23話 酒場
酒は成人したら飲んでもいいことになっている。
俺はもうモルゼットと一緒に何度か飲んだことがあるから、特に酒に弱いとかそういう問題はない。
カウンター席の端っこに座ってお酒とつまみを頼んでから聞き耳を立てる。
直ぐに酒とつまみが運ばれてきてお金を渡しちびちびと飲んでいく。
周りの人の話は自分の武勇伝だとか愚痴だとか自慢だとかいろいろだ。
勇者の話は全然ないな。
まあいいか。
眠くなるまではここにいて、眠くなったら宿屋に戻ろう。
眠くならずに時間が過ぎる。
ジョッキ一杯飲み終わったので店主にお替りを要求した。
お金を払ってからまた飲み始める。
「あの、お隣いいですか?」
突然俺に声をかけてくる男。
顔をあげてそいつをみるとビックリするほどの美人だった。
コリアスのようにくすんだ金髪ではなく、輝くような金髪で目は空よりも海よりも青くて不思議と引き付けられる。
……ここの皇族が抜け出してここに来たとかじゃねぇよな?
そう思ってしまうほどの雰囲気も持ち合わせていた。
魔人ってバレなきゃいいし、隣に座るくらいならいいかな。
「どうぞお座りください」
商人の弟子をすぐさま演じてそういってみる。
男は恐縮しながら座った。
男は俺と同い年くらいに見えるな。
気にしないようにお酒を飲んでいれば魔人とほぼばれないだろう。
男が酒を注文しているのを横目に、つまみのナッツを食べる。
「あなたは勇者って知っていますか?」
隣の男が突然話し出した。
しかも俺に向かって。
何で俺なわけ?
勇者の話が聞けるなら別にいいんだけどさ。
俺がここにいるのは勇者の情報収集のためだし。
「もちろん知っていますよ。悪夢を唯一倒せる英雄じゃないですか」
そう笑って言うと、隣の男は表情を変えないまま頷き話を続ける。
「では悪夢はなぜ人を殺すのでしょう?」
「は?」
突然コイツは何をいいだすのか。
困惑しながらも話の先を促すと、男は疲れたようにため息を吐いた。
「悪夢は約百年ごとに現れています。規則性があるのです。ならば目的があって当然でしょう。それがなんなのかがまったくわからず、ずっと考えているわけです」
「そ、そうなのですか」
「僕が悪夢でしたら、人のために人を殺すのでしょう。例えば耐えがたい苦痛の病にかかった方々なら楽になるように殺すのです。でもきっとそうではない。あなたが悪夢だったら人を殺す理由はなんですか?」
よくわからない変な奴に絡まれたが、なんか面白いこと考えているようなので答えてやることにする。
「私が悪夢だったのなら、家族や仲間のために人を殺すのでしょう。でも家族も仲間も私が悪夢になると悲しむのでなったりはしないのですが」
「そうでしょうとも。でもそれも悪夢の目的ではない気がするのですよね。ああ、名前を言っていませんでしたね。僕はサーデルと申します」
「私はヘルマンと申します。商人見習いをするものです」
本名を言うわけにはいかないから仕方ない。
ヘルマンという偽名を使わせていただく。
「ヘルマンさんですか」
「さんなんてよしてくださいよ。こういう場ですから」
「ではヘルマンと呼ばせていただきますね。もしよければ僕の事もサーデルと呼んでください。あと言葉も普通にしましょうか」
んー。ちょっとした拍子に素顔が出てしまいそうだけど、ここで嫌というのは変かな。
仕方ない。
ため口にするか。
「これでいいかな? サーデル」
「うん。ありがとう。ヘルマン」
それからサーデルと悪夢と勇者について談義する。
悪夢の存在理由。勇者の存在理由。
過去の悪夢と勇者の行動の理由などをいろいろと。
「ヴァンダルの最後の言葉はまた一緒に暮らそう、だったらしいよ」 サーデルがいう。
「そうなのかい? それは初耳だ。ヴァンダルは勇者ハイツと同じ孤児院で暮らしていたからあり得そうな言葉ではあるね」
ヴァンダルは一番初めに現れた悪夢の名前だ。
過去の悪夢や勇者についての情報が役立つかは不明だけど憶えていて損はないだろう。
ふむふむと頷きながら聞いたことをしっかりと記憶する。
「僕もつい一年前に知ったんだ。死ぬ寸前だったのに一緒に暮らそうなんて、いったいどういう意味なのか」
「輪廻転生とかじゃないのかい?」
「やっぱりそうなのかなあ? 悪夢は輪廻と関りが深いみたいだからそうなのかもしれないけど、他の悪夢はどうだったんだろう?」
おい。待て。
なんで悪夢と輪廻が関りあるって知ってるんだ?
