第9話 進化する訓練1
どのくらいの月日が経ったのだろうか、来たばかりの頃は少し肌寒さを感じていたが、暑さを感じるようになるとともに、梅雨が訪れたのか雨の日が多くなっていた。
『まっすぐ だめ ながす』
『相手の剣の力をまっすぐ受け止めてはだめ 相手の力を利用して流すように』
だんだんと要求が厳しくなってくる。
『ながす』
『ながす』
何度言われても、どうすればいいのかわからない。
『ねえリーノ。一度手本を見せてあげたら? ヤノスも言葉だけではわからないのよ。私もそうだったでしょう』
打ち込みをやめたリーノがフィーネの方を見やり、視線を戻しては僕を射抜くように見つめてくる。
『打ち込む』
ぽつりと響いたリーノの短い念話。その意図が、僕の幼い脳内ですぐには結びつかない。
前世の知識があるはずなのに、言葉の認識がどうしてもワンテンポ遅れてしまうのだ。
僕が何を言われたのかわからずにフリーズしていると、フィーネが苦笑しながら助け舟を出してくれた。
『ヤノス。リーノに打ち込むのよ』
やっとリーノが何を言っていたのかを理解した。同時に、日頃のスパルタに対する思いのたけを思いっきり込めて、リーノをたたき切るつもりで全力で剣を振り下ろす。
リーノの剣に当たったと思った次の瞬間、剣はあらぬ方に逸れ、完全に体のバランスを崩された。防ぐ手応えすら一切ないまま、前のめりにガクンと数歩進んで、そのまま地面へと派手に転んでしまった。
何が起きたのか、全く理解できない。
『わかった? 一度ではわからないと思うけど、相手の剣の勢いを利用してそれをそらすと、相手の体制をも崩すことができたりするの。そうね、相手の剣がぶつかる直前に、件の向きからほんの、ほんの少し自分の体の芯をずらして、相手の剣の側面を滑らせるように外に流すのよ』
何を言われているのか意味がわからないわけではないが、だが、時速何百キロメートルもの速度で打ち込まれる一瞬のうちに、そんな神業ができるはずが無かった。
そんな泣き言を心の中で叫びながらも、僕はまた繰り出されるリーノの剣を受け続けるのだった。
◇ ◇ ◇
やがて雨の季節が明け、本格的な夏の到来を肌で感じるようになってきた。
最近は新しいメニューが加わっていた。
剣の修行の時間が短くなり(短いとは言え、その密度は始めた頃の数倍はあるのだが)、新しく”木から木へと飛び移り移動する”という、まるで忍者のような訓練が始まったのだ。
何度も木から落ち頭を打ち、尻を打ち、腰を打ったが、森の木々を飛んで抜けたその後に待ち受けていた景色は、今までの痛みなど一瞬で忘れてしまうほどの絶景だった。
視界が開けた先、咲き乱れる花々の向こうに広がっていたのは、太陽の光を浴びてキラキラと輝く、息をのむほど綺麗な湖だった。
(うわあ、綺麗だ……。この世界に来てから地獄みたいな特訓ばかりだったけど、こんな癒やしの場所があったんだな……)
酷使され続けていた心に、ようやく諦めていた安らぎという感情が芽生えた――その瞬間、お約束のようにその癒やしは無残に打ち消された。
『はじめる』
「え、な、なに? 何が始まるの?」
そう思った瞬間には、すでに視界の天と地がひっくり返っていた。
ドスン! と盛大な音が響く。
背中の激痛が悲鳴をあげているが、その視界の先に、この世界に来て初めて見る吸い込まれそうなほど青い空が広がっていた。痛みのせいで、素直に心を奪われている場合ではないのだが。
『立つ』
リーノの、何処までも無情な念話が響く。
『かかってくる』
「くっっ……! 素手で来いってことか。よしよし、望むところだ!」
僕は痛む体に鞭を打って立ち上がり、不敵な笑みを浮かべた。
ここまでは剣という未知の武器でボコボコにされてきたが、素手での組み合い(体術)なら話は別だ。薄れかけていた前世の記憶が、一気に脳裏を過る。そうだ、高校の体育の授業で、柔道をガッツリ習っていたのだ!
(精霊女王か何だか知らないが、大人の技ってやつを見せてやる!)
僕は心の中でニヤリと笑うと、野獣さながらの勢いでリーノへと掴みかかった。相手の力を利用して投げる――柔道の本質は、まさにフィーネが言っていた”流す”そのものだからだ。
ドス――――ン!
その思い上がりは一瞬で消え去った。
『体術 これ』
結局、大精霊の圧倒的な身のこなしの前には、高校の柔道知識など赤子同然。僕は再び、腰を再び強烈に打ち付け、青空を眺める羽目になったのだった。




