11話 守護者
疾走祭から十四日経った今日。
俺は腰にコリアスから貰った剣を下げて村の結界の外に出ていた。
これから一泊二日のサバイバルだ。
未成年の人間が疾走祭上位三名になれば、魔物を狩ることを今日と明日だけ許される。
俺は疾走祭で一位になれたから、アキとともにここにやってきた。
俺の他にも二位と三位のやつとアキと同じ救出班の人たちが集まっている。
全員で九人だ。
他には馬が二頭いた。
「では諸君。戦う為の武器を貸そう。でも無理に戦う必要はない。危険だと思ったなら全力で村まで戻ってくれ」
そう低い声でいったのは褐色の肌を持つマッチョなまとめ役っぽい男。
顔には無数の傷があり、数多くの戦場を生き抜いて来たと想像がつく。
その男が俺たちに武器を貸してくれた。
俺以外の子供は真剣を持ったのが初めてなのか、凄い興奮して騒いでいる。
一方俺は困っていた。
剣を渡されても困る。
俺にはコリアスの剣があるんだ。
でも貸し出された剣で戦わないといけないとかあるのか?
「アキ。これどうしよう」
困り果ててアキに助けを求めた。
アキは苦笑いしてから剣を受け取ってくれる。
「セレメはコリアスがくれた剣で戦いなさい。この剣は後で私が返しておこう」
よかった。
コリアスの剣で戦ってもいいんだ。
俺はホッとしてコリアスの剣の柄を撫でてた。
マッチョな男は子供たちを楽しそうに眺めていたが、咳払いをして興奮している子供を注目させ、また話を始める。
「早速だが魔物を相手に戦おう。大人の言うことを聞いて危険なら逃げろ。どんな手を使ってでも生き延びろ。わかったか?」
「はい!」「はい!」
二人が元気に返事をしている。
俺も一応一緒に返事をしたけど二人の声にかき消されてしまった。
……やる気がないように見えたりしないだろうか?
俺はこの中の誰よりもやる気はあると思うんだけど、そう見えてしまったら悲しいな。
今後の行動で示せばいいか。
「まずはこの辺で一番弱い魔物を討伐する。コボルトという二足歩行の犬だ。一匹では弱いが群れを作る所為で慣れていなければ中々に手間取る。下手をすると命を落とすから油断はするな」
三匹のコボルトを俺たち三人に割り振るから狩ってみろ、とも言われた。
勿論危ないと思ったら大人が助けてくれるらしい。
他の説明は魔物と戦ったあとの休憩時間に聞くことになる。
そのときにわからないことは質問しよう。
周りを警戒しながら村の側から離れて行く。
コボルト以外の魔物は大人たちが狩っていた。
どこに気をつけているか、何を見て対応しているのか、どんな技や魔法を使うのか。
しっかりと大人たちの技術を見て覚えてなくてはならない。
大人たちが魔物を倒せば俺はアキに渡された魔物を解体して分別する。
肉は食材に、皮は道具や防具。服にもなる。
だから綺麗に解体しないといけない。
アキが狩ってきた魔物をよく家で解体していたから慣れてるけど、アキと比べれば綺麗じゃない。
もっと練習しないと!
素材たちを袋にいれ、馬に乗せてまた進み出す。
五戦してからやっとコボルトに出会った。
六匹いるから大人たちが三匹に減らしている。
手慣れているから毎年やっているのかも知れない。
「セレメ。二足歩行だが犬だ。噛み付いてくるし引っ掻いてもくる。気をつけろ」
アキの助言に素直に頷いて俺は目の前の魔物、コボルトに剣を向けた。
虫以外では初めての殺しだ。
慎重に行こう。
アキとコリアスに見つめられるなか俺は剣を構える。
深呼吸してコボルトの様子を見た。
泥などで汚れた毛は絡まり、元が何色だったのかさえわからななくなっている。
口の周りは一層汚れていて様々な色であることから血だと言うことがわかった。
この魔物は別の魔物か人を食らって生きているのだろう。
犬だから肉食であることに不思議はない。
コボルトは仲間が一気に三匹に減った所為でこちらを警戒しているようだ。
でも魔人の大人たちに囲まれていて逃げ場はない。
先にこっちから仕掛けてしまおう。
コボルトと距離を詰めて剣で首を狙った。
避けられないようブラックリボンを使って拘束したからコボルトの首は簡単に胴体から切り離され草の上に転がる。
骨とかあるから上手く切れないと思ったけど普通に切れたぞ。
少し呆気ないがちゃんと動けないようにしてから倒したんだ。
慎重に動いた結果だろう。
それにコボルトは一匹だけなら弱いが普段は群れていて一匹ってことはまずない。
コボルトの群れを狩れるようにならないと駄目だ。
