後編。
リアラが自分のギフトを知ったのは十年前、彼女が八歳の頃のことだった。
リアラの父親であるシェリン侯爵は当時三十二歳で、まだまだ若い年齢でありながら妙に額が広がりつつあった。
シェリン侯爵は五歳年下の妻でありリアラの母親であるアレラを深く愛していた。
伯爵令嬢だったアレラは幼い頃から人並み外れて美しい容姿を持っていたが、侯爵が彼女を手に入れるためにもの凄く悪戦苦闘したとか、なんとか。
とにかく侯爵は妻にふさわしい男になろうと不断の努力を重ねており、アレラはそんな彼の姿を愛していた。
幼いリアラから見て、二人はまさに相思相愛の夫婦そのものだった。
だからシェリン侯爵の髪が薄くなってもアレラの愛が消えることはないだろう。
そう思っていた。しかし侯爵はそう思っていなかったのか、自分が見っともなくなったらアレラの心が離れていってしまうのではないかと常に不安がっていた。
母親の前では気丈に振る舞っているが、母親の姿が見えなくなるといつも落ち着かない父親は、幼心にも哀れに見えるほどだった。
一度、母親に尋ねたこともあった。お父様が見っともなくなったらお母様は出ていってしまうのかと。
それにアレラは微笑みながら幼い娘を抱きしめて答えた。
「リアラ。外見は大切よ。でももっと大切なのは内面なの。私はカロン様が見っともなくなっても一生愛し続けるわ」
「でもお父様は不安そうだった。髪がなくなったらお母様が出ていくだろうって」
「まあ? そんなことは決してないわ。どんな姿であってもカロン様はカロン様なのだから。愛するリアラの父親であり、私の生涯の伴侶よ」
アレラはリアラを抱きしめたまま頬を軽く叩いた。
「だけど……外見に対する強迫観念は少し困りものかもしれないわね。あの人はなぜか自分に自信がないから」
まだ幼いリアラにはアレラの言葉は難しかった。しかしなんとなく理解できた。自信がないなら自信を持たせてあげればいいのではないか。
リアラにできることはないだろうか。髪の毛がなくて自信をなくしているのなら、髪の毛を満たしてあげればいいのに。
そう思った瞬間、リアラには父親の髪を守る力が湧き上がってきた。ギフトを得た瞬間だった。
父親を助けることができる。それに気づいたリアラはすぐにシェリン侯爵のもとへと駆け寄った。そして彼の頭に向かって切実に祈った。
(お父様の髪の毛がふさふさになりますように)
リアラの祈りは奇跡の力となって現れ、シェリン侯爵は再び豊かな髪を取り戻した。
ギフトという奇跡の力自体が珍しいわけではない。しかし幼い娘の力が権力者たちの欲する種類のものだということを、侯爵は誰よりもよく知っていた。
間違いなくこの力があればリアラは莫大な富と権力を手に入れるだろう。
しかし富と権力は諸刃の剣だ。それだけ多くの危険や裏切りに巻き込まれることだろう。侯爵は自分と妻の大切な娘が幸せになることを願っていた。
リアラのギフトを一生隠すつもりでいたわけではない。
しかし幼い年齢で明かすにはあまりにも強い力だったため、侯爵はリアラに対して「まだギフトは宿っていない」と言いふらしていた。
リアラも自分の力がどれほど危険なものになり得るかを知っていたため、黙々とギフトがないふりをして過ごしていた。
そもそも貴族の中でもギフトを持たない者の方が多いため、リアラを無能だと責め立てる者はいなかった。第二王子を除けばだが。
「だけど隠すのもここまでね」
もうその必要はない。リアラは鼻歌を口ずさみながら自邸へと戻ってきた。
彼女を温かく迎えてくれる母親を見つめながら、リアラが真っ先に口にした言葉は「旅がしたいのです」だった。
「リアラ、旅だって?」
「その通りよ、お母様。実は、少し前にこんな手紙を受け取ったのよ」
リアラが慎重に差し出した手紙には、隣国であり大国であるパラオン帝国皇室の紋章が押されていた。
驚いたアレラが娘を見つめると、リアラは笑いながら言った。
「四年前、皇太子様が親善のために私たちの王国にいらしたことがあったでしょう? あの時、お話しする機会があったの」
まだ幼かったリアラは会話の途中で皇太子に自分のギフトを話してしまったのだ。しかし心優しい皇太子は誰にも言わないでほしいという彼女の頼みを快く聞き入れてくれた。
「その代わり、いつか助けが必要な時が来たら力になってほしいと約束していたのよ。でもちょうどこんな手紙が届いたってわけ!」
手紙の内容を要約するとこうだった。
-帝国の公爵が魔物との戦闘により頭部に大怪我を負った。
その傷があまりにもひどく、二度と髪の毛が生えなくなってしまい、その見っともない姿ゆえに令嬢たちから避けられている。
まともな縁談すら結べない状況になってしまったため、このままでは公爵家の血筋が途絶えてしまうことになる。つきましては、貴女の力を借りたい。
皇太子の頼みとなれば必ず行かなければならない。
実は頼みでなくても、傷がひどくて髪が生えないというのはなかなか新しい観点だった。どれほど傷がひどければ令嬢たちから避けられるのか気になってもいた。
役に立てるのなら助けてやる方がいいのではないか。
しかし自国内ではリアラの力は秘密であるうえ、リアラとアスランの結婚を間近に控えている状況だったため、どうやって帝国へ向かうべきか悩んでいたところだった。
そんなタイミングで婚約破棄事件が起きるとは。リアラは迷うことなく帝国へ向かうことを決意し、アレラに伝えたのだ。
「……一人で大丈夫なの?」
アレラの質問に、リアラは答える代わりに口元を釣り上げた。アレラは二度聞きはしなかった。
「そう。じゃあすぐに出発するの?」
「ええ。どうせ王国はしばらく騒がしくなりそうだし。ハゲ……じゃなくて、第二王子もうっとうしいことになりそうだしね」
断言するが、リアラがこの国に留まれば、ハゲ頭になった第二王子がしつこく付きまとってくるのは明白であった。
ハゲはハゲらしく大人しくしていてほしいものだとリアラが告げると、アレラは笑みを浮かべて頷いた。
「いい考えね。お父様には私から伝えておくからすぐに行きなさい。あ、でも手紙で安否くらいは伝えなさいよ? 皇太子様や公爵様に無礼を働かないようにね」
アレラの冗談めかした言葉にリアラはにっこりと笑った。帝国までは馬車でおよそ十日。長い旅ではあるが、長年王妃教育という名目のもとにまともに遊べなかったのだから、休養にはもってこいだ。
(旅先で素敵な出会いがあるといいわね!)
手早く旅の準備を済ませたリアラは、シェリン侯爵が戻ってくる前に邸宅をあとにするのだった。
雲一つない空が彼女の行く手を指し示すかのように晴れ渡っていた。