俺はただラシディーリン教の教えの一端を口にしただけなんだが。
悪夢は輪廻の守護者だから正しいが、俺が今まで調べてきた文書などではそんなこと一切書かれていなかったんだぞ。
女神の神託があって初めて知ったんだ。
何故こいつが知っている?
「悪夢と輪廻に深い関りがある? それは初耳だね」
そんな嘘をいいながら、さりげなく探ってみる。
「一般的には知られていないから知らなくても仕方ないよ。悪夢は輪廻を守る者らしい。僕もそう知ってるだけで詳しくはしらないけどね。それにしてもヘルマンは悪夢と勇者に詳しいね。僕の話についてこられる人は初めてだよ」
話を逸らされたな。
このまま探り続けるのは危険か。
……でもここまで気が合う人は初めてだな。
話をしていて純粋に楽しい。
レイダとかロキとかメーナとも仲はいいけど悪夢と勇者の話を詳しくしても「それより鍛練!」ってなるからな。
……三人が鍛練馬鹿になったのは俺のせいだな。
「普通は悪夢と勇者の名前を言っても誰それ? って感じになるのにちゃんと伝わってるし。ヴァンダルなら始めの悪夢。ユータなら魔王って言ったほうが伝わりやすいのに」
「昔から悪夢と勇者の話が好きでね。いろいろ調べてたら、この通り詳しくなってしまったんだよ。サーデルはなんでそんな詳しいんだい?」
「んー。それはまだ秘密かな。でも勇者に関係ある仕事についているからここ一年ずっと調べていたのさ。……ここだけの話、勇者は一年前にはもうに発見されたいたんだよ。この間勇者発見の公式発表があったけど、本当は一年前に見つかっていて、それを隠していたんだ」
マジか。
なんで隠してるんだよ。
勇者は人間の希望だろう。
勇者に選ばれた奴が勇者やりたくないとかいったのか?
俺が悪夢やりたくないっていってるように。
でもサーデルからは情報が抜き取れそうだな。
勇者に関係ある仕事してるって最高にラッキーな情報提供者だ。
勝手に話しかけてきて勝手に話してくれるし。
「なんで隠していたのかって言うと……その勇者が目立つことを嫌う人でね。自分が強くなって恥をさらすことのないようになるまでは、絶対目立つとか無理って言うんだ。気持ちはわかるけどね」
……俺もちょっとわかる。
アキに抱きつかれているのを仲間に見られるあの恥ずかしさ。
何かが違う気もするけど似たような感覚なのだろう。
「あっ。このことは誰にも話さないでね? 勇者の情報を漏らしたって怒られるから」
それって怒られるってだけで済むんだろうか。
残念ながら俺は仲間に話すのだけど。
「わかった。秘密にしよう」
一応口ではそういっておく。
凄く悪いことしてる気がするけど、これも任務だ。
「僕はそろそろ帰るよ。あっ。ヘルマンはどこに住んでるの?」
「どこにも住んでいないよ。商人見習いとして旅をしているんだ。今は宿屋に泊まっているよ」
「へぇ。そうなのか。どこの宿屋なの?」
どこかを教えてみると「今度会いに行くよ」と言われてしまった。
勇者の情報をまた抜き取れるかもしれないから別にいいけど。
「今日は楽しかったよ。またね。ヘルマン」
「ああ。またな。サーデル」
手を振って別れる。
俺もそろそろ帰ろうかな。
酒を飲み干してつまみも全部食べ終わると店主に挨拶してから帰路につく。
それにしてもサーデルは変な奴だったなあ。
突然俺に話しかけてきて絶対漏らしちゃ駄目だろうっていう情報を漏らして最後はまたね、か。
俺なら知らない人に話しかけられない。
なんであんな簡単そうに話しかけられるのか。
そしてなんで人と関わるのが苦手な俺と仲良くなれたのか。
恐ろしいほどのコミュニケーション能力だ。
ただ彼には人を見る目はない。
魔人に勇者の情報を流すくらいだし。
いや、サーデルは悪夢に勇者の情報を流したのか。
サーデル。悪夢に情報を漏らしたって知られたら人間の国でも魔族の国でも死刑だぞ。
大丈夫なのか? サーデル。
まあ俺が悪夢と知られない限り、バレることはないと思うけど。