コボルトの死体を見つめる。
草と土がコボルトの首から流れる黒い血によって染められていた。
俺たち魔人と同じ色か。
少し罪悪感を感じてしまうけど、俺たちが生きる残るためだ。
弱肉強食ってことで諦めてくれ。
もう死んでいるけど。
他の二人もコボルトを倒せたようだ。
そのコボルトの血の色は赤と黄だった。
黒い血以外は見慣れていないから少し珍しく思ってしまう。
人間の街ではありふれた色なんだろうけど。
俺たち三人がある程度戦えることがわかったので大人たちに混じって戦うことになった。
慣れていないから足を引っ張ることになるけど今から慣れていけばいい。
アキとコリアスとは上手く戦えたと思う。
二人の戦い方はよく知っているからどう動くとかがわかる。
アキもコリアスも俺の戦い方を知っているからフォローをしてくれてアドバンスもくれた。
特にコリアスは俺の目的を知っているから細かいところまで教えてくれるんだ。
お陰でやる気がもっと出る。
休憩を挟みながら俺たちは狩りを続けた。
今日、どこで一晩過ごすかも話し合う。
森と村の丁度真ん中のところにテントを作ることになった。
日が暮れる前にテントを張り、森から枝を取って来て魔法道具で火を起こす。
その際、魔物避けの薬につけて乾かした焚き木にも火をつけている。
魔物避けの焚き木を使うと魔物が寄り付かなくなるらしい。
俺が実際に使うのは今日が初めてだし、効果がどれ程のものかはわからない。
聞いた話だとたまに魔物がやってくるから完璧にってわけじゃないみたいだ。
それでもないよりはマシだろう。
交代で夜の番をすることになるけど。
実際に日が暮れて辺りが暗闇に包まれる。
焚き木の周りと星の光だけが明るい。
俺たち魔人には暗視の魔法があるから苦にはならないけど、コリアスとか闇の魔法が使えない人は大変だろうな。
それはともかく狩った魔物の肉やそこらに生えている食べられる植物で夕飯を作ろう。
今日はゆっくり食べるための料理は作らない。
ここではゆっくりしたくても出来ないからな。
アキともう一人の女性救出班の人と一緒に真面目に頑張ろう。
「セレメ。休憩してもいいんだぞ。疲れただろう」
「いつもより運動してないから大丈夫さ」
「それでも慣れない緊張感のなかにいたんだ」
アキはそういうけど俺は本当に疲れていなかった。
むしろ魔物と戦えば戦うほど元気なった気がする。
気のせいかも知れないけど、それでも疲れていないのは事実だ。
「料理を手伝わなくていいなら、俺は鍛錬するけどいいか?」
「……セレメは相変わらずだな。仕方ない。料理を手伝ってくれないか」
「わかった」
さっき焼いていた肉をそのまま焼き続ける。
塊の肉だから焼くのに時間がかかるけど、美味しそうな匂いと肉から出た油がパチパチと跳ねる音。
跳ねた油が垂れて火が大きくなり燃え盛る。
そして肉は更に焼かれていくんだ。
焦げないよう気をつけながらじっくりと待つ。
お腹が空いているのにこの匂いはキツいな。
でも我慢すればするほど、食べた時の満足度は高くなるだろう。
じっくりと焼いて出来た肉をそれぞれに配る。
アキたちが作ったスープも一緒に。
大人二人が魔物が来ないか見張っているなか俺たちは食事を始める。
コリアスは見張り役の一人なので俺が食べているところをみて、ものすごく羨ましそうだ。
俺なんか見てないで周りを警戒しやがれ。
食事が終わるとコリアスたちと交代で見張りをすることになった。
アキたち女性陣は調理器具の片付けだ。
本当は俺も手伝いたかったけどアキの、
「見張り役は魔物と戦えるかも知れないぞ?」
という言葉で俺は見張り役を頑張っている。
見張り役は立っているだけだから、アキからしたらそれで俺を休憩させたかったんだろう。
なんとなく森の方をぼーっと見つめる。
暗視の魔法も使って森の様子を見ていると魔物の影がチラチラと見えた。
村に来る様子はないから大丈夫だろう。
そんな風に思ったが、次の瞬間には大丈夫ではなくなった。
「ギャオォオオン!」
頭も体も痺れるような大きな音が、強い突風とともに鳴り響く。
反射的に耳を塞ぐがそれでも聞こえる。
その音の正体を、森を見ていた俺は見つけていた。
森の更に向こう。
ゴツゴツとした地の見える山が潰れそうなほど、大きな体の魔物がその山に爪を立てながら降りてきている。
ドラゴンだ。
気持ち悪いほどカラフルな鱗を生やしたドラゴン。
何故ドラゴンがこんなところにいるんだ。
下手したら村が消し飛んでしまう。
