17話 族長
村に帰ってきた翌日の朝。
アキとコリアスは勇者の調査に参加の許可をもらうために族長の家にいっている。
俺も一緒に行こうと思ったけど、レイダとロキとメーナに捕まってしまった。
いつもの丘の上で鍛錬するらしい。
アキたちもレイダたちと一緒にいてっていうから鍛錬をすることにしよう。
「セイヤァァ!」
威勢のいい声を出してアキが俺に剣を向ける。
木剣だけど、その剣捌きが凄い。
なにせ俺が押されているんだ。
この一年でレイダは随分と剣の腕を上げたらしい。
俺は一年、剣を振ることがほとんどなかったから鈍ってるし。
鍛え直さないと。
結局俺が負ける形で手合わせを終了した。
「セレメに勝ったのになんか嬉しくないわ。勝った気がしないし」
レイダが不満そうに言っている。
「俺は全力だったぞ?」
全力で戦って負けた。
かなり悔しいからまた毎日鍛錬の生活をしたくなってくる。
それなのになぜレイダも不満か?
「だって私たちが戦っても軽い傷しか与えられなかった魔物を、あんな簡単に倒すのよ?」
「それは魔法ありだったからだ」
過去最強の悪夢に教えてもらった魔法なんだから。
だからある程度の敵は倒せることだろう。
「……魔法も使って戦いましょう。私もアキさんとメーナに教わっていろんな魔法を使えるようになったのよ」
「いいけど使いすぎんなよ」
俺と違って貧血になるんだからさ。
それからもう一度レイダと戦った。
今度は俺が勝った。
そのあとロキとメーナも加わって三対一で戦う。
戦って実感したのは、レイダとロキに剣では勝てなくなっているってことと、メーナの弓と魔法の命中率が高くなっていることだろう。
俺は全て魔法で防いでいたけどこれじゃダメだよな。
人間の国では闇魔法を極力使わないようにしなければならない。
だからといって、闇以外の魔法を使えば黒い血の人間に不信感が生まれてしまう。
黒い血のはずなのになぜ使えるのかって。
「セレメにはやっぱり敵わないな! でもそれでこそセレメって感じもする!」
ロキが嬉しそうにいいながら、俺に向かって魔法と木剣を向けた。
俺は闇魔法を使ってどちらも受け止めてながらロキの首に木剣を添える。
そこでメーナからの矢の攻撃。
矢には魔法がかかっていて当たると拘束されるから気をつけなければ。
ロキを盾にして矢を防いだときに矢からリボンが出てきたのには驚いた。
俺の代わりにロキが拘束されていたけど。
矢も避けて横からのレイダの木剣を受け流す。
そうやって鍛練しているとアキとコリアスもやってきた。
鍛練を中断してアキたちのもとに集まる俺たち。
皆はもとから勇者調査チームに入っているけど、俺は勇者調査のチームに入れるのだろうか。
「セレメ、一度族長と顔を合わせなくてはならないらしい。一緒に来れるか?」
アキが聞いてくるが最初は一緒に行くはずだったので行くのはいい。
というかやっぱり最初から一緒に行くべきだった気がする。
皆との鍛練も楽しかったからいいか。
忌まわしい教会の裏にある族長の家に、なぜかレイダたちも一緒に行くことになった。
俺とアキとコリアスだけでもいいのに。
皆、俺を心配してついてきてくれるのだろう。
もう突然いなくなったりしないのに。
前科があるから言っても無駄だと思うけど。
「セレメくん。それに皆も来たのかね。ふぉふぉふぉ」
独特な笑い方で俺たちを歓迎する族長。
「さあ入りなさい。セレメくんには聞きたいこともあるからのう」
聞きたいこと、ね。
なんか嫌な予感がするのは気のせいだろうか。
家に入れてもらいお菓子などを出され、それを食べる。
皆がリラックスしたところで族長が話を切り出した。
「セレメくん。神託があったのは本当かね?」
一瞬答えることに躊躇する。
族長は長生きしているから、もしかしたら悪夢にも神託が来ることを知っているのかもしれない。
そう考えると神託のことを話すべきではなかったか。
もうアキたちに話してしまったし、アキたちも族長に話したんだろう。
ここは正直に言うべきだな。
「本当だ」
「ふむ。女神様はなんとおっしゃられた?」
「それは言いたくないな」
「言わないと勇者の調査チームに入れないと言ってもかのう?」
「じゃあ入れないでくれ。俺は一人で人間の国に行って、一人で勇者の情報を探る。その際、魔人と協力するかも知れないが基本的に単独で行動するだろう」
「それが出来ると思っておるのか?」
「出来るというか、やる」
族長が睨んでくるが俺も睨み返す。
ピリピリした空気がしばらく続いたが、族長が深いため息を零して苦笑いした。
「儂の情報網でセレメくんの目的が悪夢を倒すことだと知っておる」
おい!
