第81話 ようこそ我が家へ
なかなか僕の胸から離れようとしないリコル。
無理に引き離すこともないから、僕はそのままの体勢でクリアナさんと、のれん越しにこちらを優しい目で見つめているガスサスさんにお礼を伝えた。
「ご心配をおかけしました。それと、僕がいない間、リコルが大変お世話になりました。僕もこの通り元気ですので、これからもまたお世話になります」
「「お帰り」」
クリアナさんの声とのれんの向こうのガスサスさんの声が、綺麗に重なった。
「部屋もちゃんと準備してあるからさ。ほら、病み上がりなんだから早く部屋で休みな」
「何もかも、ありがとうございます」
「お世話になります」
「これからもお世話になります」
僕の声に続いて、リーノとフィーネが頭を下げて挨拶を交わす。
「ささ、三階に上がるよ。病み上がりに無理をさせちゃいけない。あんた、そろそろお昼時だし、美味しいものを頼むよ」
「おう、任せとき」
そう言って、ガスサスさんがのれんの向こうの厨房へと下がっていった。
「さあ、早く上に上がるよ」
「「「「はーい!」」」」
みんなの声が一斉に宿の中にこだまする。
リコルも少しは落ち着いたようで、涙を拭いて僕の隣に並んで歩いている。
「おにぃ。話したいことがいっぱいあるんだ。後で絶対に聞いてよね」
「わかったよ。ゆっくり聞いてあげるからね」
リコルとそんな楽しい会話をしながら三階へと上がると、廊下の一番突き当たりへとたどり着いた。
クリアナさんが壁の横で何やらゴソゴソと細工をすると、廊下の突き当たりにある扉がすうっと開いた。
その向こうには、宿の客室用とは少し雰囲気の違う廊下が伸びており、左右にいくつかの扉が並んでいた。
「さあ、お入り。ようこそ、我が家へ」
クリアナさんが、笑顔で扉の向こうへと僕たちを迎え入れる。
「まずは当面、この部屋がヤノス君の部屋だよ」
そう言って右側の扉を開けると、綺麗に整理された、一人で使うにはもったいないほどの広さの部屋がそこにあった。
「えっ……この部屋を僕が使うんですか? 今までの部屋で十分ですよ」
「何言っているんだい。あんたがいない間、領主様のお屋敷から何度も何度もあんたを心配して様子を見に来るんだよ。そんな大切な人を、これ以上狭い部屋に置いておけるかって話さね」
「え? 僕は大したことは何もしていないですよ。こんなことまでしてもらうなんて……」
「まあね、それは言葉の綾さね。これは私と旦那が”やってあげたい”と思っているから、勝手にしているだけだよ。大人の厚意には、子供は素直に甘えるものさ。さあさあ、お入り」
「……すごい部屋ですね」
周りを見渡しながら、フィーネが感心したように思わず口にした。
「ゆっくり休めそうだね、ヤノス」
次はリーノが微笑む。
「おにぃ。実はね、私もこのお部屋のお掃除を手伝ったんだよ。すごいでしょ?」
「え? そうだったのか。リコル、本当にありがとう」
「さあ、早く休んだ、休んだ!」
クリアナさんに急かされ、僕はありがたくベッドに腰を下ろすことにした。
「まずは一休みして、ちゃんと楽な服に着替えてからゆっくり休むんだよ」
クリアナさんが甲斐甲斐しく声をかけてくれる。
「さあ、リコルちゃん。リーノさんとフィーネさんを部屋へ案内しておくれ」
「はい! クリアナさん。リーノ、フィーネ、こっちだよ」
クリアナさんの横を通り抜け、廊下の向かいにある扉の前で待つリコル。
クリアナさんが開けてくれた道を通って、リーノとフィーネに続いて僕もリコルのところへと向かう。
「さあ、ここが私達の部屋だよ」
案内された場所は、横にもの凄く広い部屋だった。
四つ置かれているベッドも、それぞれの間隔が十分に空いている。
その広さと、質素ながらも清潔感に溢れる部屋を見渡すと、ひとつの大きな部屋に四つの扉が付いていた。
「ああ、この部屋はね。子供がたくさん生まれた時に、仕切りを入れるだけで個別の部屋にできるようにと考えて作った部屋なんだ。あんた達だったら、わざわざ仕切らなくてもいいだろう?」
「え……。それは、宿の客室ではなく、ご家族のためのお部屋ということですか?」
思わず尋ねるフィーネ。
「あぁ、そうだけど、ずっと使っていなくて開かずの扉になっていたんだ。こうして使ってもらった方が部屋も喜ぶだろうし、遠慮なく使っておくれ。――おっと、それ以上の質問はなしだよ」
いたずらっぽく笑って答えるクリアナさん。
なんだか、以前のクリアナさんとは違う、何かが吹っ切れたようなすっきりとした笑顔に見えた。
部屋を見て回る二人だったが、どの家具も余分な装飾こそないものの、非常にしっかりとした作りで、とても立派なものだとすぐに分かった。
「ここに、廊下からこの部屋へ来るときの扉の鍵を置いておくよ。ひとつだと困ることもあるだろうから二つね。ここへはカウンターの後ろからも来られるけど、他のお客の手前、気兼ねするだろう? だから、いつも通り宿へ上がるようにして、この部屋へ来るといいよ」
クリアナさんはそう説明すると、窓をガラリと開けた。
「こちらの部屋は景色が悪いけど勘弁してね。宿の裏庭が見えるだけなんだけど、そこは辛抱しておくれよ」
「「とんでもないです!」」
リーノとフィーネの声が綺麗にハモった。
その声に、クリアナさんが笑顔で振り返る。
「さあ、他に何か聞きたいことはあるかい?」
「ありません。本当に、何もかもありがとうございます」
「料金のことなんかは後でいいさね。今は帰ってきたばかりだ、疲れもあるだろうし」
ちょうどその時、廊下からガスサスさんの野太い声がかかった。
「おい、持ってきたぞ。ヤノス君の部屋へ持って行っとくからな」
「はーい! ――さあ、もうお昼時だ、お腹が空いただろう。ヤノス君の部屋で一緒に食べるといい。あ、そうだ。あっちの部屋は椅子が足りないかもしれないから、この部屋のを持って行くと良いよ」
そう言って部屋を後にするクリアナさん。
言葉に甘えて、リーノとフィーネは椅子を持って移動した。
僕の部屋に戻ると、テーブルの上に美味しそうなサンドイッチと冷たい飲み物が、ちょうど人数分用意されていた。
僕はベッドに腰掛け、テーブルに向かっている。
リコルは部屋に備え付けの椅子に座り、リーノとフィーネは先ほどの部屋から持ってきた椅子に腰を下ろした。
「真ん中のお皿に置いてあるものを好きに取って食べておくれ。四人で揃っての久々の食事だ、私たちは邪魔をしないよ」
クリアナさんとガスサスさんは、再会した僕たちの時間を邪魔しないように静かに部屋を後にした。