驚き、恐怖していると、そのドラゴンと目が合った気がした。
耳を塞ぐことも忘れてその目を見つめる。
気持ち悪い鱗とは裏腹に宝石が光に照らされているかのように黄金に輝くその瞳はドラゴンとは思えないほど美しい。
その目が俺を見て笑ったように見えた。
「諸君! 聞こえているか!」
マッチョなリーダーが大きな声で叫ぶ。
でもさっきの大きな音、いや鳴き声のせいでとても遠く、頼りなく聞こえた。
「全ての属性の魔法が扱える龍の英雄、世界樹の守護者! レジェンドドラゴンだ!」
俺も悪夢の話のついでに読んだことがある昔話。
レジェンドドラゴンは世界樹を守る者であり、龍の中でもトップクラスの強さを誇る者で、危害を加える者に容赦はしない龍の英雄。
世界樹から葉を盗もうとした者を食らったという話はよく聞く。
そんなドラゴンがなんで世界樹から離れてここにいるのか。
「子供たちは下がっていろ!」
大人が前に立ち剣を構えた。
それは頼りない背中だった。
膝を笑わせている者、女神ルーダ様に祈る者。
家族に謝罪する者、空元気を出す者。
けれど俺にはもう恐怖は消えていた。
むしろあのドラゴンに妙な親近感があるほどだ。
多分、危害を加えなければ襲って来ない。
俺の中の何かがそう教えてくれている。
「セレメ!」
俺が大人たちの前に出るとアキが悲鳴のような声で俺の名を呼んだ。
ドラゴンは森を超えて原っぱに足を踏み入れた。
でもそこで足を止めて俺たちに目を合わせるかの如く、顎を地面につける。
『世界の英雄、輪廻の守護者よ。我は龍の英雄、世界樹の守護者のガブロドラ。短い間になるがよろしく頼もう』
ドラゴンは突然喋り出す。
「誰に言ってる?」
俺はそう聞くがドラゴンは可笑しそうに笑った。
グギャグギャと怖い鳴き声が同時に聞こえる。
『我の言葉はお主にしか聞こえぬぞ』
その言葉を聞いた瞬間、俺は急いで後ろを振り返った。
皆、恐怖と不安で震えている。
比較的冷静なマッチョなリーダーは俺の様子に驚いているようだった。
「お前はドラゴンの言葉がわかるのか?」
実際に聞いてきているし。
俺にも意味がわからず、もう一度ドラゴンの目を見つめる。
『まだ己について知らぬのか。会うのが早過ぎたようだな。全ては女神ルーダ・ラシディーリン様に聞くのだ。また会おうぞ。世界の九番目の英雄、我が友よ』
ドラゴンはそう言い残すと翼を羽ばたかせた。
風に吹き飛ばされそうになり慌てて地面にしがみつく。
そして空高くに飛び、姿はあっという間に見えなくなった。
一体あのドラゴンはなんだったのか……。
いろいろと気になることはある。
特にドラゴンが俺を世界の英雄と輪廻の守護者って呼んでいたこととか。
それを知りたくてもどう調べればいいのかもわからないが。
最悪、神頼みだろうな。
その神のことも気になる。
ドラゴンは女神ルーダと女神ラシディーリンと分けるのではなく女神ルーダ・ラシディーリンと言っていた。
それはどういうことか。
ルーダもラシディーリンも同じ人物と言うことなのか?
九番目とかも気になるし……。
ああもう訳わかんねぇ!
当然の沢山の謎に俺は考えるのが面倒になりそれらの問題を頭の隅に追いやった。
とりあえず黒い血には関係なさそうだからいいや。
また会おうとか物騒なことをドラゴンは言っていたけど、俺たちが危害を加えなければ向こうも襲って来ないだろう。
それからすぐに村に戻ることになった。
ドラゴンが出たんだから、まだ子供な俺たちは安全なところに移動させないといけない。
本当は俺も皆を守る側にいたいけど、それは成人になるまでの我慢だ。
あとドラゴンと会話をしてしまった俺は、大人たちに質問攻めにされた。
黒い血と関係ないからいいやって頭の隅に追いやってしまったので、ほとんどの会話を忘れている。
そのせいで答えられることは限られた。
「セレメ。下手したらこの大陸がなくなるほどの大事件なのに何故覚えていないんだ……」
アキがそう言ってうなだれている。
でもそんなことにはならないし、あのドラゴンは俺の不利益になるようなことはしない。
何故かこのとき俺は、あのドラゴンのことを本能に刻みつけてあるかのように信頼していたのだった。
成人の日。
美しい教会で、神に「貴方は大人だ」と認めて貰える日。
楽しみだった、その日。
俺は、美しい教会を禍々しく思っている。
こんな場所に入りたくない。
でも、友達が俺を呼んでいる。
行かないと。
次話6月23日投稿、「神託」