ここで話すか?
まだアキとレイダとメーナにはそのこと話してないんだけど!
案の定、女性陣は凄く驚いているし、アキなんて顔面蒼白になっていた。
族長、テメェやりやがったな。
「今はどうじゃ。悪夢を倒すかね」
「俺の手では無理だ。でもいつかは達成したいとは思っている」
でも悪夢が現れなければ悪夢を探すすべはないだろう。
俺は悪夢にはなりたくない。
俺が人を殺さなければ悪夢が発見されることはないはずだ。
俺の悪夢を倒すという目的は果たせなくなるが、人間に黒い血は無害だとわかって貰うのが一番の目的。
そのための手段が悪夢を倒すことだった。
でも悪夢の存在が発見されないのであれば、俺は悪夢を倒さない別の方法を取ればいい。
口では悪夢を倒すというけど、倒さなくてもいい気がする。
だって俺が悪夢だし、俺が悪夢の役目を果たすことはない。
だったら俺が死ぬ必要はないんじゃないか?
……皆ともっと一緒にいたいからこんなこと考えてしまうのだろうか。
死にたくないと考えてはいけないのだろうか。
皆と鍛練して、会話して、楽しそうな、嬉しそうな顔を見たせいか、そんなことを考えてしまう。
「……セレメくん。ちょっといいじゃろか」
族長が手招きして席を立つ。
俺も席を立って族長の傍に寄った。
「皆はゆっくりしておれ。セレメくんと二人でちょっと話してくるのでな」
アキは俺と一緒に行きたそうにしていたけど、我慢して俺を見送ってくれた。
族長は俺と二人になって何を話す気なのか。
別の部屋で族長と向かい合う。
族長は何故か悲しそうな顔をして俺の手を握った。
「セレメくんが悪夢なのじゃな」
今にも泣きそうに声を震わせて族長が言った。
いきなり隠し事を言い当てられて体が硬直してしまう。
なんでバレた? なんでバレた?
何がいけなかったんだ?
やっぱり神託のことを話したからか?
マズい。マズいぞ。
魔人の中でも高い身分の族長に知られてしまったら、もう生きていけないんじゃないか?
………………………………。
………………。
……。
体が動く。
俺の手には、魔法で出来た炎のナイフ。
族長の手を振りほどき、ナイフをしわくちゃな首へ。
突き刺す。
突き刺す前に正気に戻り止まることが出来たけど。
……あれ。
俺は今何しようとした?
族長の顔を見る。
汗をだらだら流して白い顔をしている。
ナイフを首に添えているんだ。
同然の表情だろう。
俺は今、ごく自然に族長を殺そうとした。
なんの疑問も躊躇もなく、殺意さえないまま殺そうとした。
ああ、なんてことだろう。
俺の意思関係なく、悪夢として人を殺そうとしたのか。
恐ろしい。
俺は普通に生きていることも出来ないのだろうか。
生きているだけで勝手に人を殺めてしまうのだろうか。
嫌だ。
殺したくない。
殺したくない!
手が、体が、恐怖で震える。
殺そうなんて考えていなかったのに、族長にナイフを向けてしまうなんて。
「せ、セレメくん。大丈夫じゃ。落ち着くのじゃ。大きく息を吸ってごらん」
族長の言葉通りに呼吸をする。
混乱した頭が少しずつ冷静さを取り戻していく。
族長がナイフを握った俺の腕をそっと降ろさせた。
「落ち着いたかのう?」
「……」
「すまんのう。もっと段階を踏んで言うべきじゃった。混乱させてしまったのう」
俺の背中を優しくさする族長。
俺は何を言っていいかわからなくて、無言のままだけど。
自分以外の人を殺そうとしたのは初めてで、気持ちの整理が全然つかない。
「人を殺し慣れていないのじゃな。悪夢として何かやったかのう?」
「俺は悪夢じゃない」
人を殺さないんだ。
俺は人を殺さない!
だから悪夢じゃない。
そうだろう。
そうだ。そうなんだ。
「そうか。誰も殺しておらぬのじゃな。では今のは悪夢の本能、じゃろうか」
悪夢の本能?
まるで俺が人間じゃなく悪夢という種族みたいじゃないか。
違う!
