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血色の世界  作者: 蛹
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38話 悪夢

 朝が来てしまい、俺たちは戦うために村を出る。

 死にに行くようなこの戦いに、村の人は泣いて祈ってくれた。

 祈る相手が女神だから俺としては複雑な気持ちになるけど。

 もう帰ることはないこの村を目に焼き付けた。

 この村で育ったんだ。

 特別、なにかある訳でもない村だけど、ここで過ごせて楽しかった。

 もっと遊んだり鍛練したりしたかったな。

 俺が悪夢じゃなかったなら、魔人の子供を育てたり、誰かに剣を教えたり、誰かと結ばれたりしたのかな。

 もしかしたらレイダと上手く行っていたりして。

 そんな、ない未来を夢見てみたり。

 ありえないことなのはわかっていても、俺に未来があったらと考えてしまうのはなぜだろう。

 俺にある未来はたった一つだけなのに。

 そう決めたのも俺自身だ。

 女神のせいで俺の運命は決まっていたから、俺だけの意思で決めたわけじゃないのかも知れないけど、俺は俺が決めたんだと思っている。

 決めて、実行にも移している。

 もう振り返らないさ。

 村に背を向ける。

 戦いに出る人たちが、家族や友人と別れの挨拶をしているから少し待つけど。

 でもずっとそれを見ていたら、決意が鈍りそうで怖いから。


 しばらくして村から出発した。

 人間の領土と魔族の領土から攻められると思う。

 でも人間の領土からだと山と森が邪魔で大人数では無理だろう。

 だから魔族の領土から沢山来ると思う。

 といっても山のほうもちゃんと警戒するために二手に分かれるけど。

 俺は沢山来るほうに行く。

 そっちのほうがいいだろう。





 皆が死ぬ覚悟で戦地になる場所へ到着する。

 向かい側には絶望的な数の人。

 どれだけいるんだろうか。

 最後尾なんて全く見えない。

 人間も魔族も亜人も獣人も混ざっている。

 ……その中に魔人も入れてほしいな。


「セレメ。無茶しないでくれよ」


 アキが俺の肩を抱いていう。

 ……それは無理だ。

 今から俺は悪夢になるから。

 心を押し殺せ。

 何。どうせ俺は死ぬ。

 俺の気持ちは手紙にした。

 もう迷わない。

 迷えない。

 全て俺が変えてやる。


 ドンっとアキを突き放した。

 結構な力を込めて。

 アキが尻もちをついてしまうくらいだ。

 まあ無警戒の相手に突然押されたから尻もち着いたのだろうけど。

 今まで俺は本気で嫌がったことがないから、ここまで強くは押してなかったし。


「……セレメ?」


 ちらりとアキを見てから今度は前にいるレイダを見る。

 レイダは苦しそうな表情のまま頷いていた。

 ……アキを頼むよ。そう思いを込めてレイダに微笑んで見せてから、俺はアキに向きなおった。


「じゃあな。アキ。俺は人間側に寝返る」


「は?」


 アキが呆けたような顔をして俺を見つめるけど俺は無視して人間側に歩き出す。

 寝返るなんて嘘も大嘘。

 悪夢になってくるなんて言うとアキは絶対止めてくる。

 そうするとアキを殺してしまうかも知れないから、出来るだけレイダに抑えてもらう。

 寝返るほうが俺が生きる可能性を見出してそんなに強く止められないだろう。

 アキならそう。

 なんとなくわかる。

 魔人がどうやってとか考える暇は今はないだろう。

 突然の事態に混乱しているだろうから。

 俺はのんびりとした足取りで敵軍の前に立つ。

 もちろん攻撃してくるけどその程度、悪夢の魔法の前では無意味。


「こんにちは!」


 俺の声を全世界に届かせる勢いで風の魔法を使う。

 出来るだけ大きな声を出して。

 こんな大声なんて出したことないな。

 俺らしくない。

 今から俺らしくないことばかりするのだから、どうでもいいか。


「人間と魔族と亜人と魔人と……その他の種族の皆さん!」


 俺は両手を大きく広げてわざとらしい笑顔を作る。

 残虐非道な悪夢だ。

 ちゃんとこなさないとな。


「俺、九代目の悪夢、セレメが参上しました!」


 モルゼットと考えた悪夢。

 それを演じれば誰もが俺を悪夢だと思うだろうという性格。

 派手好きで人の命を玩具のように扱う。

 そんな感じ。

 溜めていた魔力を放出して敵の軍の中心に虹色の魔法をぶっ放す。

 弱めはしたけどそれでも死ぬ。

 そういう魔法を使った。

 あっという間に何百人の命が消し飛ぶ。

 一瞬のこと。

 血の匂いが、肉の焼ける匂いが、飛び散った赤い破片が、ここにいる全ての人に理解させる。

 悪夢が現れたと。


 誰の悲鳴が最初か?

