第10話 進化する訓練2
最近は3人目の治療師として動物たちの治療にも当たっている。
治療で使った体内魔素を補うためということで、おいしい野いちごを頬張り(一つだけだけど)、住んでいる家でもある大樹を見つめながら考え事をしていた。
(何度振り向いてみても、大きな木だ。根元の幹の直径だけでも数百メートルはあるだろう。横に広立った緑の傘の下の広さは、東京ドームが何個といった広さになると思う。この木を外から見たら、一体どんな風に見えるんだろう。出張で東京へ行ったときに、空き時間に浅草に行って見上げたスカイツリーみたいなものだろうか。……まったく想像もつかない)
遠い地球の景色に少しだけノスタルジーを抱いていると、リーノがじっと僕のことを見つめているのに気づいた。ものすごくいやな予感が――、心に警報を激しく響かせる。
『休憩 していい でも 攻撃する』
(はあ!? 何を言っているんだこのオニは。休憩と攻撃? 全く反する行為じゃないか。休ませる気ゼロだろう!)
心の中で全力でツッコミを入れていると、見かねたフィーネが念話を飛ばした。
『ねえ、ねえ、リーノ何を言っているの。何をしたいのかちょっと私に教えてくれるかしら』
フィーネにとっても、リーノが何を言っているのか掴めなかったようだ。
リーノとフィーネが向かい合ったまま、何も声に出さず見つめ合っている。どうやら、お互いを指定して直接念話で話しているようだ。
やがて、フィーネが困ったように僕を見た。
『ええとね……』
「ちょっと待った!」
フィーネの言葉を遮り、日頃思っていることをこの機会を、逃してなるものかと声に出した。
「僕がこんなに練習しているのは、この大樹の森を出るようなことがあった場合に備えて……だよね?」
何を言われているのかわからず、揃ってコクコクと頷く二人。
「大樹の外にいる人間たちは、念話ができないんだよね?」
またもや不思議な顔をして頷く二人。
「そのとき、リーノもフィーネも一緒に行動してくれるよね?」
もちろん、と言わんばかりの顔で大きく何度も頷く二人。
「じゃあ。変じゃない? 周りの人間から見たら、僕達が声を出して話していないのに、なぜだかお互いの意思が完璧に通じ合っている……怪しい集団に見えちゃうよ」
愕然とした顔をして、お互いを見つめ合う二人。
「だから、リーノもフィーネも、これからは念話じゃなくて”声”に出して話そうよ。何か周りに聞かれてはまずい秘密の会話のときだけ、念話を使うこととしてさ」
不服そうにしながらも、ぐうの音も出ないといった様子で、もう一度頷く二人。
(よし! 正論で丸め込んでやったぞ。これでさっきの、休憩中に攻撃されるとかいう、やばそうな新メニューは回避できそうだ!)
僕が心の中で「勝った!」とガッツポーズをした、その瞬間だった。
僕の思いをどうにか察したのか、リーノが勢いよく声を張り上げた。
「新しい 訓練 する」
……慣れない言葉を使っているような、一語一語を区切るように喋るリーノ。
たまらずがっかりと肩を落とした。すかさず、フィーネも慣れない声を使って、どこか楽しそうに説明を補足してくる。
「あのね。大樹の外に出たら、何が起きるかわからないの。いい人ばかりでは無いし、いつ襲われるか、攻撃されるかわからないの。だから、いついかなる時に不意打ちされても対応できるような訓練を、これから始めようと思うの。どうかしら?」
さっきまでの俺の要望が、見事なまでにその意図を逆手に取られ、何倍もの破壊力になって返ってきた。完璧なブーメランである。
してやったりとほくそ笑んでいた、ほんの少し前の自分に「こいつらに勝てるわけないだろう!」と全力で突っ込んでやりたい。
(……まあ、いいか。声に出して話してくれるようになったし。慣れない念話の声がずっと頭の中をぐるぐると巡っているよりはマシ……かな……)
そう自分を納得させ、諦めて黙って立ち上がった――その瞬間!。
バシーン!
「すき あり」
「う、うぐ……っ!」
激痛に耐えかねてその場にうずくまる。
(何だよこれ、こんなのありかよ。暑さで集中力が切れる夏だろう、こんな時にこんな訓練をやるか!?)
ボコッ!
「平常心」
「ぎゃああっ!?」
僕は地面でのたうち回る羽目になった。
◇ ◇ ◇
夏の暑さも峠を過ぎたのか少し過ごしやすくなった頃である。
またもや警戒音が体中で鳴り響き出す。いつ攻撃が来るかと、警戒を強めながら休む癖がついたためか、いやな予感が体中を激しく震わせる。
「変更 訓練中 隙 攻撃 ある」
「……へ??」
リーノの片言の不穏な宣言に、僕が硬直していると、フィーネが苦笑しながら翻訳してくれた。
「あのね。リーノが言いたいのは、今までは訓練の合間の、少しゆったりしているときだけ不意打ちが来ていたけど。これからは、普通の訓練をしている最中にも、他から攻撃が来るってことよ」
「攻撃 一人 限らない」
これは何を言っているのか分かった。分かったが……いや! 分かりたくない! あまりにも容赦がなさすぎる。
「それって……フィーネが、攻撃してくるってこと?」
「フィーネも 動物も 攻撃する」
「ええっ!?? フィーネの他にも、この森に住む動物たちまで僕を攻撃してくるってこと!?」
わずかにリーノの顔に、ニヤリとした笑みが浮かんだような気がする。
今まで無表情だったリーノの顔に、初めて人間(精霊)らしい笑顔が浮かんだのだ。
本来なら喜ぶべき瞬間かもしれないが、言っている内容の極悪さを考えると、寒気がして背筋が凍りつく。
早速始まった地獄は、僕の想像の遙かに上をいっていた。
リーノと必死に剣の訓練(打ち合い)をしていると、空から石がドサドサと落ちてくる。頭に石が当たり(痛い!)と思った瞬間には、目の前のリーノの剣の腹が、僕の頭をしたたかに打ち付けてくる。
痛みを必死に我慢し、リーノへ攻撃を仕掛けると、今度は後ろからフィーネの槍が鋭く突き出されてくるのだ。
さっそく始まった地獄は、僕の想像の遥か上をいっていた。
「始めたばかりでこれはないだろう!!」
思わず叫んだ瞬間、「平常心」とボソッと呟いたリーノに、無防備になった横腹をしたたかに叩きのめされる。
どうにか立ち上がりざまにリーノの隙を突き、体術の組み合いに持ち込むことができたと喜んだその瞬間!
今度は茂みから急に飛び出してきた狼(以前治療した、あの恩知らずな子狼だ!)の強烈な体当たり!
体はすっ飛ばされ、数メートルも地面を転がされる始末。
(なぜ僕はこんなことをやっているんだろう……)と涙目になりながらも、いつか平穏なスローライフを送るという執念を胸に誓う。
僕は意地を振り絞り何度も何度も立ち上がり、そしてそのたびに打ちのめされ続けるのだった。