俺は人間だ。
皆と同じ、人間だ。
「儂は悪夢について少し知っておるのじゃよ。悪夢モルゼットの話は知っておるな? 儂はモルゼットに手を貸してとある場所へ逃がしたからのう。そのときに悪夢のことを聞いたのじゃ。悪夢は人を好き好んで人を殺している訳じゃないのだと」
族長はモルゼットの知り合いだったのか。
悪夢側の事情を知っているというだけで少し安心した。
手の中の炎のナイフを消す。
「セレメくんは悪夢を倒すという夢を持っておった。それなのに自らが悪夢と知ったとき、絶望したじゃろう。誰にも話せることでもないから、相談も出来んしのう」
族長が俺の肩をポンポンと叩く。
「セレメくんは悪夢の使命は果たすつもりじゃろうか?」
「使命なんて絶対ぇ果たさねぇよ」
「やはりのう。セレメくんはセレメくんじゃな」
いつもの独特な笑い方をする族長。
俺が怖くないのだろうか。
「勇者の調査チームに入りたいのは何故かのう? セレメくんの敵じゃから情報を仕入れたいと?」
族長は昔と変わらず俺に話しかけてくれる。
それが嬉しい。
「勇者は悪夢の敵だけど、俺の敵じゃない。出来れば仲良くなりたいかな」
「わからん思考じゃのう。殺されるかもしれない相手と仲良くとな」
「魔人は人を殺さない。だったら魔人が人を殺さない方法で、魔人がただの黒い血が流れる人間と認めてもらわないと」
「そうじゃな。セレメくんなら殺そうとしても、殺しはしないのじゃろう。監視はつけさせてもらうが、勇者の調査チームに入ることを許可しようかのう。もし人を殺したら、悪夢とするからそのつもりでのう」
「ありがとう、族長」
「まだ人を殺めていないのなら、セレメくんは人間じゃ。それにセレメくんは愛されておるからのう。今悪夢だと殺してしまえば皆が悲しむ。悪夢になるなどとは考えんようにのう」
俺は大きく頷いてみせる。
悪夢になんてなるわけない。
悪夢になって黒い血を救えるのならやるかもしれないが、そんな方法はないだろう。
皆がお茶している部屋に戻ってきた。
何故だか部屋の空気がピリピリしている気がする。
何かあったのだろうか?
さっき座ってた席に座りお菓子を食べると突然アキに髪の毛を引っ張られた。
アキが俺に乱暴なことをするのは珍しいので驚いてしまう。
「セレメ。悪夢を倒すってどういうことなんだ?」
アキが目をつり上げて言う。
そ、そういえば族長がばらしてしまったんだった。
お菓子を飲み込んでお茶を飲んで一息つく。
髪の毛を引っ張られたままなんだがどうしたもんか。
「聞いているのか?」
「聞いてるよ。悪夢を倒すってことについてだろ。それがどうした?」
「どうしたじゃないだろう! 悪夢だぞ! どういうことかわかっているのか!?」
「アキこそわかってんの? 俺が今まで遊びもせずに鍛練していた意味。鍛練が楽しいってだけで子供だった俺があそこまで頑張ると思っていたのか?」
「黒い血をその身に流す人間たちを救うためだろう? セレメは優しい子だから」
「その通り。わかってんじゃん。じゃあ黒い血の人間が魔人となっている原因はなんだ」
「……悪夢だろうな」
「だったら悪夢を倒せばいい」
「でも無理だろう!」
「なんで無理だと決めつけるんだよ。やってみないとわかんねぇだろ」
「悪夢は大きな湖を作ってしまうほどの大穴を作れる。セレメは無理だろう。やめなさい!」
作れるんだけどな。大穴。
深くため息を吐く俺。
アキは俺を危険な目に合わせたくないんだろう。
昔から心配性だから。
「アキ。ごめんね。悪夢が現れて人を殺せば、俺は悪夢を殺しに行く」
「私が止めて見せる!」
「出来ないと思うよ。まあ悪夢が現れたらの話だけど」
「考え直してくれ。セレメ」
「嫌だ」
「もう家族を失いたくないんだ。お願いだ」
アキの目から一筋の涙がこぼれ落ちる。
胸が痛むけど、族長を殺しかけたことが脳裏に横切る。
俺がいつ悪夢になるかなんてわからない。
今なるかも知れないし、一生ならないのかもしれない。
アキにはわかっていてほしい。
俺が死ぬかも知れないってことを。
悪夢に立ち向かうと言えば一般的には自殺行為だ。
それだけ悪夢は強いって言われている。
でも例外の勇者がいるんだ。
だからアキ。
俺が死ぬ可能性をちゃんとわかっていてくれ。
そのほうが受け入れやすいだろう。
人の死を。
俺は悪夢にはならないからアキより先に死ぬことはないと思いたいけど。