 どうせ知らない人だろうから無視して、声を出して笑ってやる。

 笑っていると不愉快な臭いのせいで嘔吐しそうになった。

 でも、笑わないと。

 だってそうだろう。

 悪夢は、全ての種族の悪でないといけない。

 どれだけ殺せばいいんだろう。

 あんまり殺したくないけど。

 そう思っていると俺の後ろから魔人がやってきた。

 人間の攻撃を適当に跳ね返しながら振り返る。

 

「セレメくん! なんでこんなことしてるの!?」


 メーナが顔色悪いまま、俺の名前を呼んでくれる。

 でもな、もう戻れないんだよ。メーナ。


「せっかくこんなに命が集まったんだ。殺さないと」


「セレメくん可笑しいよ!」


「可笑しくない。俺の本性に気が付かなかったお前らが可笑しいんだろ?」


 思いっきり突き放してくすくすと笑ってやった。

 でも思ったより心が苦しい。

 今までついてきた嘘よりもずっと苦しいや。

 そして今からもっと苦しくなることをする。

 魔人を俺の敵にするため、魔人を敵の仲間にするため。

 俺は炎の玉を作り出し魔人に向かって攻撃した。

 炎は一直線にメーナに向かっていく。

 出来れば避けるか防いでほしいな、と思いながらも立ち尽くしているメーナじゃどっちも無理かと諦める。

 でもメーナは死ななかった。

 見知った顔の男がメーナを押し飛ばして代わりに焼かれたんだ。

 地獄からの叫びのような声を俺は風で世界に運ぶ。

 無意識に唇を噛んでいたようで血の味がして慌てて魔法で治した。

 ……ありがとう。メーナを守ってくれて。

 火だるまになって暴れ狂っている彼。

 救出班になるための訓練で一緒に頑張ってくれたリーダーのギヌ。

 最後の最後でありがとう。

 殺してしまうけど。

 ギヌの仲間の人達がギヌの名前を叫ぶ。

 もう手遅れだ。

 泣きそうになるのを抑えて俺は笑う。

 苦しむギヌを指さして大声で笑う。

 ああ、目に涙が溜まって来てしまった。

 これはもう泣いてしまうくらい面白いってことで誤魔化さないと。

 顔を俯かせて腹を抱える。

 そのくらい面白いんだと、自分に言い聞かせる。

 ……全然面白くないけど。

 涙を拭って顔を上げる。

 もうギヌは丸焦げになって地面に横たわっていた。


「あー面白い」


 そういって俺は魔人に背をむけて人間を殺して見せる。

 どうだ?

 ちゃんと悪夢だろう?

 魔人が雄たけびを上げて俺に襲い掛かる。

 人間側も恐怖しながら、怒りながら俺に襲い掛かる。

 それらを均等に殺していく。

 いや、人間側のほうが数が多いから人間側がいっぱいだけど。

 ……女神、これで満足か?


