36話 告白
数少ない俺の知り合いと、残された少ない時間を過ごす。
昔と比べれば変わってしまったその関係。
レイダとメーナ。そしていつもはロキがいた。
ロキは一緒にふざける相手として、とてもよかったんだけどな。
楽しかったな。皆と鍛練したり、遊んだ時間は。
当たり前だった日常はもう戻ってこない。
ロキだけじゃない。
コリアスもここにはいない。
森の中で魔物と一緒に暮らしている。
コリアスから貰った剣は、コリアスに返しちゃったな。
コリアスと皆で鍛錬っていうのも出来なくなってしまっている。
まあ、それでいいか。
俺にとっては、悪夢にとっては、過ぎた幸せだったのだろう。俺は幸せになってはいけない存在なんだ。
「ね、ねぇ。セレメ。もし戦争で生き残れたら、言いたいことがあるの」
そしてレイダとの関係も少し変わろうとしている。
俺はレイダに呼び出され、いつも鍛練に使っていた丘の上にいた。
ひゅう、と風が吹く。
少し身震いするような冷たい風だ。
「そういっておいて死んだらどうするつもりだ? コロっと逝っちまうかも知れねぇぞ」
話をそらそうとそう言ってみる。
「……そうかも。今、言うわ」
「……」
今も、やめてほしいのだが。
そう思うものの止めることは出来ない。
「私、セレメが……すき」
沈黙。
遠くの森の木の音がざわざわとここまで聞こえた。
俺はレイダと目を合わせられなくなり、見上げる。
紫色の空。灰色の雲。
星が二つ、輝き始めていた。
「レイダはいいな。自由に人を好きになれて」
今にも消えてなくなりそうな星を眺めながら、俺はぽつりと呟いた。
その声があまりにも弱々しくて、自分の声ではないみたいだった。
「何よそれ。私は真剣なのよ」
レイダは馬鹿にされていると思ったのか、大きめの声で言った。
眺めている星が、少し、ぼやけて見える。
「セレメ。聞いてるの?」
「聞いてるよ。ただ、羨ましいなって、思っただけ」
「はあ?」
「いや、ズルいって思うほどだ。俺もそうやって、生きてみたかった」
「今からでも遅くないわ」
「遅いんだよ。何もかも。生まれた瞬間から」
暖かいものが頬を伝う。
せっかく上を向いていたのに。
慌てて俺は俯いて、涙を手の甲で拭った。
「……どうしたの?」
レイダがそっと俺の肩に手を置いて、俺の顔を覗き込もうとする。
俺は顔を逸らして、レイダの肩を押して突き放した。
「……泣いてるの?」
「違う」
「嘘よ。……ねえ、どうしちゃったの? 私のせい? 私がセレメを好きになっちゃいけなかった?」
レイダの声が、いつもより優しい。
いつもは声に棘があるように話しているのに。
……こんなレイダ、初めて見た。
「……レイダは俺を好きにならないほうが幸せだったかもな」
乱暴なだけじゃなく、優しさも持っているみたいだし。
俺じゃない誰かにその気持ちを向けたほうが絶対にいい。
「どうして? 私にだけでいいから、理由教えて?」
「それ駄目だ」
「誰にも言わないから」
「駄目だ」
「だったらずっと、好きのままでいてやるわ」
ああ、それはズルいな。
俺は苦笑いする。
涙を何とか止め顔を上げる。
その月のような銀色の瞳と、目が合った。
いってしまったら、俺の決意が揺らいでしまいそう。
でも、俺をこのまま好きでい続けるのは、可哀想だ。
「レイダ」
「……なに」
「俺は、悪夢だ」
「……」
「この戦争で、俺は悪夢となって、人を殺す」
「……」
「魔人も一緒になって、悪夢を攻撃してくれるだろう。上手くいったら、魔人は助かるかも知れないね」
「……なによそれ」
「俺は勇者に殺されるから――」
殺されるから、俺のことは忘れてくれて良い。
そう言おうとした。
「なによそれ!」
レイダが喉を壊しそうなほど大きな声で、俺の言葉を遮って叫ぶ。
レイダの顔はいろいろな感情が入り混じってるような顔で、唇を噛んで眉をハの形にしていた。
「セレメが悪夢のわけないじゃない!」
「俺もそう思ってたよ。でも悪夢だった。ごめんな。レイダ」
「……そんなっ」
また、沈黙。
空の色は直ぐに変わってしまって、夜に近付いていく。
星の輝きが増えてきた。
「……ロキも死んじゃったのに、セレメも死んじゃうの?」
レイダが目に涙をためて聞いてきた。
「そうなると思う」
「セレメ。死んじゃうの怖くないわけ?」
レイダ。それは聞かないでほしかった。
聞かれたからには、答えないと。
最後の最後なんだ。
出来るだけ嘘は吐きたくないんだ。
「怖いさ」
そう。怖い。
自殺するときも最初は怖かった。
でも自殺では死なないとどこかでわかってたから、何度もやれたんだ。
実際悪夢の力のせいで死ねなかった。
それをなんとなく感覚的に知っていた。
同じ血を持つ者に親近感をもつ時みたいな、そんな感覚だ。
でも今は、凄く怖い。
勇者に倒されるってことは、確実に死ぬことになる。
「でもやらないと」
やらないと魔人がいなくなってしまうし、今後魔人が生まれても助ける人がいなくなる。
潜入している魔人やその関係者だってどうするんだ。
魔人ならすぐに見つけ出されて殺される。
関係者は必死に隠れて生きるしかなくなりそうだ。
「それでも怖いんだよっ!」
両手で顔を覆って、俺はしゃがみこむ。
俺がやらなければいけないとわかっている。
それでも怖いんだよ。
押し殺していた死への恐怖が震えとして出てきてしまった。
仮面でもつけて顔を隠して人を殺して、悪夢と隠してこれからも生きていこうか?
