュ~~~!」」」」
フードをかぶりなおすと、また元の位置へ現れたアーミンたちを引き連れ、いつも通りに市場の店を巡るのだった。
※※※※※※※※※※※※※※※※
一方、王宮前の広場には困惑した門兵が居た。ポカポカ陽気の至って平和な午後だったのに、いきなり氷の柱数体と雪だるま状態の男が降ってきたのだから。
「なあ、これ如何したらいいと思う?」
「お、俺に訊くなよ。わかる訳ないだろ」
「そうだよなぁ……あ、待て。あの馬車、こっち目指してないか?」
見ると、ものすごい勢いで馬車が走ってくる。
乗っている御者が必死に鞭を振るっているため馬が暴走状態だ。このままだと氷柱に突っ込むばかりか、王宮にまで突貫しかねない。
「あの馬車を止めるぞ、みんなを呼んでくれ! それと騎士団にも連絡を!」
「分かった!」
駆けこむ者と走り出てくる者。その先では馬車を止めようと門番が必死になっていた。そこへ連絡を受けた騎士団がなだれ込む。
「どうっ、どうっ! よし、落ち着くんだ、よしよし!」
「誰か水を持ってきてくれ! 御者が泡を吹いている!」
「馬もだ! 興奮しすぎているんだ!」
水が来て、御者が自分を取り戻す。と、
「すいませんすいません! お許しください! わ、私は言われたとおりにしていただけでっ!」
いきなり地面へ膝をついて土下座してきた。
「なんだなんだ、何があった? 話してみろ」
「はいはいはいぃぃ、お話しますすべて偽りなく本当の事を!」
「「「「「「ん?」」」」」」
御者の言葉に首をかしげる騎士たちへ、先ほどまでの出来事を伝える。最初はいぶかしげだった騎士たちも、アーミンの捕獲とその相手の様子を聞いて納得したようだ。
「なるほどな。それでこの有様か」
「やっと氷が解けたな。まああの方にしては優しいやり方だが」
「お? この騎士の紋章はベイレスト共和国の物だぞ」
「アーミンを捕獲したいのは分かるが、悪手だな。おい、姫様たちにこのことを伝えろ。王族の専用回線で抗議をしてもらう」
連絡を受けた城では姫様たちだけでなく、侍従やメイド、近衛騎士たちも激怒した。何せ離宮の庭で遊ぶアーミンたちの姿に日々の癒しを受けているものばかりだからだ。
その結果、ベイレスト共和国の貴族及びそれに連なる者たちは、半永久的に新生エリシオ教国に入国することが叶わなくなってしまったのだ。
アーミンとリッチロードのお気楽毎日を描いてみました。
もう1話閑話をはさみます。
読んでいただきありがとうございます!