「勇者様!」


「勇者様だ! どうかこの悪夢を終わらせてください!」


 人間側の人たちが安堵したような顔をする。

 そこに魔法をぶっ放して安堵を絶望にかえた。

 返り血がかかる。

 悪夢ならこのくらいの血、気にしないよな。

 少しの時間だけど悪夢がやることなすこと出来ている気がする。

 あとはそう。

 勇者様のご登場だ。


「セレメ!」


 怒りで染まったような、でも悲しそうにも見える表情をした勇者サーデルが俺に光の魔法の白い剣を向ける。


「ちゃんと約束、守るからっ!」


 その約束って何だろう。

 俺を倒すことか。それとも魔人のことか。

 ……たぶんどっちもだと思う。

 なんか嬉しくて、素で笑ってしまった。


「ありがとう。サーデル」


 この言葉だけはサーデルにだけ届くように風を操作した。

 俺として、魔人セレメとしての最後の言葉だ。

 ここからはずっと悪夢セレメ。

 殺戮を楽しんで笑う悪夢。


「勇者は引っ込んでろ! 邪魔だ!」


 俺はそういってカラフルな色の魔法を扱う。

 ちょっと手加減はする。

 サーデルじゃ俺の本気には勝てないから。

 腕一本くらいは壊す気でやる。

 そうしないと俺が勇者に手加減してるってバレそうで怖いし。


「悪夢は消えろ!」


 サーデルは俺の魔法を躱し、躱しきれずに怪我しても光の魔法で傷を治し、立ち向かってきた。

 光の剣を俺に向けながら別の光の魔法で俺を攻撃してくる。

 もちろん他の人間からも攻撃を仕掛けられている。

 全てを防御しながら素早い動きで俺に近寄ってくる勇者に魔法を放って、でも避けられて焦ったふりをしながら人を殺す。

 防御に隙を作ってわざと敵の剣を受けた。

 少しずつ弱ってきていると錯覚させる。

 魔人も人間も魔族も別の種族も。

 全てが俺の敵となる。




 やがて力尽きかけたように膝をついた俺は、勇者を睨みつけた。

 腹にはさっき殺した魔人の剣がぐっさり刺さって、反対側から剣の先が出ている。

 はは。痛いな。怖いな。

 真っ黒な血が俺の足元を濡らす。

 こんなに血を流したの初めてだ。

 ちょっと寒くなってきて、手足が冷えて震えてくる。


「これで終わりだ! 悪夢!」


 鼻声のサーデルが白く光る剣の先を俺の胸に近付ける。

 殺すのは、怖いよな。

 俺も嫌だった。

 サーデルの震える手に、俺の震えている手を重ねる。


「まだ、死ぬわけにはいかないっ!」


 勇者の手を掴んで抵抗しているふりをする。

 ははっ。とんだ茶番だ。

 それでもいい。

 勇者は躊躇するだろうから俺が悪夢を倒す。最初から決めていたことだ。


 勇者の手を掴んだまま、俺は自分の心臓を自分で貫いた。

 勇者の目が見開かれる。

 まさか俺が自分で死ぬとは思わなかったって顔だな。

 俺は昔から言っている。

 俺が悪夢を倒す。

 出来れば勇者と協力して。

 ある意味でその夢は叶ったかな。

 一緒に悪夢の心臓を貫いてやったよ!


 ぐらりと体から力が抜ける。

 ずるりと俺の体から剣が抜ける。

 面白いくらいに黒い血が周りに飛び散った。


 ああ、周りがゆっくり動く。

 まるで時の流れが可笑しくなったみたいだ。

 視界のはじにちらりと気絶しているらしいアキの姿が見えた。

 それを背負うレイダの泣き顔とメーナの怒りの表情に少し安心する。

 死んでなかったんだ。

 無差別に魔法を撃ちまくっていたから死んでないか不安だったんだけど、これなら未練なく死ねそうだ。

 あっ、コリアスもいるや。

 泣いているコリアスなんて初めて見た。

 このあとよろしくな。

 ちゃんと上手く魔人を導いてくれよ。

 俺はコリアスを一番頼りにしているんだから。


 そしてサーデル。

 そんな悲しそうな顔してたら、悪夢と勇者に繋がりがあるって気づかれるよ。

 優しい勇者で押し通してもいいけど。

 実際、サーデルは敵であった魔人にも優しかったもんな。

 でももうお別れみたいだ。

 どすりと、俺が背中から地面に倒れる音がする。

 皮膚に流れる俺の血が暖かい。

 その暖かさも少しずつ感じなくなっていく。

 ……空が綺麗だ。

 場違いなことを考えてしまう。

 今日は雲もない真っ青な快晴だ。

 まるで俺の死を祝福しているみたい。

 ……今まで楽しかったな。

 アキに育てられてよかった。

 コリアスに剣を教えらてもらえてよかった。

 レイダと鍛練してよかった。

 ロキに話しかけられてよかった。

 メーナと友達になってよかった。

 皆に会えて、よかった。


 ありがとう――――。

一応ここで最終話となります。

あとサーデル視点で後日談的なものと、最後にエピローグ(?)を書きます。

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