勇者に正体がばれなければ、それでなんとか殺されないように立ち回れば、悪夢の使命を果たし、さらに魔人も助けられて俺も魔人の皆と過ごせるかも。
でもそれをしたら、今まで俺が生きてきた意味がなくなってしまうみたいで、別の怖さがある。
俺の人生を否定しているみたいだ。
魔人として誇りを持って生きてきた自分が、人を殺さないと誓っていた自分が、悪夢として人を殺す。
それを俺自身が許せないし、なによりも心まで悪夢になってしまうみたいで嫌なんだ。
人を殺したから、もう俺は魔人じゃないのかも知れない。
それでも魔人が迫害される理由の元凶である悪夢である俺を倒せれば、俺はまだ魔人でいれるような気がしてしまう。
そんな変な感情論だ。
理解できないだろうな。
レイダも、他の村の人も。
何が、正解なんだろう。
誰か、教えてくれよ。
止めたはずの涙がまた流れてくる。
どうしてこんなに悲しいのだろう。
どうしてこんなに苦しいのだろう。
「セレメ……」
レイダが座り込む俺をそっと抱きしめてくれた。
レイダがこんなに優しいなんて、本当に珍しい。
今まで俺が弱音なんて吐かなかったから、余計心配で優しくしてくれてるのかも。
……なんだかちょっぴり嬉しい。
俺はそのまま抱きしめられて泣いた。
ああ。かっこ悪いなあ。
そんな俺につられたのか、レイダも泣いてしまう。
男なのに情けないって呟いたら、レイダが「男の子だって人だもの。泣いていいのよ」って言ってくれた。だから本当に涙が止まらない。
でもそれだけなのにもの凄く心が軽くなるんだ。
「ねえセレメ。どうして話してくれたの」
泣き止んだ俺と地面に座りながら、レイダが聞いてきた。
少しの気まずさで顔を背けながらもレイダの問いを考える。
……そうだな。
「なんとなくっていったら怒るか?」
「怒らないわ」
「……なんとなく死ぬ前に嘘は吐きたくなくて」
「そう。悪夢じゃないって嘘を吐くのは辛いものね。それに嘘を吐きたくないっていう気持ちもわかるわ」
成人してから俺は、嘘を多く吐きすぎた気がする。
仕方なかったとはいえ、罪悪感があった。
そんな気持ちをして死ぬのは嫌だな。
そう思っただけ。
でもこんな簡単に正体を明かしていたら、悪夢って皆にばれてしまいそう。
ほどほどにしないとな。
レイダには言ってしまったけど。
「セレメ。悪夢うんぬんは置いておいて、私の事どう思ってる?」
「……恋愛対象ではないな。仲間とか、友達って感じ」
「セレメらしいわ。私、セレメに初めて負けた日から、ずっと気になっていたのに。それがいつの間にか恋心になって……。やめましょう。こんなの恥ずかしいったらないわ」
そんな前からか。
それは知らなかったな。
「でもレイダはわかりやすかったぞ。俺に好意を抱いてるって。ロキも気が付いてたし」
「えっ。嘘でしょ?」
「本当だ」
「……隠してたつもりなのに」
レイダが恥ずかしそうにしている姿が面白くて、つい笑ってしまった。
レイダが怒るけどそれもなんだか面白い。
俺が笑い続けていたらレイダも怒っていることが可笑しくなったのか、笑い始めた。
しばらく俺たちは丘の上で笑い、話をする。
昔のこと、楽しかったこと、未来について。
レイダは俺を止めることはなかった。
ずっと俺を見てきたから、俺を止めることは出来ないとわかってるんだろう。
……俺よりレイダの方が俺の事を知ってそうだ。
俺はいつも魔人を優先してきたから、自分のことは疎かになる。
「セレメ。好きよ」
唐突に言われた。
言われ慣れていないから、少し照れてしまうな。
「……ありがとう」
この言葉しか見つけられずにそういった。
「私はセレメの気持ちを受け継ぐわ。セレメが死んでも絶対にセレメの夢は叶えて見せるから。私も魔人を守りたいもの」
「そうか」
「セレメを悪者として皆に伝えていく。……でも魔人にだけは本当のこと言っていいでしょ? セレメが死んだあと、セレメの悲しみとか夢とか。なんで悪夢になったのかとか」
「別にいいけど、あまり広めないでくれよ」
「ええ。わかってる」
レイダがニコニコして俺の手を握ってきた。
意識しないようにしながら会話を続ける。
「セレメー」
アキの声が聞こえた。
夜になっても帰らないから探しに来たのか。
「そろそろ帰るか」
「そうね。……最後に皆で集まってパーティーでもしましょう? 楽しい思い出が作れるわ」
「そうだな」
「セレメ流のとびっきりの料理も作ってね」
それは食べにくい料理のことだろうか。
パーティーがいつまでも続いてほしいから、ゆっくり食べれる食べにくい料理を作ろうか。
……それでもいつかは終わってしまうだろうけど。
今日から最終話まで毎日投稿します。
なんか一気に書けちゃったので早めに投稿!
でもあと4話くらいで完結です。
字数も少な目ですかね。
読んでくださる方がいれば最後までお付き合いください!




